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041 スラム~異文化摩擦が半端ない~

 ――「れ、蓮ちゃん……気づいたら、なんか街の様子が……えらいことになっとるね……」――



 ばあちゃん(神の使い)の救いを求め、多くの難民が大狸商店街に訪れた。


 結果、街は速攻でスラムと化した――



 スラムと一言でいったが、どんな悲惨な状況になったか説明しよう。



 まず起きたのは『宗教観の違いによる衝突』だった。


 無神論の種族や個人もいるが、多くはそれぞれの神を崇め、他の神や信仰を認めない傾向が強く、対立が生じやすい。


 中には、過激な思想をもった宗派もあるらしく、武力による排斥も厭わない場合もある。


 と、ここまで話したが……要は俺たちの世界と変わらない。俺たちの世界もずっとそれで殺し合ってる。数千年前の会ったこともない神の教えで、今そこにいる隣人と殺し、奪い合う。


 それはなんと――


 いや……ここでは俺たちの世界の宗教については言及しないでおこう。それはあまりにも根深く、俺なんかが、どうこう言える問題じゃない。


 俺はただ、このヒズリアの地で、大狸商店街を以前の様に活気ある街にしたい。理想論だと笑われるかもしれないが……誰もが分け隔てなく、笑顔で暮らせる街を作りたい。


 奪い合うことなく、傷つけあうことなく、手と手を取り合って――


 うん……難しいと思うが、やるしかない。頑張ろう。




 次に、衛生問題。これはいくつかの要素があるが、まず『ゴミ問題』。


 犬狼族はあらゆるところに穴を掘り、ゴミを埋め、翼人族はあらゆるところに食べ終わった肉などを吊るした。他の種族も、好き勝手に捨てるものだから、商店街はゴミだらけになってしまった。


 溢れたゴミには様々な害虫が湧き、またネズミに近い小型の生き物が集まり、街中を駆け回った。そして獲物を捕る力のない子供や老人が、更にその不衛生なゴミを漁り奪い合った。


 ヒズリアの亜人は人間に似ているため、その行動にある種の戦慄を覚えてしまう。



 ――ここで余談だが、なぜ人型の亜人が多いのか、ヴィヴィとサリサに聞いてみた。



「それはですね、大昔、亜人はそれぞれ動物の姿をしていたんです。でも、人の姿になりたいという動物たちの願いを神様が受け入れてくれて、天使が動物を人の形にしてくれたんです」


「ふむ……ヴィヴィが今言ったのは、エストキオ帝国に伝わる神話で、一番広く信じられている説だな」


「エストキオ?」


「このクシュ大陸の北にある、モトス大陸最大の国だ。その神話はエストキオの教会が広く流布している」


「へえ、教会があるのか」


「だが、その神話には亜人は魔族を生んだとされていて、そのせいで亜人は差別の対象になることが多い」


「はい。永遠の償いとされています……」



 ヴィヴィの顔に影が落ちた。俺はこの時、これ以上話を深掘りしなかった。きっと、この永遠の償いというのは、奴隷制度と関係しているんだろう。この時は、まだヴィヴィの前でする話じゃないと思った。


 永遠の償い? なんだそれ……ふざけるな。そんなものがあってたまるか。


 エストキオ帝国、教会、神話に魔族か。気になるが、今は自分たちの事で手一杯だ。まずは大狸商店街のことをしっかりしないと。事が落ち着いたら、調べてみよう。




 さて、次の環境問題は『トイレ問題』。これも深刻だった。


 ヒズリアには水道などのインフラが、ほとんど整っていない。ヴィヴィが言うには、交易都市ファクタの貴族街には水道があるそうだが、こんな死の森では望むべくもない。


 だが、大狸商店街は各店舗にはトイレがある。田舎の商店街なので、下水は通っておらず、汲み取り式だ。俺たちは各店舗のトイレで用を済ませていたが、このトイレ、不思議な力があり、用を足しても糞尿が溜まらないのだ。その仕組みは全く分からないのだが、以前、疑問に思い汲み取りタンクを確認したところ、綺麗に空だったので、その事が判明した。なんと衛生的なトイレだろう。


 しかし、これだけの数の人たちを受け入れるには無理があった。


 それにゴミ同様、みなそれぞれに習慣があり、木陰や穴を掘って用を足す。縄張り意識の強い種族は、ところかまわずマーキングしてしまう。


 街には異臭が漂い、街の衛生は見る間に悪くなった。




 そして衛生面、最後の問題は『お風呂問題』。


 今まで話した通り、街の衛生面はどん底に落ちた。そして、このヒズリアでは入浴の習慣がほとんどない。貴族などならまだしも、ほとんどの種族が、やっても水浴び程度だ。


 俺たちは江藤書店の湯舟をつかい、ほぼ毎日風呂に入っている。貴族並みの生活だ。お湯はヴィヴィが火と水の属性魔法がつかえるので、お願いしている。



『――今日は、ばあちゃんはいいかなぁ……こないだ入ったしぃ――』



 ばあちゃんは、かなりの頻度で面倒くさがって入らなかったりする。巫女のくせに汚い。


 とまあ、俺たちの事は置いといて、トイレ同様、みんなにお風呂を貸すのも現実的に無理がある。


 そんな状況だから、ほとんどの獣人系の亜人には、蚤やシラミがわき、皮膚病が蔓延していた。ひどい場合には炎症を起こし、皮膚がめくれ、重症化する者もいる。


 これは早急に何とかしなくては。



 ――と、ここまでが森湧顕地(もりわきけんじ)が発動して、僅か20日ほどの出来事。その間、俺は一週間、ばあちゃんは10日間寝てたので、まじで、本当に、あっという間に! 街の治安が悪化したのだ。




