036 カリスとタリナ(2)~素直ないい子の完璧な演技~
――《蓮さま!!!》――
俺の身体はくの字に折れ、凄まじい勢いで吹き飛んだ。
田中蓮、29歳。人生で初めて地面と水平に飛んだ。目の前の地面がまるで、電車の車内から見える景色の様に流れた……縦に! 俺はゆっくりと近づいてくる地面になす術なく、ただ叩きつけられ転がった。
「がっ! げ! げほ! おえ~……」
「妙な術を使ったな。錠前が出てきたぞ。おかげで躱された」と大剣の戦士が笑う。
大斧の戦士は、殴った拳をひらひらとしながら「しかし、受け身が全くだな。話にならん」と不服そうにいった。
なんて打撃だ……背中まで衝撃が突き抜けた。意識が遠のき、焦点が定まらない。口の中には苦い液体が広がり、気づけば俺は、今朝食べたヴィヴィの料理を全て吐き出していた。
「げほぉ! がはぁ! ヒュー……ヒュー……」
呼吸が出来ない! 衝撃に対し覚悟を決めたつもりだったが、そんなもの紙切れの様にちぎれ飛んだ! ていうか俺、身体、ちぎれてないよな? 何か感覚がないんだけど……俺は焦って腹を確認した。
よかった、ちぎれてない……って! いやいやいや! 意味わかんないよ! これ……殴るとかのレベルじゃないだろ。
…………痛……い…………
冷静になるほどに、痛みが身体を支配していく。
イタイ…………いたい…………痛い!!!
次、こんなの喰らったら……
「はぁ……はぁ……はぁ! はぁっはぁっ!」
うまく息が出来ない。身体が冷えていく。汗が止まらない。
…………こ わ い…………
――戦闘。命のやり取りにおいて、もっとも陥ってはいけないのは、パニックだ。パニックに陥ると自分自身をコントロールできなくなる。ひどい場合、突発的に自傷行為を起こすことさえある。正常な判断が出来なくなるのだ。パニックは恐怖が引き金になる。この時、人生で最大であろう物理的衝撃を受けた蓮の心は、次の攻撃を恐れパニック寸前だった――
《蓮さま!!! 訓練の時、サリサさまの言っていたことを思い出して!》
(チ、チエちゃん……)
《汚い言葉を! 何でもいいです! 怒ってください!》
(サリサ、の……?)
『――いいか、蓮。もし圧倒的実力差がある敵と対峙したり、戦闘で傷を負ったりして、心が怖がったら……叫ぶんだ。なんでもいい。出来る限り汚い言葉で相手を罵るんだ。そうすると、心が少しだけ怖くなくなる。私はそれで、何度も折れそうになる心を踏みとどませた――』
――恐怖とは、悪い想像が頭を満たす事だ。だから、想像をする暇を頭に与えてはいけない。怒りで頭の中を満たすことが、最善、最短の方法。極限状況の中、恐怖に対抗するには、怒りしかない。サリサは自身の経験により、その事を熟知していた。助けのない一人旅を続けた彼女だからこそ、恐怖との向き合い方を見つけ出していた――
「う……ぐぐ……」
「ほう……まだ立ち上がれるとは。全力で打ち込んだつもりだったが」大斧の戦士の声には、わずかな驚きと悦びが混じっている。
《蓮さま! 怒って下さい!》
「て、てめえら~……いきなり何しやがる……ばっかやろう~」
《そう! その調子です!》
「おら~……え~っと……あの~……こらぁ~」
《れ、蓮さま? もっと汚い言葉を!》
「ほら~、この~、やろう~。ばかぁ~、あほ~」
《蓮さま……本当に怒ってますか?》
「おこってる~! 俺はおこってる~!」
――蓮は……人を罵倒する言葉を持っていなかった。生来の優しさとキングオブヘイボーンを冠される安穏な人生。人を罵倒する機会もなく、これが彼の精一杯だった――
《嘘です! もっと『#$%&』とか、『&%$◇』とか! あるじゃないですか!》
「ひい! チエちゃん! だめ! だめだよ! そんな汚い言葉!」
《蓮さまが言えないなら、私が代わりに言ってあげます! 『#$%&』! 『&%$◇』! 『#&%$』!》
「チ、チエちゃん! なんて言葉を! ひどい……ひどすぎる! ん~~~! め!!!」
「あいつ、一人でぼそぼそと……壊れたか?」と大剣の戦士は怪訝な態度を示した。
チエちゃんの念話が聴こえない人からすると、一人で喋っているやばい奴に見えるだろう。
「まあいい。まだやれるって事だろう」とフードから覗く大斧の戦士の口元がニヤリと笑った。
