075 秋、到来
――ジョ~ンジョジョ、ジョキジョキ、ジョバ~ン……
変な虫の鳴き声とともに、秋が……来た!
夏の暑さも和らぎ、心地よい風が大狸商店街に吹き抜ける。森の木々もわずかに色づき、カサカサと落ち葉を踏む音が楽しい!
そして何より……俺の心を弾ませているのは、秋といえば――
実りの秋! 食欲の秋!
ドンガの故郷、猪族の集落・ホシノエでは……ついに……ついに米を収穫するそうだ!
その知らせを聞いた俺とばあちゃんは、速攻でヴィヴィを連れてホシノエへ向かうことにした。
米の収穫……そんなの! 米が命である日本人の俺達が手伝わなくて、なんとする!
「ばあちゃん! 大狸商工会青年部! 出動だ!!!」
「はいよう!」
――シュルシュル……バキバキキ!
ばあちゃんに、くさ神輿(木属性の魔法。マンイーターの能力を模倣している)を発動してもらい、俺とヴィヴィはその背中に乗る。
ばあちゃんは、その規格外の魔力にものを言わせ、くさ足(マンイーターの根っこ。歩ける)を最大限に伸ばす。その様は、まるで足の長~い蜘蛛みたいだ。
――ガサァ~……ガサァ~……ガササササ~~~
その高さはツクシャナの森の巨木よりも高く、空を歩いているようで、見た目は気持ち悪いが、気持ちはいい。
『加護の拡張』により、強い魔物は殆どおらず、会敵する様子も全くない。
まあ、これだけ高いところを移動していたら、誰も手出しできないし、もはや森の主であるばあちゃんに、戦いを挑もうという魔物などいるはずがなかった。
「へは~~~! 伊織! 超特急ばい~! コメ~~~!!!」
――――――――――――――――――――――――――――
◆ ツクシャナの森南東部・猪族の村【ホシノエ】 ◆
――――――――――――――――――――――――――――
「こ、こんにちは! 稲刈り! まだ終わってませんか?!」
「蓮さま?! 伊織さま?! ヴィヴィさままで?! え、ええ……ちょうど今からやろうかと」
「よかった! 手伝わせてください!」
「もちろん喜んで! 私どもも、初めての収穫なので分からない事ばかりで。よろしくお願いします!」
俺たちは、バルトに頼んで用意してもらっていた稲刈り用の鎌を、手土産としてホシノエに持っていった。
手作業での稲刈りのコツは、戦前生まれのばあちゃんがみんなに手ほどきをする事になった。
そうだよな、実際稲刈りなんて、農家でもない限り、普通やったことないもんな。それに今は、殆どの農家でも機械で刈り取るし……うん。これは食の出発点を体験するのにいい機会だ!
「はいどうも~。毎度おなじみ伊織でございまぁ~す。今日はね、稲をね、鎌でね、刈りまっす。2、3、コツをお教えいたしますので~、覚えてくださぁい」
おお……少し喋り方と変な笑顔が腹立つが、あのばあちゃんが緊張してない……慣れないことをすると、いつもテンパってガッチガチのぐずぐずになるが……これは相当やっていた証拠だ……
「まず、稲は親指を下にして押さえまぁ~す! 親指を上に押さえるとぅ、肘が下がりぃ、鎌で怪我をしむぁ~す! 危ないどぅえ~す!」
……イラッ……
――「「「はい!」」」――
「鎌は引くときに切れむぁ~す! 引くときは水平にして下すゎ~い!」
――「「「はい!」」」――
はっっっら立つ喋り方だな! 誰も知らないと思って、めっちゃ調子こいてんじゃん……
「じゃあ、始めましょうかねぇ~。よぉ~い……ストゥアトゥ!!!」
ホシノエの人々は初めての農耕ということもあり、鎌の使い方がまだぎこちない。とは言え、現代人の俺も大して変わりない。
稲の茎を刈った瞬間、青く爽やかな匂いが立ちのぼる。汗ばむ額に風が吹き抜け、心地よい……などと思えたのは、ほんの少しの間だけ……この稲刈り作業……かなりの重労働だ。腰に負担がかかるし、何度も刈っていると握力が無くなってくる。
「掴んで、あてて、にゃ! 掴んで、あてて、にゃ!」
――ザシュ! ザシュ!
「つか、あて、にゃ! つ、あ、にゃ!」
――ザシュザシュザシュ!!!
