039 顕現~独立宣言?~
――「森! 湧! 顕! 地!!!」――
ばあちゃんは、あろうことか、とんでもない名前を付けてしまった。しかし、詠唱は完結し、あのバブルタレントの名を冠した魔法が発動する。
――ズオオオオオ…………
カリスとタリナの周りに渦を巻いていた植物たちが、重々しい地響きと共に一瞬止まった……次の瞬間――
――ズッ…………バルルルルルル!!!!
カリスとタリナの足元から、数多の植物たちが凄まじい勢いで天に向かって立ち昇る。二人はかろうじて横に回避した。さすが横綱5人分の達人。来ると分かっていれば反応できる。
しかしこの魔法! 森脇健……森湧顕地! とんでもないぞ……さらに周囲から植物たちが集まってくる! その植物たちは大きなうねりとなり、その姿を巨木と変えていく。
――――――――バルルルルルル!!!!
――バキバキバキバキ! グギギギギギギ!!!
――――グオオオオーーーーーーーン!!!
ビルほどの巨木がうねり軋む、圧倒的、音の洪水! 地を揺らし、皮膚を切り裂く爆音! もはやそれは音と呼べるものではなく、衝撃の波そのものだった。その波の背景にある巨大な存在に圧倒される……全身が粟立ち、頬を伝う汗と共に、現実感が薄れていく。
「こ、これは……」
発した己の声すら、どこか現実味を失い、まるで古いカセットテープで再生されているように感じた。
――生命の濁流――
様々な木や蔦が絡まり合い、さらに大きな一つの木となり、その木がまた絡まり合い……木と呼べるのか分からない、その生命群は、天へと向かい速度を止めない。
カリスとタリナは躱した先でへたり込み、驚きの表情で口を開け、ただそのうねりを見上げている。
「おいおいおいおい……嘘だろう! まだ続くのか?! どんな魔力なんだ……」サリサは顔を真っ青にして震えている。
巨大な木の根や蔦、あらゆる植物が絡まり合い、地面を持ち上げ、地形が変わっている。
(もういい……ばあちゃん! もういい! やめろ!)
(れ、蓮ちゃん! そげん言うばってん、止められんとたい! あと少しで魔力が無くなるけん! あと少し!!! 最後っ屁が残っとる!)
「(さ、最後っ屁)」
嗚呼……こんな時でも、ばあちゃんはばあちゃんか……俺とサリサは目を見合わせつい吹き出してしまった。
「あはははは! 蓮! お前のばあちゃん、凄いな」
(ああ……)
「これはもう笑うしかない。見届けるしかないだろう。もりわきけんじの最後っ屁を」
(ふふ……ああ)
森湧顕地はその後、数分間発動し続け、俺とサリサはその恐ろしくも美しい光景を、ただじっと見ていた。
――巨木は雲を貫き、枝葉を広げた。天に広がるそれは、宙に浮かぶもう一つの森となった。この事象を見ていたのは、蓮たちだけではない。商店街にいたヴィヴィやバルト、訪れていた冒険者はもちろん、ツクシャナの森に点在する様々な種族の集落でも確認できた。
この日、ツクシャナの森に住まう全ての者の視線が一つに集まった。
皆、それぞれに崇める神がある。そして、その加護もある。
だが――
「なんと美しい……」ツクシャナ北東部の湿地帯に住まう竜人族は言った。
――しかし、いまだ誰も、神をみたことはない――
「かか様、あれは何でしょうか」ツクシャナ南西部では、犬狼族の母娘が身を寄せ合う。
――この地形を変えるほどの圧倒的な生命の濁流。
天にそびえる、この圧倒的事実。
この恐ろしくも荘厳な光景を、何と呼ぶ――
「ぶはぁ! こりゃあ、とんでもない事が起こる予感がするべよ」ツクシャナ南東山岳地帯で、猪族の亜人が鼻をならした。
――いまだ誰も、神を見たことはない。だが、これを――
「これは……」「あれはね……」「ようやく!」
――神の御業と呼ばずして、何と呼ぶ――
「神よ……」「神様……」「救い主が顕れた!」
――ツクシャナの人々にとって、この巨木の出現はまさに神の顕現であった。そして、この現象をもたらした伊織は、神の使いに他ならない。
以後、大狸商店街には神の救いを、恩恵を、慈悲を求め訪れるものが後を絶たなくなる。それは、蓮が、伊織が認めなくても、実質、大狸商店街の独立を意味する。そして期せずして放たれた伊織のこの魔法が、大狸商店街の独立宣言となったのだ――
