151 ナイスミドルは5歳
「……もう、チュルチュルがのうなってしもうた……おかわりはあるんかのぅ?」
二人は見栄を張ったことを後悔し、一瞬落ち込んだが、空腹には勝てなかったのか、ラーメンを速攻で平らげてしまった。
「替え玉ですね! 麺は硬い方がいいですか? 柔い方がいいですか?」
「かえだま、いうがか……ワシは柔い方がいいぜよ。その方が香りがえい感じがするぜよ」
ポッコはどこから出したのか、小さな手拭いで口元を丁寧に拭いている。
このタヌキってば……本当にお行儀がよすぎるだろう。
「ポッコちゃん、分かっとうね。なかなか通ばい……」
麺の硬さに関しては、どうやらばあちゃんとポッコは気が合いそうだ。
替え玉があると聞いて、ミルカがソワソワと自分のどんぶりとヴィヴィを伏し目がちで交互に見ている。
「ミルカさんも替え玉、要りますか?」
「え?! いえ……でも……私……持ち合わせがなくて……」
「あぁ~、そんなの気にしなくてもいいですよ。好きなだけ食べて下さい。困ったときはお互い様ですから。ね? 蓮さま」
そう――
空腹は何よりも耐え難い。
俺とばあちゃんもヒズリアに来たての頃、どれほど食事に困ったことか……
「もちろん! 好きなだけ食べてよ」
「そうばい! どんどん食べんしゃい!」
「は、はわぁ~……で、では! 私は一番硬くしてもらえると――歯ごたえがある方が多く食べた気がして……このところ空腹を紛らわすため、木の根ばかり齧っていたもので……」
「き、木の根」
「蓮ちゃん……こん子、こっちに来た時の私たちより悲惨やん」
まだ13歳だというのに、なんと不憫な……
――『ひもじい、寒い、もう死にたい、不幸はこの順番で来ますのや』――
と、子供の頃、江藤書店で読んだ漫画『じゃりン子●エ』のおばあはんも言っていた。
小さい頃は気付かなかったが、今思えば、何と真理を突いた名言だろうか。
「ヴィヴィ……二人にチャーハンもつけてあげて!」
「ぐすっ……大盛で頼むばい!」
「はい!!!」
「ありがとうございます……ありがとうございます!」
ミルカは鼻水をたらし、何度も頭を下げた。
ぼたぼたと鼻水か、こぼした豚骨スープか、それとも……まあ、色々混じった液体が屋台のテーブルを濡らしている。
それをみてポッコは、またどこから出したのか、新しい手拭いをミルカに差し出した。
「……ポッコさん」
「顔、拭きや。可愛い顔がわやぜよ(台無しだよ)」
ポッコ……お前……ッ!
可愛いうえに……かっこいいのか?!
――ガッガッガ! パッカ~~~ン!
――ガツガツガツ! ハフハフッ!
ミルカは皿に顔を埋めて、一心不乱にチャーハンをむさぼり始めた。
しかしこの魔女っ娘……
魔導の腕はどうか知らないが、この汚い食べ方を見るに、相当に不器用なタイプなのだろう。
いや……聞けば数年前から一人で生きてきたようだ。
食事のマナーや社会的常識を学ぶ機会が無かったのかもしれない。
「このチャーハンというものも、大変おいしゅうございます! うふふ!」
「うん、そうやねや」
食事を終える頃には、暗い顔だった二人も、いつの間にか満足そうな笑顔になっていた。
◇ ◇ ◇
――カチャカチャ……
ポッコは自分とミルカが使った食器を片付け、屋台の台を拭いている。
5歳と言っていたが、随分と社会性がある。
あ……タヌキの5歳って、人で言うとそれなりの年齢なのか?
《現世のタヌキの寿命に置き換えると、40代くらいの感じでしょうか。ヒズリアの動物がどうかは分かりませんが》
なるほど……
こんな見た目をしているけど、結構な大人なのね。
「蓮さま、伊織さま、お茶でもいれましょうか?」
「ああ、頼むよ。二人とも飲むだろ?」
――「うん。欲しいぜよ」「お願い致します」――
お茶を飲みながら俺たち三人は、ポッコとミルカの様子をなんとなく見ることにした。
「おまん、口、汚れちゅーぜよ。ほら、こっち向きや」
「あ、ありがとうございます……」
面倒見よく、ミルカの口元をまたどこからか出した手拭いで拭いてあげている。
こいつ、何枚持ってるんだ?
そしてどこから出してるんだ?
