048 ウォルフとドンガ~二人は仲良し~
――「おい……幼女の姿をしているからと言って、蓮にべたべたするな。お前の本当の姿はみんな知っている」――
サリサは冷静を装っているが、最初ローニャを招き入れることに大反対だった。ローニャとの出会い『森での出来事』を説明する際、チエちゃんが例の記憶再生で、その一部始終を再生してしまったからだ。
それは俺の視点で再生され、俺から見たローニャの姿は、まごうことなき真正の痴女だった。必死に揉み合う俺たちの姿は、もはや、何もなかったとは言い切れないほどの白熱の攻防だった。
「おい! 蓮から離れろ!」
「サリサ、怖い。私、サリサ、嫌い!」
「な?! お前!!!」
「れーん!」
ローニャがすかさず俺に抱き着く。さすがのサリサも幼い子供相手に手を出したりしないようだ。まあ、見た目は幼女だが、中身は1000歳を超える大サキュバス……この商店街で一番の年長者だ。
「ローニャさ~ん? すこ~し蓮さまとの距離が近いですね。蓮さまは今、会議中ですので、こちらへ、どう、ぞ!」
と、ヴィヴィが今にも爆発しそうな嫉妬心を抑え、ローニャを引きはがした。ローニャは勢い余り、ヴィヴィの胸に顔をうずめる形になった。
「は! こ、これは……」ローニャの目が光る。
「ヴィヴィ、凄いもの持ってる。ヴィヴィはサキュバスなの? 猫型サキュバス?」
「ち、違います! あなたと一緒にしないでください! なんですか猫型サキュバスって!」
「…………猫バス?」
「やめなさい!!!」
「ヴィヴィ、サキュバス違うんだ。もったいない。これほどのものがあれば、異性が喜ぶ、あんなことやこんなことが出来るのに」
「……あんなことやこんなこと?」
ヴィヴィの猫耳がピクリと反応する。
「なんですかそれは?!」「なんだそれは?!」
あーあ。サリサまで反応してしまった。
「はいはい! 関係ない話はしないで! 会議続けるよ!」
「「「……はーい……」」」
ローニャという新たな要素が加わったことで、これはまた女子会が大いに盛り上がりそうだな。何より恐ろしいのは、さっきから黙ってはいるが、眼をギランギランに光らせているばあちゃんだ。
「んふ~、んふ~」 ――バチ! パチパチッ!
ばあちゃん、鼻息やばいよ。魔力が弾けてる弾けてる。興奮しすぎ。ばあちゃんは生粋の腐女子だからなぁ。本で得た知識が本当に正しいのか確かめたくて、うずうずしてるんだろう。ローニャ、頼むから変な事を吹き込まないでくれよ……
――「ゴホン! よ・い・か・な? 外壁の話だが」――
とカリスが声を張り上げる。
「蓮どの。この会議、少し気がたるんではおらんか? 和気あいあいとやるのもいいが、あなたはここの長だ。もっとしっかりと皆を導いて貰わないと、困りますなぁ」
「は、はい」
「そして皆も、街の代表であるという事を、わ・す・れ・ず・に」
「「「は! はい!」」」
ヴィヴィとサリサ、そして何故か、ばあちゃんまでとばっちりで釘を刺された。
「え、えっと、じゃあ本題に戻ろう。外壁は稲荷神社を中心に半径1キロメートルを目処にやるってことでいいかな?」
「とりあえず、それがいいだろう。半径1キロ圏内が最も加護の力が強い」
「わかった。他に誰かあるかな? サリサ、どう?」
「うむ。私の担当は難民の管理と、居住区などの区画整理だが――種族の代表者から相談を持ちかけられてな。詳しい内容は聞いてないが、どうやら伊織と蓮、そしてヴィヴィに頼みごとがあるそうだ」
「俺たちに?」「なんやろか?」「え? 私もですか?」
「ああ。おい、入っていいぞ」
――「「失礼します」」――
入ってきたのは、例の騒ぎの時の犬狼族の男(顔にマーキングした奴)と猪族の男(寝床にタメ糞した奴)だった。
「先日は、騒ぎを起こしちまって、すんませんっす……俺は犬狼族のリーダーやってる、ウォルフといいます」
「俺っちは猪族のまとめ役、ドンガといいますです、はい」
二人とも以前とは違い、険しい表情ではなくなっていた。むしろ申し訳なさそうに身を縮めている。どちらが話を切り出すか戸惑っているようだ。
「おい、黙っていても始まらないだろう。頼みがあるなら言え」
「う、うす」「へ、へい」
あー、慣れないうちはサリサの言い方、ちょっと怖いよね。カリスとタリナが後ろに控えているし……
「そんなに緊張しなくていいですよ。気を楽に。で、相談事って何ですか?」
犬狼族の男ウォルフが口を開いた。
「あの! 先日頂いたヴィヴィさまの料理、とても美味しかったっす。俺、あんなに美味い物食べたの初めてで、か、感動したっす」
「え?! あ、ありがとうございます。喜んでいただけて、私も嬉しいです!」
「俺っちも感動しやした! 俺っちたち猪族の主食は木の実や山菜なんですが、あんな風に料理できるなんて知りませんでやした!」
「え、えへへ」
ヴィヴィの料理がこんなにも評価されている。これは本当に嬉しい事だ。
「そこでお願いなんっすが……俺たちの集落へきて、料理を教えて頂けませんっすか?」
「え? 私がですか?!」
「お願いします! 村のみんなにもヴィヴィさまの料理を食べさせてあげたいんっす! でも……ここに来るには、それなりの力がないと、たどり着けないので……」