――「異常事態発生! ツクシャナの森、中央部にて、木が……木? いや、何か、森のような……空にもう一つ森が!」――
ツクシャナの森をぐるりと囲む山脈には、各国の斥候が監視拠点を構えている。東のブンゴルド海洋連邦、西の交易都市ファクタ、南のクマロク王国、そして北の防砦都市ノルドクシュ……全て国の斥候は早馬で、母国へこの異常事態を報告にいった。
――オーーーーーーン………………
大気中に魔力の残滓が煌めき、森湧顕地の動きが止まる。
ばあちゃんは全ての魔力を出し切り、力尽きてその場に倒れ込んだ。
「蓮……私はとんでもないものを見た……これはもう、魔法なんて代物じゃない……これはもはや、神の御業……誰がどう見てもそう思えるものだ」
(……ばあちゃんが神様? 冗談だろ)
――ぐううぅぅ……
ばあちゃんのお腹が激しく鳴った。はあ、こんな時でも……
(ばあちゃんは…………ばあちゃんだよ)
ヴィヴィの声が商店街の方から聞こえてきた。
「蓮さまー! 伊織さまー! サリサさまー! どこですかー! 何ですかあの木はー?!」
ヴィヴィが俺たちを探している。
「最後っ屁ってなんですかー!」
あ……念話のチャットルームが開いたままだった。
◇ ◇ ◇
――とまあ、これがカリスとタリナの出会いだ。後半は、ほとんど森湧顕地の話だったけど。
この後、神槌の過剰発動で、俺は一週間、ばあちゃんは10日ほど眠り続けた。
カリスとタリナは、俺とばあちゃんの傍を片時も離れず世話をしたそうだ。
「サリサが婿候補を見つけたというので、軽く試すつもりだったが……正直、やりすぎてしまった。申し訳ない……」
目覚めた俺は、二人から謝罪を受けた。カリスとタリナは、トトゾリア王国第三王女、つまりサリサの侍女を務めており、サリサが幼い頃から、身の回りの世話を含め、勉学や武術などを教えてきた。いわゆる育ての親だ。
サリサが適齢期になり、婿探しの旅に出てからは、サリサがトトゾリアへ帰ってくるのを、今か今かと首を長くして待っていたそうだ。
だが、ある一通の書簡が二人に届く。
内容は――
『――――――――――――――――――
カリスとタリナへ
ついに伴侶たる男を見つけた。
だが婿比べに参加するつもりはない。
王族の地位も捨てる。
私の事は忘れてくれ。
今までありがとう。
サリサ・ヴェレドフォザリ
――――――――――――――――――』
と、サリサらしい簡潔な文だった。
その日、二人は一晩中号泣し、次の朝にはサリサを探す旅に出た。この切り替えの早さ、そして行動力……さすがサリサの育ての親だ。
ノルドクシュでサリサの足取りを見つけ、大狸商店街へやってきたというわけだ。
目覚めたばあちゃんは、速攻で二人を蔦で吊るし上げたが、俺とサリサとチエちゃんの必死の説得で、なんとか蔦を収めた。
「婿試しちゅうのは何となく分かった……ばってん、やり過ぎなんやないかね?! ええ?!」
「「も、申し訳ない……」」
しかし、やはり納得がいってないみたいで、その日一日、ちゃぶ台の前に二人を正座させ、バンバンちゃぶ台を叩きながら説教しつづけた。
だが、サリサが初めて剣を握った時のことや、彼女が眠るまでおとぎ話を聞かせてやったことなど、サリサとの思い出やその親心を聞くと……
「ぶはぁ! うう! そげん事やったんやねぇ……そら心配やったねぇ……!」
と、あっけなく二人を受け入れた。全く……なんて単純なんだ。まあ、それがばあちゃんの良いところでもあるが。
その後、カリスとタリナはサロン・ド・サリサの従業員兼、街の守衛を務めることになった。
――とまあ、ここまでが、カリスとタリナが大狸商店街の住人になったあらましだ。
え? 三か月の回想にどんだけ時間を使ってるんだって?
いいじゃないか。かの有名なバスケット漫画だって、全31巻、連載期間5年半で、たった五か月の話なんだぜ。
このくらい余裕だろう?
実はまだ、紹介する人物はいるんだ。もう少し付き合ってほしい。




