058 救済活動(4)~アポロの活躍とやべえ飯~
――「みんな聞いて! 救い主さまです! 救い主さまが来てくれました!」――
キノの言葉に、村の住民たちは驚きを隠せないようだ。ばあちゃんがくさ戦艦でいきなり登場するものだから、みんなビビってしまった。
「救い主さま? あの方が?」
「……わたしゃ、魔物が襲ってきたかと思ったよ」
「いや、あの姿……どうみても魔族じゃないか?」
「猪族のやつもいるぞ」
村人たちの訝しげな視線が俺たちに集まる。ウォルトが泥だらけの姿で駆け寄ってきた。
「蓮さま! 伊織さま! すみませんっす! 先に来てしまって……村の様子が心配で心配で……」
「いいよ、ウォルト。気にするな。それより、被害状況は? 行方が分からない人はいるか?」
「いえ! キノだけが見つからなくて……けが人はいますが、他の住民はみんな確認できました!」
「そうか。よかった……しかし、この土砂崩れ、ひどいな」
村の中腹付近の崖が大きく崩れている。巻き込まれた家屋は10棟ほどだろうか。みな外に働きに出ていたのが幸いしたのだろう、この規模の被災で犠牲者が0なのは奇跡的だ。まあ、キノは家の中にいたらしいので、運悪く流されてしまったが……でもアポロに見つけられたのだから、やはり運のいい子だ。
しかし……よく見ると、村人たちの身なりが皆一様に貧しい。服と言っていいのか分からない布を、身体に巻き付けている。みな頬はこけ、やせ細り、健康状態がいいとは言えない。建物は簡素な造りで、隙間だらけの掘っ立て小屋のようだ。
救済活動……ウォルトたちが救いを求めて大狸商店街へ来たのは、こういう状況があったからか。
「ウォルト、俺たちも手伝っていいか?」
「もちろんです! おい! みんな、この方はキノの言う通り、ツクシャナの森の救い主、伊織さまだ! こちらの方は大狸商店街の長、蓮さまだ!」
「救い主さまって……本当なのか?」
「いや、森の中には人を誑かす魔族もいるって話だぞ」
「ああ、聞いたことがある。美しい姿をした妖艶な女らしい。近づくと魔力を根こそぎ奪われるそうだ」
あ、それ……たぶんローニャだ。あいつ、俺と出会う前、随分やんちゃしてたんだろうな……まずいな。手伝おうにも、ばあちゃんのあの姿を見たら、魔族と思われても仕方ない気がする。
しかしここで、キノの母親が驚いた様子で声をあげた。
「キノ……あなた、足は折れているみたいだけど……身体の具合はどうしたの? あんなにひどくて寝込んでいたのに、大丈夫なの?!」
「うん。アポロさんに助けて貰ってから、どういうわけか良くなったの」
そうか、キノがこの時間家で寝ていたのは、身体の具合が悪かったからか。この子、本当に強運の持ち主だな。
「アポロさま! 本当に、本当にありがとうございます! うちの娘は身体が弱く、ここのところずっと寝たきりで……なんとお礼をいったらよいか……うう」
「いや、これは伊織さまのくさじ……回復薬のお陰なんです。稲荷神のご利益のある、きつね印の大変ありがたい薬なんです!」
おお、アポロ……うまい事言ったな。この状況でくさ汁とか言うと、村人たちがさらにドン引くもんな。
アポロの前に、まだ幼い子供を抱きかかえた母親が歩み出た。村人たちが母親を呼び止めた。
「おい! あんた! 危ないぞ!」
「そうだよ! まだ本当に救い主さまか分かったもんじゃない!」
「魔族の手口かもしれんぞ!」
「離してください! 本当の救い主さまかもしれないじゃないですか! それに……この子にはもう時間がないんです!」
母親は村人たちの制止を振り切り、アポロの前に跪いた。
「あ、あの……うちの子も熱に侵され、ずっと具合が悪いんです……その救い主さまのお薬、わ、分けてもらえるでしょうか?」
アポロが俺とばあちゃんに視線をやる。俺たちは笑顔で頷いた。
「もちろんです。少し……いえ、かなり苦いですが、良薬口に苦しといいますから、効き目は抜群、折り紙つきです!」
「お、お願いします!」
アポロはくさ汁ポーションを赤ちゃんの口に数滴たらした。すると熱でうなされていた赤ちゃんの苦しそうな表情が見る間に和らぎ、すやすやと穏やかな寝息をたて始めた。アポロは優しく赤ちゃんの額に手を当て、熱を確認する。
「熱……下がったみたいですね! お大事に!」
「ああ……ありがとうございます!」
