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042 内なる神

 ――「あの人が長なのか?」「なんか地味だな」「こりゃ駄目そうだな」――



 などと、群衆の視線が一挙に俺に集まる。



「えー、どうも。ご存知の方もいらっしゃ、らないかな……一応この街の管理人をやらせて貰ってます、田中蓮といいます、です、はい」



 戸惑いの感情が、懐疑への感情へと変わるのが分かる。



「あ、あの……えーっと、喧嘩の原因は何ですか?」



「け! そんなの、このバカ(じし)が、俺たちの縄張りに入ってくるからに決まってるっすよ! 全く、汚いったらありゃしねえっす! これだから石っころの神なんてもん崇める連中はよう!」と犬狼族の男が(まく)し立てる。


「なんだって! ここに先に来たのは俺っちたちの方でやす! そこへずかずかと割り込んできやがって! やっぱり火の神を崇める連中は、厚かましくて仕方ねぇべよ!」と猪族の男がその大きな鼻から息を吐き出す。



 宗教的対立か……みなそれぞれ信じるものがある。こればかりは、強制してどうにかなるもんでもない。


 現代の日本ではあまりこうした諍いはみられなかったな。無論、歴史を振り返れば大きな宗教戦争はあっただろう。


 だが、それは政治的背景の強いものばかりで、本来日本はアミニズム、自然信仰だ。あらゆるものに神が宿り、それに感謝して生きてきた。


 元来、俺たち日本人にとって神は一つじゃなかった。


 それは言い換えれば、ある種いい加減な感覚で、言い換えれば、大らかで寛容なのだ。この人たちにもその感覚があれば――



「あの~、皆さん、八百万(やおよろず)の神ってご存知ですか? 俺のいた国では、全てのもの……森羅万象に神が宿ると考えています。神様が八百万……たくさんたくさんいて、その神様たちは仲良く共存しています。そして、俺たち人はその神様たちに感謝して生きているんです。皆さんの信じる神様も、もしかしたら仲良く――」



 ――「沢山の神?」「そんなの聞いたことないぞ」「我らが信じるのは我らの神のみ!」――



 埒外(らちがい)の感性に触れ、拒絶の火種が彼らの心に宿る。価値観の衝突……そして、にわかに反意の炎が燃えあがる。カリスとタリナはすぐさま鎮圧に動こうとするが、サリサがそれをすぐに止めた。



「えーっと……皆さんは、どうしてここへ来られたのですか? 恐らく皆さん、あの巨木の出現を見て、何かしら救いを求めていらっしゃったんじゃ……ないですか?」



 難民たちはみな一様に目を伏せ、これまでの不遇に思いを巡らせているようだ。



「救いを求め、(つど)ったこの場所で……また争うのですか?」



 そうだ……争いの為に神はいるんじゃない。


 救いの為にいるのだ。


 人は、己の力でどうにもならない時、残酷かつ美しいこの世界で、不条理に打ちひしがれた時、心に神を見出す。そして救いを求める。神は、救いは……人の心の中にあるのだ。


 もし復讐や怨嗟(えんさ)で、神の御名(みな)を語るのであれば、それは人の心の弱さ、内なる神の思うつぼだ。神の御名に寄りかかってはいけない。


 救いも怨嗟も……二つの顔を神は持つ。


 ならば怨嗟の神に身を任すのではなく、本来あるべき救いの神の手をとるべきだ。そしてその手は、人がすでに持っている。神は人の心の中にあるのだから。


 そうだ……隣人に向けるのは、拳ではなく救いの手なんだ。



「皆さん……僕らが最初に何も考えず、無計画に皆さんを受け入れたことが、今回のような諍いになった原因だと思います。もう少し慎重に行動すべきでした……本当にごめんなさい」



 タリナが目の色を変え「田中蓮! 王がのっけから民に頭を下げるなど、あまりにも愚策――」と言いかけたのをサリサが再び制した。



「タリナ、いいから落ち着け。ここは……蓮に任せろ」



 任せろ、ね。サリサは俺の事を買ってくれてるみたいだが、俺にそんな自信はないよ。ただ……少し、嬉しかった。俺なんかよりずっと凄いサリサがそう言ってくれるなら、俺も……少し頑張ってみようと思った。



「えっと、この街はですね……一度滅んだんです。俺が小さい頃ですけど、昔は本当にいい街でした。伊織ばあちゃんをはじめ、勝っちゃんおいちゃん、金光のじーちゃん、久世のおばちゃんにおいちゃん、みんないい人たちで、この商店街を愛していました。そこではみんなが助け合い、お互いを思いやっていました。ですが、時代の流れに追い付けず……なんとか俺も頑張ったんですが。結局、この街を救うことは出来ませんでした」



「蓮ちゃん……」ばあちゃんがカリスとタリナの後ろから顔を出し、心配そうに様子を見ている。


 一番安全な場所を選んだな。自分が最強のくせに。



「俺は、この街を復興させたい。あの頃の様に……んーん……あの頃以上に、素敵な街にしたいと思ってます。奪い合うことなく、傷つけあうことなく、みなが手を取り合って、笑顔でいられるような、そんな街にしたいんです」


「蓮……」「蓮さま」



 サリサと並びヴィヴィがいつの間にか俺の傍らにいる。心強い。ここまで来たら迷っても仕方ない。俺の言葉で、俺の思いを話そう。



「だから、皆さんにお願いがあります。


 俺は一度、この街を救えなかった……俺に力がなかったから。だから、皆さんの力を貸して欲しいんです。


 人は……力です。どんなにいい建物があろうとも、どんなに美味しい料理があろうとも、どんなに美しい衣服があろうとも、そこに人がいなければ意味がありません。


 皆さんは救いを求めてここへいらっしゃったかもしれませんが……皆さんこそ、この街の救いなんです。


 だから……いろんな思いがあるかもしれませんが、お互い救い合いませんか?


