059 救済活動(5)~皮剥ぎ名人と小さな恋のメロディ~
――「あんた、料理に火を使うのかい?!」――
宴の料理はヴィヴィが振舞うことになり、その調理風景をかかあをはじめとした村の女性たちが、興味津々でその様子をみている。ヴィヴィは質問攻めにあっていた。
「ふん! 火を使ったら、パサパサになっちまうんじゃあないのかい?」
「食材に適した火入れがあります」
「内臓はとっちゃうんですか? もったいない!」
「ものによりますが、基本的には取ってしまった方が、味が良くなります」
「ふん! そもそも、火を料理に使っていいのかい?」
「もちろんです。火の神さまの恩恵ですので、ありがたく使いましょう」
「恩恵……そんな風に考えたこと、なかったです」
「ただし、みなさんもご存じのように、火の管理、始末だけはしっかりやるように。火事になっては大変です。その辺りの事もちゃんとお教えします」
――「「「はい! よろしくお願いします! ヴィヴィさま!」」」――
「いいですか? 火入れは料理の基本であり……極意でもあります」
「ご、極意……ふん! そそられる響きじゃあないかい!」
かかあが『ふんふんかいかい』と、少し上から目線で前のめりに参加している。一応村一番の料理上手……料理が好きなんだろう。かかあは皮を剥ぐだけだが。
「火入れ一つとっても、様々な種類があります。火入れは大きく分けて『乾熱調理法』と『湿熱調理法』があります。
まず基本的なところでいいますと、乾熱は『焼く』『炒める』『揚げる』など。湿熱は『茹でる』『煮る』『蒸す』などですね。簡単にいうと、乾熱調理は食材を香ばしく仕上げ、湿熱調理はしっとりとした食感になります。
今日は、これら基本の火入れを使って、皆さんが普段食べている蛙肉を調理しましょう」
「うわぁ~、私ついていけるかな……」
「大丈夫です。ひとりで全て覚える必要はありません。それぞれの火入れ方法を一つずつチームで覚えて、あとで教え合ってください」
――「「「は、はい!!!」」」――
さすがヴィヴィ。指導に無駄がない。これで当初予定していた『食事の提供と指導』が都合よく果たされた。まあ、都合よくというか俺が強引にねじ込んだんだけどね。もう二度とかかあの生肉料理は食べたくない。
「蛙の下処理をしますので、みなさん手伝ってもらっていいですか?」
「ふん! もちろんさ! 皮剥ぎなら任せてもらおうかい!」
かかあは鬼の様に蛙の皮を剥ぎだした。他の者が一匹剥ぐまでに、7匹は剥いでいる。さすがのヴィヴィもこの速さには敵わなかった。こいつ……料理上手というより、ただの皮剥ぎ名人じゃないか。
その後、ヴィヴィは、全ての火入れ調理を皆に教えつつ、料理を仕上げた。
「はい! お待たせしました! では皆さん! 火の神様の恩恵……しっかりと味わいましょう!」
「こ、これが私たちと同じ蛙を使った料理……ふ、ふん! なんて美味しそうなんだろうかい!」
ヴィヴィの料理は相変わらず美味そうだ。調理している間からいい匂いがして、みな今か今かと完成を待ちわびていた。出来上がったのは――
乾熱調理
・蛙肉のハーブ串焼き
・蛙肉のキノコ炒め
・蛙肉のナッツ衣のから揚げ
湿熱調理
・蛙肉の塩ゆで香草サラダ
・蛙肉のスパイシー煮込み
・蛙肉の葉包みの蒸しあげ
と、調理初心者でも作りやすいように、シンプルながらも工夫の凝らされた彩り豊かな6品だった。蛙肉だけでも、こんなにバリエーションが出来るのか。
「この葉包みの蒸しあげ、しっとりとしてお肉がぷりぷり!」
「こっちの香草サラダは蛙のべたべたが無くなってあっさりしてる」
「串焼きなんて、肉の旨味が凝縮して、たまんない!」
「キノコと蛙肉って相性がいいのねぇ。いい香り」
「このスパイシー煮込み……身体の芯から温まるわ! 辛いのに止まらない!」
「ふん! あたしゃ、このナッツ衣のから揚げが気に入ったよ。ザクザクじゅわじゅわと堪らないじゃないかい!」
みんな美味しそうに、また、興味深そうにひとつひとつの品を堪能していた。俺も全ての料理の感想を述べたいが、俺がそれをしだすと、随分時間が掛かるので、今回はただ一言にまとめようと思う。
全部たいへん美味しかったです!
