034 アポロとディアナ(2)~言葉の壁と加護の力~
「ばあちゃん、二人の具合はどう?」
「もう傷も随分癒えてきたばい。もう目覚めてもいい頃やろ」
兄妹は江藤書店の座敷に運び込まれ、三日ほど眠り続けた。彼らが寝ている間、ばあちゃんが付きっきりで看病していた。二人ともかなり衰弱していたので、ばあちゃんは定期的に、触手を彼らの口に押し込み、くさ汁を強制的に流し込んだ。
くさ汁は死ぬほど不味いが、傷や体力回復に死ぬほど効く。しかし……背中から生えた触手を子供たちの口に突っ込み、気持ち悪い笑みを浮かべ――
「ねんねぇ~んころぉ~りよ~おころぉ~りぃ~よ~……へはぁ……ようなれようなれ……へへぇ」
と子守唄を歌いながら、緑色の汁を流し込む画は、恐怖そのものだ。
二人の様子を見に、ヴィヴィやサリサ、バルトがやってきた。
「蓮さま、言葉が通じないっておっしゃってましたよね? 『獣人語』が通じないって事でしょうか?」
「え? 獣人語? いや……どうかな……なんか、にゃんにゃん言ってたけど……」
「はあ……」
今思えば、この辺りからヴィヴィとの話が食い違っていた。そんなことを話していると、男の子の方が目覚めた。
「あ、目を覚ましましたね。とりあえず、私が話しかけてみますね?」
「ああ、頼む」
「おはようございます。気分はいかがですか?」
ヴィヴィはいつもと変わらず『日本語』で話しかけた。男の子は同じ猫亜人のヴィヴィをみて安心したのか、口を開いた。
「お、おはようございます……あ、あの……ここは?」
あれ?! おかしいな。日本語で喋ってる……どういうことだ?
「ん? えっと、ここはツクシャナの森の大狸商店街です……蓮さま? この子、ちゃんと獣人語を話してますけど」
「ん? 獣人語? いや、日本語で話してるだろ?」
「え? 日本語って……なんですか???」
「…………はい???」
ヴィヴィとの会話が明らかにおかしい。どういうことだ? こっちの獣人語は日本語なのか? 訳が分からなくなってきた。そこへサリサが割って入った。
「おい、蓮、ヴィヴィ、さっきから何をいっている。お前らもこの子も『共通語』で話してるじゃないか」
「共通語? なんだそれ? サリサ、お前いま日本語で話してるぞ?」
「はあ? お前ら、出会った時からずっと『ヒズリア共通語』で話してるだろう」
ちょっと待て。何が何だか分からない……ここでバルトも会話に参加する。
「ちょっと待ってよぅ。蓮さんたちみんな『ドワーフ語』で話してるじゃない。何言ってんのぅ?」
――「「「はあ???」」」――
これはもしかして……みんな『別の言語』で喋ってるのか???
《蓮さま! これは非常に興味深い現象です! 久しぶりの検証タイムを行いましょう!》
チエちゃんのテンションが明らかにあがっている。知恵の宝庫というだけあって、こういった謎に対して物凄く前のめりだ。
◇ ◇ ◇
というわけで、チエちゃん主導で『言葉の謎』について、みんなの主張と現状をまとめてみた。
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1、俺たちはそれぞれの第一言語、日本語、獣人語、ヒズリア共通語、ドワーフ語で話しているらしい。
2、猫亜人の男の子が喋る言葉も、それぞれの第一言語として聞こえているらしい。
3、猫亜人の男の子は、獣人語で話しているそうだ。
4、言葉だけでなく、文字もそれぞれの第一言語として認識している。
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「おいおい……マジか。ヴィヴィと初めてあったときから、ヒズリアの言語は日本語だと思ってた……」
「そうやねぇ。な~んも疑問に思わんやったばい」
「いやぁ、蓮さんたち、ドワーフ語を喋れるから凄いなぁって思ってたんだよぅ。ほら、ドワーフ語ってかなり独特の言葉だからねぇ。勝っちゃん食堂の看板をヴィヴィ食堂に書き換えるときも、僕、ドワーフ語でやったつもりだよぅ?」
みんなが別の言語で喋っているのは分かった。しかし何でだ? 何でこんなことが起こっているんだ?
