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056 救済活動(2)~キャンプ・鹿見連山~

 ――パチパチッ……



 焚火に照らされ、周囲の巨木に俺たちの影が揺らめいている。日も暮れたので、俺たちは森の拓けた場所でキャンプを張った。


 キャンプの周囲は、ばあちゃんがくさ手で壁を作ったので安心だ。ばあちゃんが切り離しても、くさ手はそのまま残るみたいだ。そりゃそうか、くさ矢も手から離れても消えないもんな。う~ん、便利。


 パーティーは、ヴィヴィが作った食事をとりながら身体を休めていた。まあ、後半はほとんど『くさ戦艦・伊織』に乗ってただけなので、ほとんど疲れてはない。


 アポロが残りのしおりの数を確認している。くさ戦艦に乗った後は、アポロの指示で、ばあちゃんがくさ矢で木に撃ちつけていた。かなりの数のしおりを撃ち込んだはずだが、覗いてみるとまだまだ沢山のしおりがあった。アポロ……本当に暇だったんだな。



「しかし、伊織どのの強さにはまいったの。やはり神の使いの噂は本当じゃったんじゃの」


「いや~、それほどの事でへはぐふへぇへぇ」


「どんだけの魔力量だよ。出発の時、ローニャがたらふく吸ってたのに、どうもないの?」


「うん。全く」



『くさ戦艦・伊織』――あれだけの魔法? を使いながら、ばあちゃんはケロッとしている。まじで何なんだこの人。それに……



「ばあちゃんさ……ずっと光ってるんだけど、それ、どうにかならない?」


「ん? ああ、これねぇ」



 森湧顕地もりわきけんじ以降、ばあちゃんは常に魔力の輝きで光っている。



「最近調子がよくてねぇ。でも、こうすれば落ち着くばい。えーと……あ、こん子がいいね」



 ばあちゃんはそういって、その辺りに生えている弱った若木に近づいた。



「あーあ、こんまんまじゃ、枯れっしまう。ばあちゃんに任せとき。元気、分けちゃあけんねぇ(分けてあげます)」



 ばあちゃんは若木に手を添え、目を閉じ、意識を集中した。



「お稲荷様……こん子が元気になりますよーに。元気! やる気! おおだぬき!」



 ――ぐっ……ぐぐぐっ……ズズズズ……メキメキメキッ! バサバサバサ~!



「え? ええ?! うそ~?!」



 ばあちゃんが、詠唱とも言えないような、いい加減な掛け声をかけたかと思うと、弱った若木はみるみると成長し、周りの木よりも遥かに立派な巨木となった。



「ふう! すっきりした! ね? 光、おさまったろ?」



 いや、どこから突っ込んでいいのか……


 ヴィヴィもヒーゴ王も目を丸くして驚いている。ウォルフとドンガは、相変わらず手を合わせている。アポロだけは、何事もなかったように食事を続けている。



「おい、ばあちゃん……これ、何したんだ???」


「へへ。チエちゃんのアドバイスでね。余った魔力の使い道」


「チエちゃん、これ、ばあちゃんが魔力を分けて、成長させたってこと?」


《ええ、伊織さまはここの所、魔力が高まった際には、こうして弱った木々に力を分け与えております。いわば『植樹』みたいなものですね。過度な間伐だけでは、森のバランスが取れませんので》



 間伐に植樹……いよいよばあちゃん、森の守り人になってきたな。まあ、もともとエルフってそういう種族だっけ。


「今日のは、また一段と大きく育ちましたね~」とアポロが、ご飯を頬張りながら呑気に言った。



「今日の? アポロ、お前、知ってたのか?」


「はい。大体毎晩、付き合ってますよ。伊織さま、魔力を出さないと夜、寝つきが悪いみたいで。夜の森は暗くて怖いから付いてきてくれって……俺も眠たいんですけどねぇ」


「ごめんばい~、アポちゃん~! でも、これからもよろしくばい! へは!」



 そういや夜中、一階からゴソゴソ物音が聞こる時があったが、二人で出かけてたのか。アポロ……ばあちゃんのお守、ありがとう!



