046 ローニャ(3)~夢と国落とし~
俺はカリスとタリナを待つ間、森の中で少し眠ることにした。
纏雷の連続発動で、全身が鉛の様に重く感じる。身体の疲れというより、脳が筋肉への伝達を拒否しているかのようだ。こめかみの奥がジンジンと痛む。
急激に襲ってきた睡魔と共に、その鈍い痛みが緩やかに甘い痺れに変わっていく。森の鳥や虫たちのざわめきが、まるで電話越しの音の様に遠くなる。
覚醒と眠りの狭間。意識と無意識の境界線。鉛の手足にかかる重力が解け、その存在が溶けていく……音が……消える――
…
……
………
――「……ちゃん!」――
…………… ……… …… …
――「待って!」――
……あ……つい………なんだ………炎……?
――「お兄ちゃん!!!」――
……なんだ……? 燃えている……街が……熱い……
断片的な映像が脳裏に浮かぶ。まるで壊れたフィルムの様に――
あれは……魔物?……戦っている……人と……魔族か?
剣を手に、人と魔族が戦っている……
なんでこんなことに……誰も……悪くないのに……
いっぱい死んだ……人も……魔族も……
なんで殺すんだ……なんで! みんな同じなのに!
これは……夢?……いや……記憶?………誰の?……
俺は…………なんだ……?
――「お兄ちゃん!!!」――
幼い少女……誰だ?……お兄ちゃん?……俺の事か?
羽……白い羽……天使……?……君は……だれ?
……熱い……たす……けて……
――「蓮ちゃん!!!」――
… …… ……… ……だ……れ……?…… ……… …… …
◇ ◇ ◇
――ポタッ
樹木の葉から零れ落ちた雫が、俺の顔に落ちた。俺はとっさに目をあけ、辺りを伺う。どの位寝ていたのだろうか……太陽の射し具合から、そんなに時間は経ってないようだ。
今のは、夢か。あれ? どんな夢だった? 思い出せない……小さな女の子がいたような。
《お目覚めになられましたか?》
「俺、どの位寝てた?」
《30分も経ってないと思います。少しうなされていたようでしたが》
「うん……何か夢を見てたみたいだけど、覚えてない」
俺は昔からあまり夢を見ない質なんだけどな……なんでだろ。ローニャからの精神干渉が影響したのかな。
「体調はどうですか?」
「うん。寝たらだいぶ回復した」
《前々から、生前から見てて思ったのですが、蓮さまって、寝つきがよろしいですね》
「うん? ああ、そうだね。特技みたいなもんだね。その気になればどんな騒音の中でも寝れるよ」
《まるで、の〇太さんのようですね》
「あ、それよく言われたよ」
「《ふふふ》」
そんな、なんてない事をチエちゃんと話していると――
――「「蓮どの~~~!!!」」――
とカリスとタリナが血相を変え帰ってきた。
あれ?! ローニャを持ったままだ! なんで?! 森の外へ捨ててきたんじゃないのか?!
「タリナ! あの木であるな! 境目!」
「ああ! 田中蓮もいるし間違いない! いけ!」
二人は加護の境目を確認すると、なんとローニャを加護の内側にむけ放り投げた!