二人は構わずにこちらに向かってくる。
《蓮さま、はしたない言葉、申し訳ありません。ですが……落ち着きましたか?》
(ああ……ありがとう。もう大丈夫。しかし、何なんだあいつら)
《話しぶりから、サリサさまと関係あるのは間違いありませんね》
(この感じだと、話を聞いてくれるような雰囲気じゃ……ないよね)
《戦闘は不可避でしょう。防衛戦なので撤退も出来ません。最悪です。ここまで強い人間がいるとは……私の強者番付、今一度、考え直す必要があります》
(しかし、このままこの調子で暴れられると、商店街に被害がでる。森の方へ誘導できないかな)
《そうですね……蓮さま、弱ったふりをして、森の方へ一旦逃げましょう。そこで神槌で迎え撃ちます》
「弱ったふり……わかった。やってみる」
こいつらの狙いが何なのか、全く分からないが、この強さは尋常じゃない。もし、サリサやこの商店街に危害を加えるつもりなら、絶対に阻止しなければならない。
《蓮さま、やつらが蓮さまから狙いをそらさず、しかし急がず、ついてくるような、そんな芝居をうってください》
(ええ?! なにそれ、難しくない?)
《はやく! 追いつかれます!》
(わ、わかった!)
俺はとにかく喋りながら、地面に落ちている小石を投げつつ、這いつつ、完璧に情けない男を演じ、森の方へ誘導しようとした。
「う、うわあ~、く、くるなぁ~。俺は、サリサとはぁ、なんの関係もないんだぁ~。げほうげほう。た、確かに求婚はされたけど~、受けてない~。今はぁ、店主の契約をしてるだけなんだぁ~。くるなぁ~~~」
――蓮は正直者だった。すくすくと素直に育った蓮に、演技などという『虚を実』とする『嘘の極技』が出来るはずもなく、ここに……目を覆いたくなるような、大根役者が誕生した――
《蓮さま……棒読みが過ぎます》
「店主の契約? 本当にそれだけか?」と大剣の戦士。
喰いついた! さすが俺の完璧な名演技! この調子で時間を稼ぎつつ森の方へ!
「そうだぁ~。俺たちはお前らが思うような関係じゃ……あ、でも契約したとき、お互いの裸はみたか」
《蓮さま!?》
「は、はだか? お前……サリサの裸を見たのか?」大斧の戦士は明らかに動揺の色をみせる。
「え?! いや! その、なんと言うか……一瞬だけ! 一瞬だけだよ?! 店の恩恵で!」
「み、店?! き、貴様……サリサを売り物に……!!!」大斧の戦士の動揺が怒りに変わる。
ああ! なんか誤解された?! どうしていつも俺はこうなんだ……つい誤解を与える言い方をしてしまう!
「よくも、婚礼前の王女に!」大剣の戦士の拳がぶるぶると震えている。
「「貴様は――」」
二人の目が赤く燃え、怒りが爆発した。
「「狩る!!!!!」」
先ほどとは比べ物にならない速さで、二人は俺の目の前に現れ、二つの拳が俺を貫いた。瞬間、俺は纏雷をまといガードをしたが、防御も空しく、そのまま人生二度目の水平移動をしながら、森の中へ吹き飛ばされた。
「森への誘導……出来そうだな……へへ……作戦……成功……」
《失敗です! 蓮さま! ばか!》
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出てきたスキル
・素材再現:一度触れた素材を正確に再現し、その特性を持つ布を再生産可能。
・四連施錠:蓮の固有スキル『鍵』の能力の一部。さまざまな物に錠前をかけたり外したり出来る。効果範囲は約10メートル。距離によって強度が変動する。現在小さな錠前なら4つまで出せる。
・神槌:蓮の最速の技。電磁波を発生させ、強制的に思考と身体の超加速を行う。本来、発動すると即行動不能になるほど脳への負担が大きかったが、チエの魔力演算のサポートにより、その発動時間は延びている。
・纏雷:蓮の雷属性の基本技。雷撃を身に纏い、触れたものを感電させる。今までは魔力のコントロールが難しく、出力するとすぐに魔力切れになり行動不能になっていたが、チエの魔力演算のサポートとスイッチングにより、その出力を大幅に抑えることに成功している。
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