 そしてその日、俺は管理人として、その資質を試されることになる。



 ――「なんだと、この野郎! ここは俺達の場所だぞ!」――



 それは、互いのねぐらを主張する、犬狼族(けんろうぞく)の男と猪族(ししぞく)の男の、ちょっとした(いさか)いだった。


 この二つの種族は宗教的背景もあり、もとより衝突が多いそうだ。



「蓮さま! 伊織さま! また犬狼族と猪族が喧嘩を!」とヴィヴィが駆けてくる。



 最初は、個人同士の小さな小競り合いだったが、騒ぎは互いの種族に広まり、半ば抗争の様相を呈してきた。



「はわわわ! 蓮ちゃん! どげんしよう! 110番! お巡りさん呼ばな!」


「あわわわ! 電話もないしお巡りさんもいないよ! ばあちゃん!」



 俺とばあちゃんは、完全にテンパってオロオロしていた。調子にのって何も考えず、難民を受け入れた結果、この(ざま)だ。



「全く……何をしているんだ二人とも。その気になれば、こんなの制圧することなど簡単なくせに。カリス! タリナ!」



 最初に動いたのはサリサだった。彼女が目配せすると、二人は短く頷き、近くの木へ駆けのぼった。そして、ビル7階分ほどの高さから、暴動の中心目掛けて飛び降りた!



 ――シューーーー……ズドーーーン!!!



 嗚呼……俺と出会った時と同じだ。これ、むちゃくちゃ迫力があって怖いんだよ。


 小競り合いの中心となった犬狼族の男と猪族の男は、あまりの出来事に固まっている。



「な?! なんすかあんた! 邪魔しようってんすか?!」と犬狼族の男は拳を構えた。



 直後、カリスは凄まじい速度で背後をとり、後ろ手に腕を捩じり上げ「吠えるな」と耳元で囁いた。


 猪族の男も、気づいたときにはタリナに後ろから首を取られていた。「動かねば、落とさぬ」の言葉に、真っ青になって震えている。


 カリスとタリナの戦闘能力は、それぞれ『装甲車に乗った横綱5人分』。二人揃えば、装甲車で選手入場し、全員横綱のバスケが成立してしまう。そんな圧倒的な武力に、誰が逆らえるというのか。


 戦意喪失とみるや、カリスとタリナは二人を開放し、人混みにサリサに道を開けるよう促した。


 サリサはまるで十戒のモーゼの様に、二つに分かれた人の道を堂々と歩きながら声をあげた。



「静まれたし! 静まれたし! ここは大狸商店街の往来なり! いかなる理由があろうとも、その安寧(あんねい)を損ねてよいものではない! 我が名はサリサ・ヴェレドフォザリ。この街の主に仕え、皆と共にこの場の平穏を護るものである。汝ら、救い主の慈悲にすがりたくば、まずはその身をもって、友意と調和を示されよ」



 この時のサリサの振舞いは見事だった。そうだ。本来彼女は一国の王女なのだ。その立ち姿、声の抑揚、大きさ、速度には、王族たる威厳が滲み出ていた。



「それが叶わぬというのであれば……街の外にて私どもが相手になろう!」



 カリスとタリナを率い、圧倒的な格の違いを見せつけたサリサに逆らおうとする者はなく、皆一様に膝をつき、服従の意志を示した。



「サリサ……お前、本当に凄いな。サリサの方がよっぽど管理人に向いてるよ。ありがとう」



 俺は率直に尊敬の意を示したつもりだった。だが――



「何を言ってるんだ? これからがお前の番だ。何か考えがあるんだろう?」


「え? 俺???」


「当り前じゃないか。お前がここの管理人。いわば(おさ)だ。お前が道を示せ」


「ええ~、長って、ちょっと重いんですけど。それに考えなんてないよ」


「……そうか? お前、前に言ってたじゃないか。この街をどうしたいか。それをお前の言葉で伝えてやればいい」


「でも、俺なんかの言葉――」


「蓮、お前は優しい。民の気持ちに寄り添える。そして何より、本当の強さを持っている。きっといい長になる。だからお前がみんなを導け」


「サリサ……」


「他の事は私たちがやる。死ぬほど頼ってくれ。ほら……いけ!」



 サリサは俺の背中を押し、みんなの前に立たせた。



「いいか! 今から我が主、この街の長から言葉を賜る! 心して聞くように!」



 ――「え? 長って、伊織さまじゃないのか?」「誰? 伊織さまの隣にいた人だよな」「従者かと思ってた」――



 などと、(いぶか)しげな視線が俺に刺さる。


 うん……分かるよ。俺にはサリサのような威厳も、ばあちゃんのような圧倒的な力もないしね。


 キングオブヘイボーンの男さ。


 さて……どうするか……






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