村人の一人が駆け寄り、赤ちゃんの熱を確認する。
「おい……本当に治ったぞ! あんなに熱があったのに!」
「あの子、もう手遅れだと思ってたのに」
「よかったねぇ、あんた、本当によかったねぇ!」
「はい、本当にもうだめかと……救い主さまのお陰です」
母親の周りには村人たちが集まり、赤ちゃんの回復に驚き、喜んでいた。みなこの健康状態だ。あの赤ちゃんもかなりギリギリの状態だったんだろう。
「他に怪我をされた方、具合の悪い方、どうぞ遠慮なくいってください!」
「あの! うちの旦那、土砂に巻き込まれて怪我を――」
「俺のばあちゃん、腰が悪くて――」
「わしゃ、歯槽膿漏で――」
「ぐ、具合の悪い方から優先でお願いします! 並んでください!」
アポロの周りには人だかりができ、皆くさ汁を求めた。
「蓮ちゃん、アポちゃん連れてきてよかったね……」
「ああ。うまくやってくれた。でもあいつ、どうしたんだ? 妙に手際がいいし、やたら冷静なんだよな」
《……う、うぅ……》
「まあ、それはいいとして、ばあちゃん。くさ汁さ、こっそり作っておいてくれない? アポロが持ってる分じゃ足りなさそうだし、今は触手から直接は……刺激が強すぎるから」
「へはは、そうやね。そうしよう」
こうしてアポロは次々と村の人たちにくさ汁を分け与え、治療をしていった。
「お大事に! あ、これ、お守りです! よかったらどうぞ!」
治療をした村人には、狐のしおりをお守り代わりとして渡して……いや、処分していた。もはや使い道が変わっているぞ、アポロ……
◇ ◇ ◇
「ばあちゃん! 木材はこっち!」
「はいよう!」
村人たちの治療が一段落したところで、俺たちは崩れた土砂を処理し始めた。ばあちゃんがくさ手でがっさがっさと掻き分け、俺たちが丁寧に土砂や木材を選り分けていく。かなりの重労働だ。村人たちもばあちゃんの姿に慣れてきた。
「いや~、伊織さまのくさ手? あの魔法は凄いなぁ」
「土砂をざっくざっく掻き分けてるよ」
「ああ、俺たちだけじゃ、どのくらい時間がかかるか」
共に汗を流すことで、村人たちとの距離が自然と縮まってきた。ドンガは犬狼族の冷たい視線を受けながらも、黙々と作業していた。しかし、ここで一人の犬狼族の男が――
「あんた……猪族なのに手伝ってもらって悪いな」
「い、いや……困ったときはお互い様でやす。俺っち、力は強いんで、こんな事しか役にたてねぇでやすが」
「いや……本当に助かるよ……ありがとよ!」
村の人たちもドンガの寡黙な働きをみて、感心していた。その様子をみたウォルトが駆け付け「こいつは俺の友達、ドンガっす!」と皆に紹介していた。うん……うん! いい感じだ!
2時間ほど作業した辺りで、休憩を取ることになった。
「あ、あの~、蓮さま、よかったらこれを……家のかかあが作ったもんですが」と、一緒に作業していた犬狼族の男性が、差し入れをしてくれた。
「ありがとうございま……すぅ?!」
それは、小型の……恐らく蛙の魔物だろうか? 皮が剥かれ、生のまま葉っぱに巻かれている……え? これをこのまま食べるの? 火は? 火の神を崇めてるんだよね? 何故に生???
「かかあの得意料理でして。うちのかかあ、村で一番料理が得意なんです。お口に合えばいいんですが」
犬狼族の男は、照れ臭そうに頭をかいている。マジか……これは……食べなきゃダメな流れじゃん。食べないと嫌な奴になる流れじゃん。
「葉っぱまるごと、パリッといっちゃってください。美味いですよ。へへ」
「蓮さま……これ、食べないと駄目ですよ。せっかくのご厚意ですから」と、空気読める系10歳児のアポロが俺の背中を押す。押すな! 押すなよ! こんなところで!
俺はこっそり神水を片手に、意を決して、生蛙の葉っぱ巻きを頬張った――
「い、いただきます……ぐにゃ……ぱりっぱりっ――」(食レポはじまります)
ま、まずい……まず口の中に広がるのは蛙の生臭さ。加熱していない生肉のどぶの様な生臭さが鼻を抜ける! そして追い打ちをかけるのが、噛んだら出てくるネバっとした肉汁だ。なんだこの蛙……なんでこんなにジューシーなんだ??? 無駄に生肉汁が溢れ出すもんだから、口の中はドロドロのねばねばだ! 歯と唇の間にねばねばが溜まってくる! き、気持ちわり~!!! 自分の舌がどこにあるのか分からなくなってきた!
