057 救済活動(3)~キノ・ウキヤグラ~
――「みんな急げ!」――
俺達はウォルトの後を追い、犬狼族の集落・ウキヤグラへ向かった。
しかし、さすが犬狼族……濃い砂煙の中、足場の悪い渓谷地帯を風の様に難なく駆けていく。
上流に向かうにしたがって、切り立つ岩肌は高くなり、川の流れも激しさを増す。水の濁りがさらに深くなり、土石に混じり建材だろうか、いくつもの木や衣服、生活用品が岩に引っかかっている。
「蓮ちゃん! ウォルちゃん速すぎる! 戦艦でいくばい!」
「わ、わかった! ばあちゃん頼む!」
ばあちゃんがくさ手で作った籠に、みんなを乗せようとしたその時、アポロが声をあげた。
「ちょっと待ってください! 声……聞こえませんか?」
「え? 声?」
その場にいたみんな、耳を澄ますが、何も聞こえない。
「ばあちゃん、森林探索のスキルって、ここじゃ無理か?」
「さっきからやっとるけど、森の環境じゃないと無理っぽいね……」
「アポロ、本当に声が聞こえたのか?」
「はい、間違いなく聞こえました……あ、また! こっちです!」
アポロはひと際高い渓流の岩に飛び移り、声の方向を見つめる。激しい川の音で近くの声も聞き取りづらいというのに、本当に聞こえてるんだろうか?
「あ! あそこ!」とアポロが対岸の岩場を指さし声をあげた。
「人がいます! 伊織さま! あそこまで連れて行って下さい!」
「は、はいよう!」
ばあちゃんは俺たちとアポロを回収し、アポロの示した岩場まで移動した。そこには流されてきた瓦礫の中に埋まる形で、犬狼族の少女がいた。
アポロがいち早く彼女のもとへ駆けていく。
「アポロ! 気をつけろ! 川に落ちるぞ!」
俺の注意も耳に入らない様子で、アポロは少女に話しかけた。
「おい! 大丈夫?! さっきの声、君だろ?!」
「う……」
すぐに追いついたばあちゃんが、俺達を降ろして籠を解き、瓦礫にくさ手を伸ばす。
「アポちゃん! 瓦礫どかすけん、どいて!」
「お、お願いします!」
ばあちゃんが瓦礫を取り除き、アポロが優しく少女を引きずり出した。しかし、少女は右足が折れており、意識が朦朧としている。
「ばあちゃん! くさ汁――」
「きみ! これを飲んで!」
俺がばあちゃんに指示を出す前に、アポロが携帯していたくさ汁ポーションを少女に飲ませた。少女の傷はみるみると回復し、息を吹き返した。
「かはっ! けほっけほっ! うう……」
「大丈夫? 起きれる?」
「う! いた!」
さすがにくさ汁ポーションでも骨折を瞬時に治すことは出来ないようで、少女は起き上がることができなかった。
「動かないで、待ってて!」とアポロはすぐさま、建材の端切れを少女の足に添え、携帯していた布で固定する。
そのあまりの手際の良さに、俺たちはあっけにとられていた。
「アポロ、お前……」
「はへぇ~、意外やね」
「さすがディアナのお兄ちゃんですね」
「ふむ、素晴らしいの」
「完璧な処置でやす」
《………………》
普段のアポロからは想像もできない迅速な対応だった。
「まだです! 身体が冷えてる……とりあえず、このマントを羽織って、濡れた服を脱いで。伊織さま! 乾いた木を集めてください!」
「は、はいよ!」
「ヴィヴィさま! 彼女の服を脱がすのを手伝ってあげて下さい。あと、伊織さまが木を集めたら火の魔法をお願いします!」
「う、うん! わかった!」
《アポロさま……素晴らしい……ちゃんと出来てますね……》
ちゃんと? チエちゃん、何か知っているのか……?