意外だったのがヴィヴィの稲刈りの速さだった。独特の掛け声とともに、俺や村人たちの5倍ほどの速度でどんどん稲を刈っていく。
「慣れると楽しいですね! 蓮さま! この鎌、さすがバルトさんお手製の鎌です! めちゃくちゃ切れます!!!」
そうか……料理人であるヴィヴィは刃物の扱いに長けている。しかも猫系の亜人だから身体が異常に柔らかい。低い体勢での作業をものともしていない。
「ほわ~! ヴィヴィちゃん凄かねぇ~……こりゃ……私も負けてられんばい! ヴィヴィちゃん! どっちが早いか勝負ばい!」
「望むところです! 伊織さま! 私も随分慣れてきました……もっとスピードをあげますよ~!」
「じゃあ蓮ちゃん、審判ね」
「あ、ああ……」
「どっちが早いかよう見とってよ!」
「わかったわかった。じゃあいくぞ。よ~い……ストゥアトゥ! あ、やべ、うつった……」
――ザシュザシュ! ザシュシュシュシュ!
「つあにゃにゃにゃにゃにゃ~~~!!!」
「へりゃりゃりゃりゃ~~~!!!」
二人とも恐ろしい速さで稲を刈っていく。俺も村人たちも目を丸くしその手際の良さに見とれていた。僅かに……ヴィヴィの方が早いか? 完全にコツを自分のものにしている。
「や、やるねぇ……ばってん……最後に勝つのは私たい!!!」
ばあちゃんは、くさ手(マンイーターの触手)を20本ほど出して、器用に稲と鎌を持ち爆速で刈り始めた。
「おい……ばあちゃん! それ反則だろ!」
「へははは~! 自分の能力やけん! くさ手も手やけん! これが私やけん!!!」
「伊織さま……大人げないです!!!」
――ゾザザザザ~~~!!!
結局、恐ろしい速度でばあちゃんがほとんどの稲を刈ってしまい、あっという間に稲刈り作業は終わってしまった。
「ばあちゃん。勝負するのは良いけど、これはホシノエの人たちの練習でもあるんだからね? なに熱くなって全部刈ってんのさ」
「ご、ごめんばい……」
「まあ、こんな感じで鎌は使うという事で……みなさん! 今後ともよろしくお願いいたします!」
――「「「はい!」」」――
その後は、刈り取った稲を束にして稲架掛けをし、二週間ほど自然乾燥させる。現代ではほとんどが乾燥機を使うので、稲架掛けしている風景はあまり見ない。
「へぇ~、こうやって乾燥させるんですね」
「乾燥させないとどうなるんだろうね」
「このままじゃ、食べられないのかな?」
村人たちは初めての米作りに興味津々だ。
村人たちからの疑問には、チエちゃんが答えてくれた。だが、チエちゃんは俺と商店街の店主、そして従業員にしか念話が出来ない。だから俺がチエちゃんの言葉をみんなに伝える形だ……う~ん……こういう場合は少しだけ手間に感じる。
「え~っとですね、こうやって乾燥させることで、虫やカビの繁殖を抑え、長期保存できるようになるそうです」
「なるほど! 湿気があるとカビというものが生えるのか!」
「そうです。また、こうやってじっくりと自然乾燥させることで、米粒にヒビが入らず、粘りとコシが出て、旨味・甘み・香りが増すそうです」
――「「「なるほど~」」」――
「乾燥後は、籾摺りをして玄米にします。その後は米をつき、精米します」
ここでヴィヴィが「蓮さま、米とはかなり手間のかかる食べ物なんですね」と興味深そうに稲を手に取り観察している。
「そうだ……米を育てるのは非常に手間暇がかかる。しかし! その労力に見合うだけの価値が……米にはあるのだ!!!」
転生する前から俺は米が好きだったが、転生して口に出来なくなってから、俺の米に対する愛は……さらに深まった! 恋焦がれたぞ! コメ!!!