「でも、まあ……これ、綺麗だからいいんですけどね」



 ばあちゃんから元気をもらった巨木は、キラキラとその枝葉を輝かせ、辺りを優しく照らしだした。


 茂みに潜む、森の動物や魔物たちの目が、巨木を見つめ光っている。


 しばらくの間、俺たちと周辺の生き物たちは巨木に見とれていた。


 まるで、季節外れのクリスマスツリーの様だと俺は思った。



「チエちゃん、そういやさ、南半球じゃ夏がクリスマスだっけ」


《クリスマス・イン・ジュライと呼ばれていますね。ちょうど今の時期ではないでしょうか》


「へえ……真夏のクリスマスね……いいじゃん」



 俺たちが眠りにつく頃には、周囲の生き物の気配も闇へと消え、真夏のクリスマスツリーは一晩中、俺たちを優しく照らし続けていた。




 ◇     ◇     ◇




 ――「蓮さま、蓮さま! 起きてください!」――



 ヴィヴィが俺の肩を揺すり起してきた。



「ん……ヴィヴィ、おはよう。もう朝か」


「見てください! これ!」


「なに? どうしたの? そんなに騒い……で――」



 辺りを見回すと、俺たちがキャンプを張っていた広場一面に、花が咲き誇っていた。



「え……なんだこれ!」



 大小さまざまな花は、陽の光を浴び、朝露に濡れた花びらを輝かせている。その光景に起きてきた面々は目を丸くしていた。



「うわ……まるで天国じゃないか……」



 花畑の中心には、さらに多くの花が咲き、その自然の花束に抱かれ、ばあちゃんがとんでもない寝相で、腹を出して爆睡していた。


 ウォルフとドンガは「おお! 伊織さま……なんと神々しい」と、またばあちゃんを拝んでいる。完全に信徒じゃないか。自分たちの神様も大切にしなさいよ?


 ヒーゴ王がつぶらな瞳を輝かせ「ぷっほほ~、これは凄いの……アポロくん、伊織さん、いっつもこんななの?」と、ばあちゃんの周りをぐるぐる回っている。



「いえ、俺も初めてみました……外で伊織さまと寝るのは初めてなので」



 花の隙間から、朝日がばあちゃんの頬を照らす。その美しい姿に、俺たちは一瞬見とれていた。寝相はともかく、ばあちゃんのこの姿、まるで女神みた……そう思った瞬間――



 ――ぷぅ~……



「ぼへぇ! 何ね?! どうした?! 何の音ね?! あ、おはよう、ヴィヴィちゃん」


「お、おはようございます」



 あろうことか、ばあちゃんはみんなが見守る中、寝屁をかまし、自身から出た音で目覚めた。


 最っっっ悪だ……


 こんなやらかしをする人を、一瞬でも美しい女神と思ったさっきの自分を殺したい!


 しかも何故か、ばあちゃんの尻の周りの花が更に元気になった。なんでだよ。屁だぞ。魔力でも漏れましたか?



「……さ、みんな起きたな。行こうか……」


 ――「「「はい……」」」――



 この時の俺たちのがっかりした表情は、凄まじいものがあっただろう。



「お? みんなどうしたん? なんで元気ないん? ちょっと待ってばい~!」




 ◇     ◇     ◇




「この川沿いを上ったところが、俺っちたち犬狼族の集落、ウキヤグラっす!」 


「ウキヤグラっていうのか。ねえ、ウォルト、そこってどんなところなの?」


「そっすねぇ。渓谷の合間に作られた村なんすけど、渓谷の川沿いは増水や鉄砲水が多いっすから、山肌に(やぐら)を組んで、浮かして暮らしてるっす。だから名前が――」



 ――「「ウキヤグラ」」――



「ね? まんまっしょ?」


「なるほどねぇ」



 森外周の『強い魔物地帯』も越え、俺たちはくさ戦艦・伊織を降り、川沿いを徒歩で向かう事にした。森を抜けるとがらりと周囲の景観が変わった。


 目の前には、切り立った山脈が連なり、陽光を浴びて輝いている。その麓には、わずかではあるが草原が広がり、風が吹くたびに草花が波のように揺れている。



「おぉ……おお~~~!!! こっちに来てから、ずっと森に囲まれてたから、この拓けた感じ! 新鮮だな!」


「蓮さま、一応気を付けてくださいっす。見通しが良くても、魔物はいますから」


「あ、本当だ」



 草原には小さな魔物に混じって、ミルコクロコップやクレセントベアなど、大型の魔物が徘徊している。ただ、森と違って見通しがいいので、近づかなければ大丈夫だろう。



「蓮さま! ちょっとそこの川をみてもいいですか? お魚がいるかもしれません! 魚料理が出来るかも!」


「あ! 俺もいいですか?! 俺、魚大好きなんです!」



 ヴィヴィとアポロが目を輝かせている。そうか、猫亜人は魚が好きなのか。そりゃそうだ、猫だもんな。



「ワシも川の石を調べたいの!」


「ヒーゴ王まで……いいですよ。でもあまり離れないように。ヴィヴィ、アポロ、ヒーゴ王をよろしくな!」



 ――「はい! ありがとうございます!」「さかなーーー!」「いしーーー!」――



 三人は目を輝かせ川のほとりに向かった。ふと横を見るとばあちゃんが、連なる山々を見て、何か考え事をしているようだ。



「どうした? ばあちゃん」


「いやね、蓮ちゃん、この風景さ……な~んか鹿見連山(しかみれんざん)に似とらん?」


「鹿見連山?」



 鹿見連山(しかみれんざん)――俺たち大狸商店街がある地域をぐるりと取り囲む、福岡県中央部にある山脈だ。日本山岳遺産にも認定された自然豊かな山域である。その麓には多くの田畑や果樹園があり、農作物の生産が盛んに行われている。