◇ ◇ ◇
ヴィヴィのヴィヴィ料理……美味料理にみな舌鼓を打ち、宴は大いに盛り上がっている。宴の中心はもちろんばあちゃん。
「元気! やる気! おおだぬき~~~!」
「「「元気! やる気! おおだぬき~~~!」」」
ウキヤグラにも例の掛け声を布教している。ばあちゃんの明るさは、どこに行ってもみんなの心を明るく照らしてって……いや、魔力の輝きで物理的に照らしてるな。心なしか村人たちも、ぼんやりと光っているように見える。なんだ? くさ汁ポーションでやる気が伝播したのか? いずれにしても、宴は大盛り上がりだ。
少し離れた岩場で、ヒーゴ王とアポロ、ドンガが真面目な顔をして食事をしていたので、俺もそれに加わった。
「おつかれ。どうしたのアポロ。宴に加わらないの?」
「蓮さま。いえ、明日の作業の事をヒーゴ王とドンガさんと話してまして」
「そうなんだ。ごめんごめん、話続けて。俺も聞く」
ここに来てのアポロの活躍に、俺は興味があった。どう考えても10歳児の立ち振る舞いじゃない。アポロの表情には大狸商店街で駄々をこねていた甘さはなく、どこか覚悟めいた、大人びた印象を受けた。アポロはヒーゴ王と話を続ける。
「ヒーゴ王は土砂崩れに気付いてたんですよね? 川が濁ってたから」
「そうじゃの、泥水が混じっておったからの、上流の方で何かあったのかとは思っとったが」
「今、崩れた土砂を取り除いていますが、また土砂崩れが起きる可能性はありますか?」
「ふむ……雨などで地盤が緩んでいるのであれば、その可能性はまだあるの。あの岩肌を見てみるんじゃ。地層の境目が見えるかの?」
ヒーゴ王が岩肌のある一か所を指さし、説明を続けた。
「下の地層は硬い岩盤で、上の地層は柔らかい粘土質になっておる。恐らく今回の地滑りは、上の柔らかい地層が雨で緩み起こったものじゃろう」
「雨で……だから下流の水が濁ってたんですね」
「ふむ。それにこの地層、興味深いの。ワシが森の地形について、バルトの店でいったことを覚えておるかの?」
「隕石のことですか?」
「そうじゃ。下の地層は相当硬い岩盤じゃが、これは高温で地層が溶け、熱変性したものじゃの。結晶のようなものが光っているのが見えるかの?」
下の岩盤は焚火の灯りを反射し、キラキラと輝いている。
「あれは岩盤が一度高温で熱され、融解したあと再結晶したものじゃ。ここに来る途中も岩肌を観察しておったが、この辺り一帯に見られる地層じゃ。そして、この規模の熱変性となると、近くに火山などが無いと起こりえないのじゃが……」
ドンガが「この辺りには火山はないでやすね!」と鼻息を荒げ、興味深そうに相槌をうつ。
「そうなんじゃ。もっと南のクマロクにいけばあるがの。それに火山由来の熱変性であれば、このようなシンプルな二層の地層にはならん。いくつもの層ができることが多い。対して、隕石は一度の衝撃で地層に影響を与えるからの。単純な二層構造になることがしばしばじゃ。ということはワシの隕石説、結構有力じゃないかの?」
「なるほど……二層の地層か。地滑りが起きやすい環境なんですね」と、なんだか大人なアポロが考え込んでいる。俺はもう我慢が出来なくなり、アポロに問いかけた。
「あのさ、アポロお前……もしかしてこういう経験があるのか? なんだかやけに詳しいみたいだけど」
「え?! あ、いや……その、まだ詳しいってほどの事では……まだ勉強中でして」
「それだよ。この前も言ってただろ? なんの勉強だよ?」
「そ、それは……」
――「アポちゃ~ん、キノちゃんがお礼言いたいってよ~」――
