044 ローニャ(1)~出会い~
――「はぁ、はぁ……カリス! タリナ! ちょっと速いよ! もう少しゆっくり……」――
俺はカリスとタリナと共に、朝早くから外壁計画のため、森の探索に出かけていた。
大勢の難民が押し寄せたことで、街は人でごった返していた。もう少し森を切り開かないと、皆がまともに生活するのは難しい。街の生活範囲を拡張する必要があったのだ。
難民の中には、力の弱い子供や体力の衰えた老人も多くいる。商店街付近の魔物は弱体化されているとはいえ、彼らにとっては、まだまだ危険な存在であることに変わりない。
そこで、外壁計画だ。
加護の最も強い範囲を街のエリアとし、ぐるりと外壁で取り囲もうというわけだ。
朝の森は幻想的だ。陽の光が空気を暖め、厚いもやが立ち込めている。木々の隙間からこぼれる朝日が斜めに射し込み、光の筋がたゆたっている。
巨木の枝葉から朝露が滴り落ち、森全体が光の粒で煌めいている。足元に点在する花々は、落ちてくる朝露があたり、踊っているようだ。
楽園……まるで楽園の中にいるように感じた。
「これが『死の森』か」
どんなものにも二面性があるのかもしれない。そんなことを思いながら、二人の後についていく――
――「…………さん……」――
ん? なにか呼ぶような声がしたような……ふと視線を横にやると、一本の若い木の後ろに、人影がみえたような気がした。
なんだか嫌な予感がして背筋が冷たくなったが、どういうわけか目を逸らせず、俺はその若木の裏を覗くために回り込んだ。落ち葉を踏みしめる俺の足音だけが、辺りに響く。
――ガサッ、ガサッ、ガサッ……
人? やっぱり人だ……木陰から少しずつ姿が現れ始めたその人影は、露出の多い、艶めかしい服を着た女性だった。
彼女は妖しげな視線を送りながら、その艶やかな唇から話しかけてきた――
「ねぇ……お兄さん……こっちにきて……私といいこと、しない?」
あ、これ……完全にやばいやつだ。なぜに半裸に近い女性が朝の森の中で、お誘いをしてくるんだ。楽園だからか? 楽園……いやいや! ここは死の森! こいつ絶対やばい奴だ!
「いえ、結構です」
「……え?」
俺は即座に踵を返し、商店街の方へ帰ろうとした。これがまずかった。カリスとタリナは俺より先の森にいる。引き返すことは、二人とはぐれることを意味していた。
今考えれば、これも彼女の能力のせいだったのかもしれない……
引き返し始めてどの位だろう、ほんの僅か、10数歩あるいたところで、子供の泣き声が後方から聞こえた。
「うえ~ん! 道に迷っちゃったよぅ。お兄ちゃ~ん、私をおうちまで連れてって~……チラッ……」
先ほどの木陰から、幼い少女がこちらをチラチラ伺いながら、声をかけてきた。
はい、これもアウト。
こんなに幼い少女が、一人でこの森の夜を越せるわけない。これは魔物の類か? 騙されるとでも思って――
でも……もし、本当に道に迷っていたら……本当にただ困っている子供だったら……
俺はふらふらと少女に近づく……あれ? いや、待て待て……これはどう考えてもおかしい……
「わ、分かった! ちょ、ちょっとそこで待ってて。頼りになるお姉さんたちを呼んでくるから」
「…………ちっ……」
少女の不思議な引力を振り払い、カリスとタリナのいる方へ戻ろうとすると、目の前に先ほどの妖女が立っていた。
「どこいくのぅ? 行かせないわよ~。それより……いかせて、あ・げ・る!」
「ひいい!」
女は俺に覆いかぶさり、馬乗りになった。女はその細い指で俺の頬を撫で、身体を寄せてくる。
「力を抜いて……優しくしてあげる」と熱い吐息と共に耳元で囁く。いつの間にか俺はジャケットとシャツのボタンを外され、俺の身体に女の柔らかい腕が絡みつく――
これは――いかん! いかんぞ! キングオブヘイボーンな俺にこの状況は刺激が強すぎる! カリス! タリナ! 助け――
あれ? 声が、出ない……力が、入らない……
「そう、それでいいのよ。リラックスしてね~。それじゃあ、い・た・だ・き・ま・す――」
女の顔が迫ってくる! これは……抗えない……
《抗いなさい!!!》
――バチィッ!!!
女の唇が俺の唇に触れる直前、チエちゃんの声が頭に響いた!
「いっっった!!! なに?! 今の?!」と女は馬乗りのままのけぞる。
今のは……纏雷?!
「チ、チエちゃん?!」
《蓮さま! 現在、精神干渉を受けています! しっかりしてください! これは恐らく闇魔法……『魅惑』です!》
「添付でしょう?! なに?! え?! 今の纏雷、チエちゃんがやったの?!」
《先ほどから、ずっと蓮さまに呼びかけていましたが、強力な魔力で妨害されていました。危ないところでしたので、纏雷を強制発動いたしました》
「そ、そうか。ありがとう、助かった……よ……?」
《――れ……さま?!》
あれ?! また体の力が抜けていく……
「さっきから一人でごちゃごちゃと……ん? 女? あなた……頭の中に女が住んでいるの?」
女? 何だこいつ……チエちゃんの事か?
