037 カリスとタリナ(3)~全力~
――まるで瞬間移動……この二人の戦士、速すぎる――
俺は戦士たちから殴られ、商店街の外の森まで吹き飛ばされた。
「なんだ? ビリっときたぞ。まさかあいつ、雷属性か?」と大剣の戦士は驚きの声をあげる。
大斧の戦士は痺れる右手を見つめ「面白い。サリサが求婚したというのは、本当かもな」とニヤリと笑った。
「しかし、店の恩恵でサリサの裸を見たとぬかしおった……」
「どんな店だ! 絶対に許せん!」
戦士たちは俺を追い、こちらに向かってくる。
頭の中で戦士の動きを反芻する――明らかにおかしい。単純な速さなら、俺とチエちゃんの神槌に勝るものはないと思う……単純な速さ?
『――単純な速さじゃない、滑らかさが鍵だ。ほら、伊織の弓の動作がいい例だ。ゆっくりやっているのに、一瞬に感じるだろ?――』
サリサの言葉が脳裏に浮かぶ。そうだ……こいつらの動き、サリサの動きにそっくりなんだ。無駄がないというか……それだけか? いや、それだけじゃこの速さは説明がつかない。
《蓮さま! ダメージは?》
「大丈夫。纏雷を発動したのがよかった。さすがのあいつらも、一瞬身体が硬直したんだろう。さっきの直撃よりはマシだ。とにかく森へ誘導できる」
逃げ場のない商店街の通路では、二対一は圧倒的に不利だ。ここなら森の木々に紛れて、不意を突ける。俺は近くの木陰に身を隠し、やつらの様子を探った。
あれ……? 大斧の戦士がいない? こっちに向かってくるのは大剣の戦士だけ?
《蓮さま! 後ろ!》
「お前、さっき弱ったふりしてたな。ばればれだぞ。下手くそか」
「くっ!!!」
嘘だろ……ほんの一瞬、ほんの一瞬目を離しただけだぞ?! なんで俺の後ろにいるんだ?! 大斧の戦士はすでに拳を振り上げている。俺は即座に神槌を発動し、迫る拳を躱しざまに腹を3発殴った。
――ズドドン!!!
「!!! 痛って……!」
何て腹筋だ。殴った俺の方が拳を痛めそうだ。
「……お前、なんだその動き。反則だろう」
「あんたらが言うかよ。いきなり背後ってなんだよそれ、そういうスキルか?」
「スキル? ふん、普通に動いてるだけだ。それよりお前のその加速……それも雷属性の効果か? 私も長いこと戦士をやっているが、そんな動きするやつ初めてみたぞ」
「か、雷属性? さ、さあ、どうかな……な、何のことだい?」
俺は図星を突かれ、一瞬、視線を落とした。
「下手くそか。そして……呑気なものだな。命のやりとりの最中だというのに」
大斧の戦士が背後から聞こえ、俺は腕を取られ後ろ手にねじり上げられた。
また――! これは……視線? 視線を外した隙に動いてるのか? このままでは腕を折られる!
俺は再び神槌を発動する。時間が加速する中、身体をよじらせ振りほどく――
神槌を発動している間、身体と共に俺の思考速度も加速する。
身をよじり、離れざまに蹴りを入れようとした瞬間、俺は驚くべきものを見た。俺の一連の動きは、瞬きほどの一瞬のはずだが……大斧の戦士は加速した時間の中、俺の動きを僅かに視線で追い、すでに防御の構えに移っていた。
嘘だろ……しかし! 俺の方が……速い!!!
俺は防御の隙間に蹴りを喰らわせ、その反動で距離をとった。神槌を解き、時間感覚が元に戻る。
「おお! 本当に凄いな! どうにもならんぞ」と大斧の戦士は驚嘆の声をあげる。
「あんたの動き……視線だろ? 俺が視線を外した瞬間や、瞬きをした瞬間に動いてんだろ?」
大斧の戦士はフードから覗いた瞳を大きく見開き、ニヤリと口角をあげた。
「お前……いいな。気に入ったぞ。名は?」
「いきなり殴り込んできて、気に入ったから名前を教えろってか。まず自分が名乗るのが筋ってもんだろ」
「……そうだな。失礼した。私の名は――」
――「れーん! 大丈夫かー!」――
商店街の方からサリサの声がする。
《蓮さま、すみません。このお二人、蓮さまだけでは手に負えないと思い、サリサさまと伊織さまに助けに来ていただくよう、念話しました》
「そうか。チエちゃん、ありがとう」
サリサが大剣の男に気づき、何やら話している……やはり知り合いか。
《それで蓮さま、このお二人ですが――》
「そろそろ潮時か……私の名前はタリナ。もう一人はカリス。トトゾリアの戦士だ。お前の名前は?」
「……俺は田中蓮。この街の管理人だ」
「田中蓮。店主の契約といっていたな。それはどんな店だ?」
「服屋だよ。あんたら何か誤解してるみたいだけど、サリサ、裁縫が得意でね。この商店街で働いてもらってるんだ」
タリナは、サリサの方を伺いながら「ふむ、そうか。服屋か……分かった。誤解して、すまなかった」とあっさり謝罪した。
「あれ? 信じるの?」
「拳を交えれば、そいつがどんな奴か大体分かる。田中蓮……お前は嘘をつかない男だ。というか、つけない男だ。隠し事が向いていない。どれだけ向いていないかというと、魚人に砂漠で暮らせというようなものだ。すぐ干物だ」
「ひ、干物……」
この独特の話ぶり……サリサと全く同じじゃないか。
「ご、誤解が解けたって事は、もう戦わなくていいよね?」
「いや、むしろ私はお前に興味が湧いた。わけの分からん術を使い、雷属性を操るなど聞いたことがない。そして、あのサリサが認めた男……田中蓮、もう少しだけ付き合ってもらうぞ」
来る……!