《そのヒントは、この子たちにあると思います。初め出会ったとき、確かにこの子は「にゃんにゃんおえおえ」言っていました。一度彼らを保護した場所に向かい、検証しましょう!》
こうして俺たちはみんなで、彼らを保護した場所に向かった。女の子の方は、まだ体調が万全ではなかったので、ばあちゃんと江藤書店で休んでいる。
兄妹は、交易都市ファクタの奴隷商に飼われていたが、扱いが酷く、隙を見てなんとか逃げてきたという。
10日ほど何も食べず、ツクシャナの森を囲む山脈を超え、この森に逃げ込んだ。そこで例の魔物二匹に囲まれ危ないところを、俺とばあちゃんに助けられたというわけだ。
「確かこの辺りだったと思う。ちょっと喋ってみてくれないか?」
「にゃにゃにゃ、にゃんごろ」
「うわ、もう何ていってるか分からない。サリサ、バルト、どう聴こえてる?」
――「「にゃんにゃん言ってる」」――
「ヴィヴィ、どう?」
「えっと……変わらず獣人語で喋ってますが……」
「なるほど、大狸商店街からかなり離れると言葉が通じなくなる。これ……加護の有効範囲か?」
《恐らくそうでしょう。これは加護の有効範囲を、改めてしっかりと調べる必要がありますね》
「ああ、そうだな」
獣人語を第一言語とするヴィヴィだけは会話できるのか……ん? ヴィヴィはどうなんだ? この場所でも、俺には日本語で喋っているように聞こえるぞ?
「どう思う? チエちゃん」
《この子とヴィヴィさまの違いは、店主の契約……でしょうね。稲荷神は大狸商店の守り神です。加護の効果が、大狸商店街の『雇用』と関係しているのかもしれません》
「なるほどな……」
◇ ◇ ◇
兄妹は大狸商店街で暮らすことになり、男の子は江藤書店で、女の子はヴィヴィ食堂で、それぞれ店の手伝いをすることになった。
従業員として『雇用』した後、加護範囲外で会話してみたところ、ちゃんと言葉が通じた。
「チエちゃん、ビンゴだな」
《ええ。これで加護範囲内であれば、全ての言語が統一化され、加護範囲外でも『雇用』していれば、永続的にその効果があることが分かりました》
「しかし……これは凄い事だよね?」
《はい。稲荷神の加護と大狸商店街自体の恩恵の相乗効果なんでしょう》
更に、『雇用』について予想外の効果があった。
店主だけでなく、従業員であっても『隷属の契約』が上書きされ、隷属の紋が消えたのだ。これで、この子たちは奴隷番号ではなく、自由に名前を名乗ることができる。
俺は二人に、ローマ神話に登場する兄妹神にちなんで『アポロ』と『ディアナ』と名付けた。同じ猫亜人のヴィクトリアがローマ神話由来だったので、この二人もそれに倣った。
ちなみに、ばあちゃんはアポロに『ヴィヴィ二』、ディアナに『ヴィヴィ三」と、とんでもない名前を付けようとしていた。それじゃヴィヴィが『ヴィヴィ一』って事になってしまうぞ。
「ってことは、大狸商店街で働けば、隷属の紋から解放されるって事か……ねぇ、これってさ……」
《ええ、素晴らしい事ではありますが……慎重に取り扱わないと、蓮さま……我々、滅されますよ》
「めっさ、滅されますか……なんかこの商店街、そんなんばっかだな」
ここまでが、アポロとディアナが仲間になった経緯と、新たな発見、商店街の言語が統一されていた事についてだ。
次は、サリサの店、サロン・ド・サリサと新たな従業員、カリスとタリナについて話そうかな……
ああ、思い出すのも嫌だなぁ……カリスとタリナとの出会いは最悪だった。
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大狸商店街の謎
【言語統一について】
1、稲荷神の加護範囲内であれば、全ての言語・文字が日本語に統一される。(会話する本人は第一言語のつもりである)
2、加護範囲外でも、大狸商店街で雇用されていれば、永続的にその効果がつづく。
【契約の上書きについて】
1、店主の契約をすれば、隷属の契約は上書きされ、隷属の紋は消失する。また、店の恩恵を授かる。
2、従業員の契約でも、隷属の契約は上書きされ、隷属の紋は消失する。店の恩恵は受けない。
※但し、江藤書店の知恵の宝庫が行う『念話ルーム』は例外。チエが念話をバージョンアップしているので、チエが許可すれば念話ルームに入れる。
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