「へぇ。なによあんた……あたしとやり合おうっての?」
こいつ……もしかして、チエちゃんと話している?
「ふ~ん、面白いじゃない。でも無駄よ、こいつの魔力はあたしのものよ!」
女が再び俺の唇を奪おうと顔を寄せてくる!
――バチィィッ!!!
「いっっったあぁい!!! あんた何?! さっきからビリッビリ凄いんだけど?!」
これは……チエちゃんが戦ってる?! 俺の身体を使ってこの子、勝手にバトルを始めちゃってる?! 現状、助かってるんだろうけど……なんか、こわ!
「でも……この刺激、癖になりそう! もっとよこしなさい!」
再び女が俺の唇を奪おうと迫ってくる! だがチエちゃんが纏雷を発動し、女は雷撃に弾かれ、涙を流しながらのけぞる! さらに追い打ちの纏雷! チエちゃん容赦なし! こえー!
しかし女はまだ諦めない。震える手を伸ばし、俺に向かって顔を寄せるが……美しい顔立ちだったはずの女の顔は、雷撃に怯える表情と唇を奪いたい一心とが入り交じり、非常に不細工になっている。それにお前……頭がアフロになりかけてるぞ!
「ま、までゃまでゃ~……く、唇から直接魔力を頂くんだきゃりゃ~」
そういうことか! だからしつこく唇を奪おうとしてたのか。しかしチエちゃんが魔力を節約しているとはいえ、このまま纏雷の連発はまずい……行動不能になってしまう。女はボロボロになりながらも、しつこく迫ってくる! やだー! もう顔怖いよ!
その時、俺の足がビクンと動き、女ごと俺の身体を持ち上げた!
――グシャ! ふげぇ!!!
馬乗りになった女は近くにあった木の幹に、結構な勢いで顔面を打ちつけた。その後も俺の身体は、勝手に動き出し、女はまるでロデオの様に振り回される。ええ?! 俺の身体、どうなってんだ?!
「ちょ! ちょっとぉ~! な、なんで動けるの! 魅惑発動してるのにぃ~!」
この時の俺の動きは、さぞかし気持ち悪かっただろう。両手両足、体のあらゆる部位は、まるで統率がとれておらず、壊れた人形の様に動いていた。女は振り落とされまいと俺にしがみつき、ぐにゃぐにゃと跳ねる俺と一緒に転がりまわる。
「ちょっと! じっとして! あ! 待って! その木よりそっちは……!」
先ほど女が身を隠していた木を超えた瞬間……身体の自由が戻った! 俺は即座に態勢を入れ替え、女の肩を地面に押さえつけた。
《――蓮さま! すみません! 念話が途切れたので、身体をお借りしました!》
「チエちゃん! 今のなに?!」
《纏雷の応用で、筋肉に微弱な電流を流し、強制的に身体を動かしました!》
「EMSか! ちょっと~! 俺、超怖かったんだから~!」
《すみません。魔力も少なくなり、かなりピンチだったので》
「いや、かなりビビったけど……助かったよ。それよりこいつ――あれ?!」
俺と女は態勢を入れ替え、俺が馬乗りで押さえつけている状態だったが……今、俺が押さえつけているのは、さっき木陰で泣いていた少女に変わっている。なんで???
「……い、痛い……離して……」
「うわ! ご、ごめん!」
俺は涙ぐむ少女の言葉に、反射的に身体を離した。その瞬間――
「ニヤリ……隙あり!」
「な、ぬゎにぃ~~~?!」
少女は先ほどの女と同じ表情で唇を奪おうと、俺に飛びついてきた! そういえばこの子……! 若干、アフロだ! この少女……さっきの女か?! 少女と俺はまたも転がり、今度は少女が俺を押さえつけた。
「さあ、観念なさい! ねぇ……少しでいいの。魔力全部取ろうなんて思ってないから。私、もうお腹ペコペコで……ねぇ、お願い、お兄さん」
あれ?! 今度は女の姿?! マジでどうなってんだ?! あ! やばい! また身体の自由が利かない! もうわけが分からない! 『アフロくちびるトンガリ妖女』の顔が迫ってくる! 俺は目を閉じ顔をそむける……も、もうだめだ!!!
・
・
・
……あれ?! こない? 俺はそっと目をあけた。
……そこには……
身体の中心から半分が妖女、半分が幼女の姿をした、わけの分からない生き物がいた――
「「は、はまっちゃった……」」と妖女と幼女の二つの声が響く。
「はまった???」
身体の自由が戻った! わけが分からないが……どうやらこいつは身動きが取れないらしい! 俺はそっと身体とずらし、距離をとった。
――「蓮どのー!」「田中れーん!」――
カリスとタリナが異変を察知し戻ってきた。あの二人がいればとりあえず大丈夫だろう。
しかし、何なんだ??? こいつ……
「「うわあああ! なんだこいつ! きも!!!」」
爽やかな朝の森に、カリスとタリナの悲鳴がこだました――