アポロが言い淀んでいる間に、ばあちゃんとヴィヴィに連れられキノがやってきた。木の枝を松葉杖のようにして、足に負担がかからない様にしている。何やらもじもじと顔を赤らめ、アポロの前に立った。
「あ、あの……アポロさん、今日は助けて頂いてありがとうございました。この杖も……お陰でこうしてひとりでも歩けます」
「あ、いや! ううん……た、大したことないよ。落ちてた枝で、ちゃ、ちゃちゃっとね……へへ。俺、こう見えて手先が結構器用だから」
「そ、そうなんですね……ふふ」
「う、うん。そう、なんだ……へ、へへ」
・
・
・
――「「「 ん? 」」」――
俺たち大人組は、この『・・・』の一瞬の間に、みな同時に反応した。もしやこれは……
「あの!」とキノがもじもじと口を開きかけ、また閉じる。勇気を振り絞る様子に、アポロは首をかしげた。
「あの……アポロさん、ホタル、見に行きませんか? 上流の方で見れるんですが……」
「ホタル? この時期に? 少し遅くないかな?」
キノが恥ずかしそうに目をそらしながら、震える声で続ける。
「こ、この辺りのホタルは、今の時期が見ごろなんです。とても綺麗ですよ……どうですか?」
「えっと……でも俺、今、明日の作業について話をしてて……」
――「アポちゃん!!!」――
ここでばあちゃんが目を爛々と輝かせ、声をあげた。
「アポちゃん! 行っといで! キノちゃん足怪我しとるけん、あんたが連れて行ってやり! 明日の事は私らが話しとくけん! アポちゃんもホタル見たいやろ?」
「えぇ?! でも……」
「見るよね? 見た方がいいばい! いや、もう絶対見に行きなさい! ね?! ヴィヴィちゃんもそう思うやろ?!」
「え?! ええ……そうですね! 私もそれがいいと思います!」
なんと強引な……しかしこれは、ばあちゃんが正しい。アポロよ、ここでこの誘いを断ったとあっちゃ、商工会青年部の名が廃るぞ。
「わ、分かりました……じゃ、じゃあ行こうか」
「は、はい!」
「か、肩、かすよ……足元、気を付けてね」
「……はい……」
二人は上流の方へと歩いて行った。アポロがぎこちなくもキノを気遣う様子を、大人組は、二人の後頭部に穴があくのではないかと思うほど見つめていた。
「ヴィヴィちゃん、いいもの見たばい……肩、かすっち言うた……うぎぎぎぃ~」
「伊織さま、ナイスアシストです。私、ときめきが止まりません……次の女子会が楽しみです」
こいつら……アポロを女子会の肴にしようとしてやがる。それより――
「あいつ、アポロ……過去に何かあったのか? やけに救助活動に詳しいみたいだけど。ばあちゃん、何か知ってるか?」
「……え?! ア、アポちゃんの過去?! いや! えっと~、あの~、え? 過去っちなん?」
「いや、動揺しすぎだろ。知ってるって言ってるようなもんじゃん、それ。なんだよ、教えろよ」
「いや~、え~……う~……」
――《……もうこれ以上は我慢できません!!!》――
ここで、チエちゃんが堪らない様子で声をあげた。
《私から蓮さまにお話しします。いいですね? 伊織さま》
「え? う、うん~。まあ、よかばってん……」
なんだよ。アポロの過去が、そんなに言えないようなことなのか? 二人の態度が、なんだか俺に気を使っているようにも思えた。
「なんか二人とも俺に気を使ってるみたいだけど……いいから話してよ。気になるじゃん」
「う~……チエちゃん、頼むばい……」
《分かりました。実はアポロさまは――》
アポロは……何となく俺に似ている。
それは、あいつの過去と俺の過去が、少し似ていたからだったんだ。