なるほど……大狸商店街にくるには、強い魔物がいる外周を潜り抜けなきゃならない。そうだよな、ツクシャナの森の全ての者がここに来れるわけじゃないんだ。ん? 待てよ。
「今ここにたどり着いている、老人や子供たちはどうやって?」
「希望者だけ連れてきたっす。身寄りのない子供や、病に侵された老人ばかりっす」
「じゃあ、君たちはその人たちを護りながら?」
「全員を連れてこられたわけじゃありません。半数ほどは魔物にやられ……」
「そうか……」
皆、大変な思いをして、ここにたどり着いたんだな。
「でも! 伊織さまのくさ汁やヴィヴィさまの料理のお陰で、たどり着いたみんなは元気になったっす! なあドンガ!」
「うん! あの、そこで……伊織さまにもお願いなんでやすが……集落に残されたものにも、病に苦しむ者が大勢いて、その……助けて欲しいんでやす! 救い主様の力でどうか!」
ウォルフとドンガは、俺たちに深々と頭を下げた。
「蓮ちゃん、これはほっとけんばい! 村の人たち助けちゃろうや!」
「蓮さま! 私もみなさんのお役に立ちたいです!」
「ああ、そうだな。これを見捨てたと会っちゃ――」
――「「「大狸商工会の名が廃る!!!」」――
「ウォルフさん、ドンガさん、俺たちに任せてください」
「「ありがとうございます!」」
こうして話はまとまりかけたが、険しい表情をしていたサリサが俺たちを制した。
「いや。駄目だな。その話は受けられない」
「え?! なんでだよサリサ!」
「この願い……見返りがない」
「見返りって……そんなものなくたって、困っている人がいたら助けるのが当たり前だろ!」
「蓮の気持ちはよく分かる。だが……それはいつまで続く? どこまで救う?」
「そ、そんなの……いつまでも! どこまでもだろ!」
「蓮……よく聞け。真っすぐに理想に向かうお前は美しい。私がお前に惚れたのもそういうところだ。かっこいいぞ、蓮。大好きだ」
――「「「わあ……」」」――
サリサのあまりの直球の告白に、江藤書店に集まったみんなの口から驚きの声が漏れた。
「えぇ?! ほれ、ほれ……や、やめろ! 何だ急に!」
「サリちゃん、さらっと、かますばいね」
「サ、サぁ~リぃ~サぁ~~~!!! フーーー!!!」
ヴィヴィの呼び捨て、初めて聞いた。頭が伸び、やんのかポーズで威嚇している。
「だが……それじゃお前が、この大狸商店街がもたない。善意だけじゃこの先、続けたくても、それが出来なくなる時が必ずくる」
「そんなのやってみなくちゃ――」
「忘れたのか? むやみに難民を受け入れた結果、今、この街がどうなっているのか」
「それは……」
「ここから先は、個人的なやり取りじゃない。村や街、集団のやり取りだ。その中でしっかりと交渉をしていかないと、必ず疲弊して街の存続が危うくなる。お前は長として、責任ある行動をとらなくちゃならないんだ」
サリサの後ろで、カリスとタリナが頷いている。サリサの言いたいことは分かる。だけど、どう考えたってウォルフやドンガに見返り……交渉材料があるとは思えない。みな貧しく、困っているんだ。
「あのぅ」とドンガが口を開いた。
「俺っちたち、なんにもお返しするもんねぇけど……もし、願いを受け入れてもらえるなら、俺っちたちの集落……全面的に大狸商店街に協力しやす!」
「俺たちも! 協力するっす!」
「え……でも、犬狼族と猪族ってあまり仲がよくなかったんだよね? ここでの最初の諍いも、崇める神が違う事が原因だったんじゃ……集落の人たち、大丈夫?」
ドンガが頭をかきながら、照れ臭そうに続ける。
「俺っちたち、ウォルフたちと一緒に作業してて、気づいたんでやす。崇める神が違くても、仲良く出来るって」
「そうなんっす。実際話してみると、ドンガのやつ、結構気さくな奴で……むしろ今は話すのが楽しいっつーか。へへ」
「な、なんだか照れやすね。俺っちも今はウォルフのこと、友達と思ってやすよ」
本当にこいつら、仲良くなってる。なんだかこれは……とても……嬉しいぞ!!!
「だ、だから! 俺たちの集落のやつらも説得するっす! 石の神を崇めるやつらも、俺達となんも変わらない、いいやつらだって!」
「俺っちも! きっとみんな分かってくれやす!」
そうだ。本当に手を取り合うためには、相手を知ることが唯一の方法。互いの違いを認め合う事なんだ。
「これじゃ駄目っすか? 蓮さま」
ウォルフもドンガも真剣な眼差しだ。
「どう思う? サリサ」
「人は力……か……ふん。最高の見返りだ」
「よし……じゃあ、集落の人たちを助けに行こう!」
「「ありがとうございます!」」
こうして俺たちは、森に点在する集落を助ける旅にでることになり、ウォルフとドンガは、何度も頭を下げながら江藤書店を後にした。
「れ~ん! また明日ね~!」
「ああ、また明日」
ローニャはサロン・ド・サリサの二階で、カリスとタリナが交代で面倒をみる、というより見張ることになっている。
まあ、加護の中では大したことは出来ないだろうし、あの二人がついているなら、問題はないだろう。多分……きっと……恐らく。
会議も終わり、皆それぞれの店へ帰っていった。
――じーーー……
しかしこの時――
背後から俺をじっとみつめる視線に、俺は気付いていなかった――