「精米後の米は、基本焚いて食べます。その美味さといったら……焚いている時のあの甘い香り……艶々と粒だつあの美しい純白! 噛めば噛むほど口に広がる旨味と甘味!!!」
――「「「ご、ごくり……」」」――
「ああ! たまらん! 出来るのが楽しみです!!!」
ちょっとテンションが上がり過ぎたのか、村人たちが軽く引いているのを感じて少し恥ずかしくなった。いかんな……食の事となるとつい我を忘れてしまう……
俺が一人で赤面していると、ホシノエの住民が困り顔で相談してきた。
「あ、あの……蓮さま。それともう一つ……少し前に稲に似た雑草みたいなものが生えてまして……」
「稲に似た雑草?」
「はい……最初、話で聞いてた米かと思いましたが、繁殖の時期が違うので別のものかと……夏の終わり頃に、田んぼの周りに勝手に生えてたんです。最初は雑草かと思ったんですが、穂が立派で……捨てるのが何だかもったいなくて。もし米の一種だったらいけないので、とりあえず刈って集めてます」
そう言うと、村人は俺たちを納屋に案内してくれた。そこにあったものは……
「これなんですけど……米じゃないですよね? やっぱり捨てた方がいいですか?」
「こ……これは……!!!」
そこには黄金色に輝く、あの……あの小麦が山盛りに積まれていた!!!
「こ! 小麦じゃないか!!!」
「小麦ってなんですか? 蓮さま」
「え? おい……ヴィヴィ……ヒズリアでは米も小麦も食べないのか?」
「食べませんね……」
「え? じゃあ、パンとか食べないのか??? あ、小麦がないんじゃ作れないのか……」
「いえ、パンはありますよ? 木の実で作ります」
「あ、そうか! 木の実でもパンは作れるか!」
「ただ……ヒズリアの人たちはあまり食べないですね……」
「なんで?! 美味しそうじゃん、木の実パン」
「いや~……基本、肉食の動物亜人が多いので、どうしてもみんなお肉が好きなんですよね。もちろん草食系の亜人もいますが、ヒズリアの木の実はそのままでも美味しいから、みんなわざわざ加工してまでパンにはしないんです」
なるほど……完全に人類の農耕の歴史と違うな……このヒズリアは自然豊かゆえ、動物の亜人が多いがゆえに、狩猟と採取文化なのか。
そういえばヴィヴィが最初にくれた携行食もナッツバーだったし、ヴィヴィ食堂に並ぶ料理もほとんどが魔物や動物の肉だ。こっちに来て、米もパンも口にしていない。
俺としたことが、こんな単純な事に気付かなかったなんて……いや、米やパンに気がいかないほど、ヴィヴィの料理が完成され美味すぎたってことか……
「ねえ蓮ちゃん! 小麦があるって事は、普通のパンが作れるね!」
「……何言ってるんだ、ばあちゃん……そこじゃないだろう……」
「ん? なんが??? 小麦っち言うたらパンじゃ――」
「違う違う違う違う!!! ばあちゃん! 忘れたのか! 勝っちゃん食堂の一番のメニュー!!!」
「勝っちゃん食堂の???」
「今俺たちは……米と小麦を手に入れたんだぞ?! なんで気づかない!」
ばあちゃんはぽかんと口を開け、全く何のことか把握していない……なんでこの人はこんなに勘が悪いんだ!
「ああ! じれったい! 勝っちゃん食堂で、ばあちゃんの一番好きなメニューは何だ!」
「私が一番好きやったんは、半チャーハン付きのラー……ラ、ラー……はぁぁぁぁ?! も、もしかして……」
「そうだ………………ラーメンだ!!!」
ラーメンと聞いた瞬間、ばあちゃんのキツネ耳がピンと立ち、尻尾が3倍ほどに膨れ上がった。
「ななな、なんて?! いいい、今何て言うた?! ラーメンちね?! 今、ラーメンち言うた?! はあ?! ラーメン?! あれ?! ラーメンち何ね? ラーメンち、ラーメンの事ね?! うそやろ! ラーメン作れっと?! 蓮ちゃん!!!」
「落ち着けばあちゃん! 作れる! 小麦があればラーメンが作れる! 落ち着け!」
「はわわわわ……勝っちゃん食堂の、半チャーハン定食……やーーーーー!!!!! がっくぅう……!」
――「ばあちゃん?!」「い、伊織さま?!」「救い主さま?!」――
ばあちゃんは嬉しさのあまり、白目をむいて気絶した。
しかし、なんてことだ……米と小麦が……同時に手に入ってしまった……
「れ、蓮さま! 伊織さまがぁ!」
「いい! ほっておけ! すぐに目を覚ます! 今は……それどころじゃない!!!」
こ、これは……大狸商店街に……いや!
このヒズリアに――
革命が起きるぞ!!!