 皆さんが助けてくれれば、俺たちも皆さんの助けになれると思っています。


 その為には、みんな仲良くしないと……それが、俺の望みです」



 まだ戸惑いの表情を浮かべる人たちはいるが、みな、静かに俺の言葉に耳を傾けてくれた。サリサとヴィヴィに俺の後ろで囁く。



「おい、ヴィヴィ。こいつ……これでその気になれば、無茶苦茶強いんだぞ。たまらないな」


「ええ。サリサさま、私、負けませんから。元奴隷なんて関係ない……相手が王族であろうと。私が誰よりも、蓮さまを支えます」


「ふふ……私はもとより、そのつもりだ」



 うん。全部聞こえてるから。そういうのはもっと離れたところでやって。恥ずかしいから。



 ――ここで、騒ぎの発端となった犬狼族の男が、猪族の男の所へ歩み寄る。



「おい……俺が悪かったっすよ。もう寝てる時、顔にマーキングなんかしないっす。許してくれっす」



 ええ?! 顔にマーキングしたの?! そりゃ怒るよ! なんでそんなことするの?! 猪族の男はそれを受け――



「俺っちも、悪かったべよ……もうお前の寝床に、タメ糞はしねえべよ」



 何してんの?! きみ!!! はぁ、どっちもどっちだよ。凄いな文化の違い。異文化摩擦が半端ないよ。これは相当気合入れて取り掛からないと……


 だが、ほんの少し、ほんの少しだけど、みんなの距離が近づいたような気がした。


「れ、蓮さま……私、蓮さまのお力になりたいです」竜人族の女の子が震えながら言った。



「お、俺たちも! 俺たちはどうしたらいいっすか?」


「なんでも言ってくだせい、お、お力添えいたしやす」



 と犬狼族と猪族の男が、殺気立ってた先ほどの表情とは違う、敵意のない優しい顔をして問いかけてくる。


 だが、皆一様に頬がこけ、やせ細っている。みな貧しく、まともな食事をしてないのだろう。ヴィヴィ食堂のご飯を、この人たちに食べさせてあげられたら――



「ご飯、食べ……」



 ――「「「え?」」」――



 ――不意に思った言葉が出てしまった。皆、一瞬何のことか分からずに、ぽかんと口を開けていた。だが俺は、今の俺たちにはこれしかないと、直感的に感じていた。



「ご飯……食べませんか? みんなで……それを俺らの最初の仕事にしませんか?」



 ――「「「ご飯を食べるのが……最初の仕事???」」」――



 みんな意味が分からずに隣同士、目を合わせている。



「みんなでご飯……食べましょう。そして、元気になりましょう。うん、それがいい。お腹減ったら、よくないです。喧嘩になります……だからみんなで、美味しいご飯食べて、お話……お話しましょう! そして、それぞれの話に耳を傾けましょう! それがこの街の皆さんの……最初の仕事です!」



 はは、俺、何言ってるんだろう。でも、平凡な俺には、こんなことくらいしか思いつかないし……


 この時はこれでいい、これがいいと本気で思っていた。



「で、でも俺ら……金なんか持ってないっす……」


「みな、その日暮らしの生活なもんで……」



 犬狼族の男と猪族の男が視線を落とした。



「え、えっと~……あ! もちろんお代は結構です!」


「蓮さま! それはまずいです……他の冒険者の手前、無料(ただ)というのは」


「そうだぞ、蓮。しめしがつかなくなるぞ」


「ヴィヴィ、サリサ、大丈夫。俺に任せて。えー、今日はみんなと初めて食卓を囲む日なので……伊織ばあちゃん……救い主のおごりです!」



「ええええ~~~?! わ、私のおごり?! なんでね蓮ちゃん?!」とばあちゃんは尻尾を膨らませ、俺に食って掛かる。


 俺は小声でばあちゃんに耳打ちをした――



「ばあちゃん……俺、知ってんだぞ……バルト達からのお布施、ちょこちょこへそくりしてるだろ? ばあちゃんのお陰もあるから、黙ってみてたけど、こういう時に使わないでいつ使う。これからも黙っててやる。じゃないとみんなに――」



「は、はーーーい! はいはい! きょ、今日は私のおごりでーーーす! みんな好きなだけ食べてくださーーーい!」と、ばあちゃんは滝の様に汗をかきながら観念した。



「あ! もちろん、本日この場にいらっしゃる冒険者の方々もご一緒に!」


「な?! なぬーーー?!」



 人々の笑顔と共に「ぬーしっさま! ぬーしっさま!」の歓声があがる。


 ばあちゃんは半ばやけくそで「こ、ここに集う全ての人たちに、幸あれ~~~! 元気! やる気! おおだぬきー!」と大粒の涙を流しながら、森脇健――あの人風のコール&レスポンスを投げかけた。



「「「元気……やる気……おおだぬき?」」」


「声が小さい! 元気! やる気! おおだぬきー!!!」


「「「元気! やる気! おおだぬきー!」」」


「もっともっと~!!!」



 何故かこれが大ウケし、みんな一体となって叫んでいる。嗚呼……大狸商店街に変な文化が根付いてしまう。まあ、みんなにとって、ばあちゃんは特別だから仕方ないか……



「ヴィヴィ、さっそくだけど、助けてくれる? ここにいる全員の分、食事……作れるかな?」


「蓮さま……はい!!! もちろん! 心を込めて作ります!」



 こうして俺たちは、大狸商店街にあつまる全ての人たちと食卓を囲んだ。


 さあ、問題は山積み。


 だけど……みんながいる。


 力を合わせて、頑張っていきましょう!






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