俺は神槌を発動し、タリナの動きを注視する。
《蓮さま! やりすぎです! これ以上は……!》
目の奥が締め付けられるように痛い。鼻から血が出ている。今日、三度目の神槌……これが最後か……
タリナは僅かに右に身体を傾けたかと思うと、すぐに左へ身体を沈め込み、俺の視線の死角へと潜り込む――
一瞬、右へ身体を傾けたのは、俺の視線の誘導か。
加速した時間の中で観察することで、改めてタリナの技術の凄さが分かった。相手の反応と意識を手玉にとっている。全ての動きに無駄がなく、連動している。
俺は左足元に潜り込んだタリナにカウンターを合わせようと、右拳を打ち下ろす。その瞬間、視線の右端に何かが見えた……う、そ……俺のカウンターを読んで、さらに外から左拳を――
――メキメキッ……
タリナの左拳が、寸分の狂いなく俺の右頬にめり込む。最初の体重移動の時から、これを狙ってたのか――
「ぐ! ぎぎ!」
まずい! このまま打ち抜かれると絶対に意識を保てない! 俺は振り下ろしかけた右拳を即座に引き戻し、その遠心力を身体の中心に引き寄せる。俺は身体を左へ回転し、タリナのクロスカウンターの威力を殺した。
――バカンッ!
しかし、想像以上にタリナの拳は速く、重く、俺は顔面を打ち抜かれてしまった。
「ち……っくしょ」
顔面を打ち抜かれた俺は、二回三回とその場で回転した。このままやられて……たまるか! 回転の力をそのままに、次の攻撃動作に移ろうとしているタリナの顔面めがけ、右足を蹴り込んだ!
「おおおおお!!!」
――ズドン!!!
これは……敵わない……タリナは右手で俺の蹴りを受け止め、そのまま掴み俺を逆さに持ち上げた。予測……恐らく彼は、幾千の戦いを経てきたのだろう。その膨大な戦闘経験が相手の動きを予測し、最適かつ最速で次の行動を選択している。こんなの、敵いっこない……
「今の蹴りはよかった。お前がもう少し技を持っていれば、確実に喰らっていた」
「この野郎……化け物かあんた……」
フードから覗くタリナの目に、戸惑いの色が浮かんだ。
「は? はは……何を言う。化け物と呼ばれるのは致し方ないが、野郎とは心外だ……」
そういうと、タリナはフードマントを脱ぎ棄てた。
「野郎とは男に使うものだ。失礼だぞ。田中蓮」
タリナの顔は端正なつくりをしているが……ほら、あの格闘漫画の金字塔にでてくる、地上最強の生物、範馬勇〇郎を思わせる、何て言うか……筋顔だった。俺なんかとまるで画風が違う、劇画調のその顔には、よく見るとうっすらと化粧がしてある。髪も丁寧に編んであり、耳飾りが風に揺れていた。
そして、ムッキムキの身体には、ビキニスーツをまとっていた。
「……女……装……?」
「…………はぁああ?!」
この一言がいけなかった……この一言が、彼の、いや、彼女の自尊心を激しく傷つけた。彼女はれっきとした女性であった。このあと俺は、これ以上ないくらい地面に叩きつけられる事になる。これからは言葉により一層気をつけよう……
「私は……女だ!!!」
タリナはまるでレゲエのタオルの様に、俺を頭上でぐるぐると回し、その勢いのまま地面へ叩きつけた。
――ドッガンッ……!!!
叩きつけられる寸前、なんとか両手で頭を護ったが……これは……無理だ。もう動けない……
サリサが顔を真っ青にして「蓮!!! おい! タリナ! やりすぎだ!!!」と駆けてくる。
「試すだけといったではないか。死んでないだろうな?」とカリスがため息混じりに呟いた。
「す、すまん。つい……でも、こいつが女装などと失礼な事を言うから」とタリナは面目なさそうに、もじもじしている。
「私たちはいつも男と勘違いされるからな。いい加減慣れろ」とカリスがいう……お前も女だったのか!
あと、どうでもいいけど、そろそろ足を放して欲しい……
――「蓮ちゃん!!!」――
ああ……ばあちゃんか……俺を見たばあちゃんの顔が青ざめ、唇が震えている。
そんな顔するな、ばあちゃん。俺はだいじょ、ばないか……
ばあちゃんは俺の顔を見て、すぐに険しい表情に変わり近づいてくる。
――ズ……ズズン……
ばあちゃんの表情が変わったこの時、確かに感じた違和感。
『大きな何か』が動いた気配がした……