ヴィヴィがばあちゃんの集めた枯れ木に火を点け、暖を取らせた。少女の顔に赤みが戻り、先ほどまで震えていた肩も、次第に落ち着きを取り戻した。
「あ、ありがとう……わ、私、お家の中で寝ていたのに……なんで?」
「多分……君は家ごと土砂崩れに巻き込まれて、ここまで流されたんだと思う。きみ、名前は? ある?」
「……キノ」
「キノ。俺はアポロ。俺たち、君たちの村に行くところだったんだ」
「ウキヤグラに? どうして?」
「えっと……蓮さま」
「うん。初めまして、キノちゃん。俺は大狸商店街の代表をやってる、田中蓮といいます。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
俺は戸惑うキノに、ウォルトに頼まれ、集落の救済活動に来たことを伝えた。
「よかった……! ウォルトさん、救い主様の所へたどり着いたんだ! 救い主様が助けに来て下さるんですよね……!」
「あ、ああ」
ばあちゃんへの期待が凄いな。救い主の噂が独り歩きしていないか? ここでばあちゃんが救い主と聞き、しゃなりしゃなりと歩み出て、キノに挨拶し始めた。
「どぉ〜もぉ〜ぅ、初めましてぇ、私が大狸商店街で稲荷神の巫女をしておりますぅ、江藤伊織と申しますぅ。世間では救い主と呼ばれておりますぅ。どうぞよろしくお願いいたしますぅ」
相変わらずばあちゃんのあいさつは……しかも何故か、狐の折り紙を名刺のように渡している。あんたは営業のサラリーマンか。
「え、あ、はい、こちらこそよろしくお願い致します。伊織さま……えっと、これは?」
「うちの店のサービス品でございますぅ。うちの、こちらのアポちゃんが丹精込めて折りあげた、しおりでございますぅ。お守り代わりにでも使ってくださいませぇ」
無性に腹立つな、この喋り方。
「救い主様のお守り……ありがとうございます! 大切にします!」
「ばあちゃん、挨拶はそこそこに。集落の様子が気になる」
「あへ! そ、そうやね」
「みんな、ウォルトの後を追うぞ」
――「「「はい!」」」――
「キノちゃん、ウォルトとはぐれてしまった、村まで案内を頼めるかな?」
「は、はい! あ、あの! かか様……私の母も近くにいたはずなので、もしかしたら私と同じように流されているかも……」
「わかった。君のお母さんも探しながらいこう」
「お願いします……!」
「アポロ……いける、よな?」
「……はい!」
俺たちはくさ戦艦・伊織で上流へと向かった。その間、アポロはしっかりとキノを抱きかかえ、足に負担がかからない様にしていた。
◇ ◇ ◇
キノの案内で集落に向かう途中、キノの母親や、川に流された救助者がいないか慎重に進んだ。切り立った山肌に作られた狭い道を、ばあちゃんが俺たちを乗せて進む。アポロは目と耳に神経を尖らせ、辺りを探っていた。
「誰も……いないと思います! 進みましょう!」
凄い集中力だ。江藤書店が暇だと、駄々をこねていたアポロと同一人物とは思えない。村で確認するまでは何とも言えないが、幸い俺たちが向かう道のりでは救助者はいなかった。
キノは、ばあちゃんから貰った狐のしおりを大切に握りしめ、母親の無事を願っていた。
俺の見間違いだろうか、一瞬、狐のしおりが淡く光ったように見えた。
上流に向かうにしたがって、瓦礫の数が増えていく。被災の規模が大きくなければいいが……
「もうすぐ村が見えます!」
村に近づくと、人々の騒ぐ声が渓流の音に混じって聞こえてきた。
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◆ ツクシャナの森南西部・犬狼族の村【ウキヤグラ】 ◆
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――「ここが犬狼族の村、ウキヤグラか……」――
切り立った山肌に沿うように、木造の小屋がいくつも建ち並んでいる。
増水や鉄砲水から逃れるため、宙に浮いたような構造だ。ほとんどの家屋は床下は空洞になっており、風が抜けることで湿気を防いでいるのだろう。
縄橋や木製の梯子が、高低差のある家々を結び、村全体が立体的な迷路のように広がっていた。
「ああ! 私の家が!」
キノが対岸の村の中腹付近を指さし叫んだ。土砂崩れで山肌が大きく削れ、いくつかの家が巻き込まれている。村人たちが集まっているが、手が付けられないでいた。
「娘が! 私の娘が……!!!」
崩れた小屋の近くでは、恐らく家の持ち主だろうか、犬狼族の女性が取り乱している。ウォルフがすでに到着しており、女性をなだめていた。
「……かか様! 無事だったんだ!」
キノの目に安堵の涙が浮かぶ。良かった、どうやらあの女性がキノの母親らしい。しかし、他にも埋もれている人がいるかもしれない。
「行こう! 村の人たちを手伝うぞ!」
「はいよう! 任せんしゃい! みんな捕まっとき! はぁ~……」
「ば、ばあちゃん、ちょっと待て! この状態(くさ戦艦・伊織)じゃ、村の人たちが――」
「とお〜〜〜うぅ!!!」
ばあちゃんは俺たちごと、ウォルトのいる対岸まで跳躍した。
――ひゅ~~~ん……ザスンッ
「へは~はは。こん位の距離やったら、楽勝やね!」
村人たちは、あまりの出来事に耳を倒し、尻尾を撒いて硬直していた。そりゃそうだ。草の化け物がいきなり空から現れたんだ……誰でもこうなる。
「ばあちゃん……バカ……」
「あり? もしかして、これ、まずかったかね?」
――「ば、化け物だ!!!」「に、逃げろ!」「ひい! お助け~!」――
誰かの一声で我に返った村人たちは、すぐにパニックになった。
「おい! 落ち着くっす! あの方は救い主さま――」
ウォルトが村人たちを落ち着かせようとするが、パニックは収まらない。
その時――
――ピイィィ~~~!!! ピィ! ピイィ~~~!!!
アポロが大きな音で指笛を吹き、その音が渓谷に響き渡る。一瞬、村人たちの視線が音の出処、アポロに集まった。
あとで聞いたことだが、犬狼族はこの指笛の音に敏感に反応するらしく、アポロはその事を知っていて、咄嗟に混乱を収めるのに吹いたという。
「みなさん! 落ち着いて下さい! 私たちは敵ではありません! あなた方の味方です!」
アポロはそう言って、キノをお姫様抱っこして、くさ戦艦から降りていった。キノの母親が、娘に気付き駆け寄ってくる。
「キノ……キノ! あなた無事だったのね?!」
「かか様! 私、怖かった……かか様〜!!!」
「気を付けて、まだ足の骨折は治っていません。ゆっくりお願いします」
「は、はい! ありがとうございます……ありがとうございます!」
アポロ……なんなのこの子……
ここにきて、ちょっとカッコよすぎない?