「田んぼとか畑はないけど、そう言われれば、確かにそんな感じかも」


《蓮さま、伊織さま》


「ん? どうした? チエちゃん」


《これまでヒズリアについては、ヴィヴィさまやサリサさま、町の人たちから話を聞くだけでした。しかし、こうして直接見ることで気づいたことがあります》


「何に?」


《このヒズリアの地形や風景、私たちの元いた世界――日本と非常に似ている部分があるように思います》


「日本と似てる?」


《はい、全く同じではありませんが、たとえば地形や近隣諸国の配置など……遠方の詳細は分かりませんが、このクシュ大陸の特徴、九州に似ていませんか? 名前も》


「九州……クシュ……ほんとだ。めっちゃ似てるじゃん」


「ノルドクシュは北九……ファクタは博多? 福岡? 何か似とる! じゃあクマロクは?」


「南の方は……熊本……鹿児島……熊、鹿……クマロク!!!」


「何で今まで気づかんやったちゃろか……」


《お二人はこちらに転生されてから、ずっと森の中で手一杯でしたからね。目線を大きく持てなかったのも無理はありません》



 確かに。こうやって森を出たことで、何だか視野が広くなった感じがする。当り前のことだけど、世界は広がっていることを改めて実感する。ずっと森の木に囲まれていたら、何も疑問に思わず過ごしていたかもしれない。



 ――「ヴィヴィさま、俺、今日はなんとしても魚が喰いたいです!」――


 ――「うーん、でも、結構水が濁ってますね。これじゃ魚が見えません」――


 ――「この濁り……上流からの泥水かの……もしや……」――



 ヴィヴィたちは魚が見当たらず、耳を倒してしょげている。森では肉ばかりだったからな。俺も魚が食べたくなってきた。ヒーゴ王は地質学者らしく川を観察している。



《一つの可能性として、ここヒズリアは、私たちの元いた世界と何らかの形で繋がっているのかもしれません。全く別の世界というより、似通った特徴を持つ、多重世界、いわゆるパラレルワールドのようなものではないでしょうか?》


「パラレルワールド……え? 繋がってるってことは……じゃあ日本に帰れる可能性もあるってこと?」


《……どうでしょう。お二人はすでに、向こうの世界で亡くなっていらっしゃいますので、帰るという事は生き返るって事になりますね。それは余りにも不自然です》


「へはは! 私ら帰ったら大騒動やん。しかも私、フォクシーエルフやし」


《蓮さまはともかく、伊織さまは間違いなく、保護の名目で研究材料にされますね》


「へはーっ! それは勘弁ばい!」


「笑い事じゃないだろ、ばあちゃん」


《いずれにしても現時点では仮説に過ぎません。もっと多くの情報を集めないと検証すらできませ……ん? ちょっと待ってください。何か引っかかります……何か大事なことを見落としているような……》


「なんね? どげんした――」



 ――ゴゴゴゴゥ……ドドーン……



 何の音だ? 大地を揺るがすような振動と共に、不気味な音が響いた。



《蓮さま! 見てください! 山の中腹、渓谷地帯です!》



 渓谷のあたりから巨大な砂煙が上がり、風に乗ってこちらにもかすかな土の匂いが届いてくる。ウォルトの顔が青ざめ声をあげた。



「あれ……ウキヤグラの方じゃないっすか!」


「え……?」



 土砂崩れ? ここからかなり距離があるのに、砂煙がはっきり見え、その規模が大きい。



「まずいっす……助けに行かなくちゃ!」


「あ! おい! 待て! ウォルト!」



 ウォルトは渓谷の方へ駆け出した。ふと川の方を見ると、川の水が先ほどよりも、さらに茶色く濁っている。


 流れの中に、木で作った人の形をしたものが見え、嫌な予感がした。


 人形……? 子供のおもちゃ――



「蓮ちゃん! 私たちも行こう!」


「あ、ああ!」



 俺たちはウォルトの後を追い、川沿いを上っていった。




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