そして……葉っぱが硬えぇ! なんでこんな筋張った葉っぱをわざわざ巻く?! 凶器じゃねえか、こんなの! まともに噛め――あだ! あだだだだ! 上顎に葉っぱの繊維が突き刺さる! く、口の中が切れたか?! 血の味がするぞ!? 生臭い肉汁に血の味が混ざって――
おい、おいおいおい……内臓の処理、してないのか?! 皮むいただけか?! まじか……こんなのモザイク案件じゃねえか!
ご、拷問だ! くせえし、いてえし、グロいし、血の味しかしねぇ!!!
――バリッバリッ……ぐにゃ、ぐちゃ……ご、ごっくん……
俺は吐きだしそうになる気持ちを何とかこらえ、全て平らげた――
今後、俺は、どんなひどい目にあっても、この時の食事を思い出せば、大抵の事は「なんとかなるさ」と思えるようになるだろう。
「よかった! お口に合ったみたいで! かかあも喜びます!」
あってねぇ!!! あんたが、かかあ、かかあ言うから我慢して食べたんだ!!! なにが村で一番料理が得意だ! 皮むいただけじゃねぇか!
俺は神水で口の中をゆすぎながら飲み込んだ。ねばねばが喉に張り付く……本当は吐き出したかったが……彼の厚意と、村一番の料理人・かかあのプライドに泥を塗るわけにはいかない。
「まだありますが、どうですか?」
「いえ! もう結構。お腹いっぱいになりました……ありがとう」
ウォルトがヴィヴィの料理に感動したのもうなずける。周りを見渡すと、似たような料理を村人たちが食べている。あれもこれも生食だ……恐らくだがこの村、料理の概念が成立していない。火の神を崇めているのに、火を使わないとはこれいかに。
「あの……ひとつ聞いていいですか? 料理に火は使わないんですか?」
「え? 料理に火? いや~、考えたこともないですね……火は神様なんで、そんなこと考えたこともなかったです」
「そうですか……え? 宗教的に使っちゃダメなんですか?」
「いえ~、別にそんな決まりはないですが、火は崇めるものなので。まあ、暖をとるくらいはしますが……え? 火って料理に使えるんですか?」
「いえ、はい。なるほど、分かりました」
なるほど……火は崇める対象で、利用する文化がないと……なんでだよ! まず料理に利用しろよ!
なんだ? 生食で十分美味しいと感じているから、その必要性も薄いってことか?
「それに、火の神さまは温もりを与えてくれる優しい神さまでもありますが、恐ろしい一面もあります。使いすぎると災いを呼ぶので……」
災いって、火事とかのことか? まあ確かに、きちんと使わないと火は危ないもんな。この村の家屋は全て木製……もし火がついたら、渓谷を吹く風にあおられ大変なことになるだろう。
「蓮さま、蓮さま……よかったら俺のもいりますか?」
「いやアポロ。お前も喰え。神水を飲むのは許す」
「ひいぃ……やっぱり……」
アポロは涙を流しながら、死に物狂いで生蛙を飲み込んでいた。かかあ男がその様子を見て、嬉しそうに続けた。
「今日の夜は、救い主さまご一行をもてなそうと、かかあをはじめ、村の女たちが料理を振る舞うそうです! 夜の宴、楽しみですねぇ!」
「な、なんですと?! かかあが?!」
それはまずい……宴ということは、この生食料理のフルコースが振舞われるのは間違いない! それだけは阻止せねば!!!
「あ! あの! て、提案なんですが……お近づきのしるしに、うちの料理人、ヴィヴィが村の皆さんをもてなすというのは、どうでしょう?」
「はぁ、ヴィヴィさま……あの猫族の方ですね。ええ、こちらとしてはいいのですが……よろしいのですか? こちらがもてなされて」
「も、もちろん!!!」
「おぅい! 聞いたか! 今晩の飯は、ヴィヴィさまが振舞ってくれるそうだ!」
――「「「おお~! ありがとうございます!」」」――
こうして、夜の食事はヴィヴィにお願いすることになった。村の被害状況をみるに、何日かここに滞在することになるだろう……このままでは、ここの料理を食べ続けることになる! それは絶対にまずい!
「うぇ、うぇ、うぇ……おえ~~~」
「吐くな! アポロ! ゲーしたらだめ! 猫じゃないんだから!」
「俺……猫です……」
ダメだ! こんな料理喰えたもんじゃない!
ヴィヴィ! お前の出番だ!
かかあに格の違いをみせつけ、料理の極意をこの村に伝授しろ!!!