「ええ~~~?! ひ、人って投げれるの?!」
ローニャはまるで、世界陸上で見た槍投げの槍の様に、俺の目の前を美しい放物線を描き、妖女から幼女に姿を変え、地面に突き刺さった。
嗚呼……異世界では人は槍の様に飛び、身体を縮めながら、槍の様に刺さるのか。
「おい! 何てことするんだ?! なんかよく分からないけど、これはやり過ぎだろ! おい! ローニャ! 大丈夫か?!」
俺は突き刺さったローニャを引っこ抜いた。まさか地面に刺さった人を引っこ抜く日がくるとは。
「ふ、ふにゃ~」
よかった。落ち葉で柔らかいところだった。怪我はないようだ。しかし帰ってくる途中振り回されたのか、目を回している。
「おい! なんで連れて戻ってきたんだ?! なにがあった?!」
二人は激しく息を切らしている。どうしたんだ? この二人がこんなに取り乱すなんて。
「田中蓮! 駄目だ! こ、こいつ、加護の力が弱まると……はぁはぁ」とタリナは息も絶え絶えだ。
よく見ると、二人とも微妙に衣類の乱れがある。
「加護の力が弱まると? どうしたっていうんだタリナ!」
「うう……私の口からは言えない! カリス……あとは、た、頼む……ぐ、ぐふう」
そういって、タリナはその場に膝から崩れ落ちた。しかし何故か頬には薄っすらと赤みが射し、その表情は穏やかにさえ見えた。
「タリナ!!! おい! タリナ……タリナーーー!!! うおーーー!!!」
カリスがタリナを腕に抱き、取り乱している。なんてこった……あのタリナがやられるなんて。
(チエちゃん、緊急事態だ。神槌をいつでも発動できるよう準備を)
《かしこまりました》
「だめだタリナ! いくなタリナ!!! 我が妹よ!!! お・の・れ~! サキュバスめ……なんということを」
「カリス、何があったんだ?」
「蓮どの……我らはあれから、真っすぐに森の外周へ向け移動した。1キロほど進んだところだろうか。さらに加護が弱まった。その際、抑えられていたこいつの魔力が溢れ……うう……思い出しただけでも恐ろしい」
あのカリスが怯えている。カリスとタリナの戦闘能力は尋常じゃない。その二人がこんなになるなんて……ローニャ……こいつの戦闘能力は――
「カリス、こいつ……そんなに強いのか?!」
「違う! 戦闘能力自体は大したことない! だがこいつは……加護の外では」
「ご、ごくり――加護の外では……?」
「え、え……」
「え?」
「……エロ過ぎる!!!」
……
…………
………………
「はい???」
「エロ過ぎるんだ!!! これはもはや災害! 災害級のエロさだ!!!」
何を言っているんだ。災害級のエロって……しかし、カリスがそんな冗談を言うはずも、え? うわ! あのカリスが涙を流している。森の外周で何をされたんだよ!
「蓮どの! こやつを野放しには出来ない。これは冗談抜きでいう……こんなやつを放っておいたら、国が滅ぶぞ!!!」
「国が?! いやいや! それは言い過ぎだろ!」
「過ぎではない! 実際にあるのだ! いくつもの国を滅ぼしたサキュバスの伝説が! ほら! なんだったか……国落としの……伝説の! ああ~! とにかく! こやつはやばい! 女の私たちでさえ、抜かれるところであったのだ!」
「え……ぬ、抜かれる?! な、なにを?」
「……は?! 何を……??? う! ず、髄だ! 骨の髄!!! おい! 変な想像をするでない!!!」
「し、してない! してないよ! あれ?! ちょ、ちょっとやめよう! この話! ね?!」
「そ、そうだな! やめよう! やめたほうがいい! お互いの為に!」
「そんなことより、ローニャはそんなにやばいのか?」
「やばいなんてものでは……ローニャ? ローニャ……こいつ……ローニャと名乗ったな?! 名乗ったであろう?!」
「あ、ああ。それがどう――」
「どこかで聞いたことがあると思ったら……こやつ! 国落としのローニャ! 今言った伝説のサキュバス! 背徳の悪女、国落としのローニャだ!!!」
「えええ?!」
カリスがタリナを抱きかかえたまま、俺とローニャから距離をとる。
「まさか、実在していたとは! ローニャは、妖艶な魅力で時の権力者に擦り寄り、思うままに操ったといわれている伝説の魔人だ」
「魔人……」
「王を操ったローニャは、魔族を国の中に引きいれる。そうなればその国は終わりだ。魔族が溢れ、ことごとく滅んだとされている。こやつに潰された国は両手ではすまんらしい」
なんてこった……
俺の腕の中で目を回している幼女が、国を滅ぼすほどの伝説のサキュバスだったとは……