次は見逃さないようにしておこう。
「そりゃそうと、ミルカ。おまさん、こがな人里離れた場所に来ちゅうがじゃ? こん辺りには誰っちゃあおらんぞ? おるとしたら、ワシか魔物ばあのものや(私か魔物くらいのものです)」
「はい……ひと月ほど前からこの大陸に来ているのですが、今回の試験の内容が『ヨツシア大陸で指定された素材を集めてくる』というものでございまして。探索をしていたらここまで来てしまいました」
「ひと月前から? はぁ~そりゃえらいんやねや。(それは大変なんだな)」
ポッコは屋台に軽く肘をかけ、リラックスした様子だ。
身体ごとミルカの方を向き、つぶらな瞳で優しく見つめながら、おだやかなトーンで話しかける。
これは……この振舞いは……
間違いなく熟成されたミドルエイジの落ち着いた振舞いだ。
まるで我が子に語り掛けるような柔らかな口調でポッコは続けた。
「それで? その素材いうがは何ながや?」
「いくつか集めなければならないのですが、一つ目はヨツシア各地の植物。二つ目は魔物の生け捕り、もしくは死体でもいいので身体のサンプル。三つ目は……これが一番難しいのでございますが、魔族――魔人の頭髪や爪など、肉体の一部でございます」
「魔物の死体に魔人の肉体? なんかワシからしたら、恐ろしい試験やねや……」
魔導士の試験というから、もっと魔法を集めるとか、魔法で魔物を倒すとか、そんなの想像してたけど――
「あれだね……素材集めが試験って、意外とハンターや冒険家みたいなことをするんだね」
「魔導の研究にはあらゆる素材が必要なのです。それに魔導士は市民に治療を行う機会が沢山ございます。治療行為には様々な薬草の知識も必要ですし、神聖魔法と組み合わせれば、より高度な治療魔法が使えるのでございます」
「なるほどね~、確かに魔女って、色んな薬草とかトカゲのしっぽとか煮込んでいるイメージあるもんな」
「帝国魔導士ともなると、自身の得意な属性魔法以外にも、聖騎士団同様、神聖魔法の習得は必須でございますし、さらには高度な薬草や素材、詠唱の知識が必要になりますので――それゆえに狭き門なのでございます」
「狭き門って……どのくらいの合格率なの?」
「毎回、熟練の魔導士たちが5000人以上試験を受けますが、合格するのは多くて3人……条件を満たす者がいない場合は『合格者なし』の時もあります」
「ええ?! 滅茶苦茶な倍率じゃん! 5000人で多くて3人って事は……えっと……」
《1666倍ということになりますね》
チエちゃんが即座に計算してくれた。
念話や魔力演算など、派手な能力も凄いが、こういう何気ない時にさっと教えてくれるのは本当に助かる。
もし商工会で働いている時にチエちゃんがいたら、どんなに助かったことだろう。
街のおいちゃんおばちゃんたち(個人事業主)の帳簿付け資金繰りの計算、確定申告など、バリバリ捌けたのに。
「1666倍か……超難関じゃん」
《しかも合格者0もありうるという……宇宙飛行士の選抜試験レベルの狭き門ですね》
「おっそろしい試験だな」
そりゃ人々から特別な目で見られるわけだ。
「そうなのです……しかも試験は毎回違った形で行われるので、事前対策が出来ないようになっているのでございます」
「なるほどね~」
「ただ……今回の試験は、これまでとは随分おもむきが違っているように思えます」
「どういうこと?」
「お恥ずかしい話ですが……私、9回も試験に落ちているので分かるのでございますが……今までの試験は全てエストキオ帝国内、もしくはその近隣のエストキオ属国内で行われていたのです。ですが今回は、こんなに遠く離れたヨツシア大陸が試験会場に選ばれました。こんなことは初めてです……今回も5000人ほどの魔導士が試験に臨むのですが、その全ての受験者たちをここまで連れてきています」
「え……じゃあ、今、5000人くらいの魔導士がきてるの?!」
「はい。しかも渡航費は帝国持ちで。移動中の食事も付いていました。ですからヨツシア大陸が試験会場と聞かされても、辞退する受験者は少なかったみたいです」
5000人の渡航費を帝国が負担? それって相当な額になるんじゃないのか?
《距離で言えば、東京から四国まで……飛行機がある世界ではないですからね。船旅で数日はかかるでしょう。5000人の受験者を食事付きでとなると、かなりの大盤振る舞いです》
なんだろう……違和感があるな。
なんでわざわざそんなことを帝国はするんだ?
「更に今回は試験の監査員にマルークさまもお越しだとか。普段監査員どころか、人前にも姿をお見せしないのに……本当に今回の試験は何から何まで異例尽くしです」
マルークって――
さっきチエちゃんが手に入れたっていう辞典を書いた人か。
《そうですね。エストキオ学術院の院長とありましたね。恐らくエストキオにおいて相当な地位のかたでしょう》
まずいな……帝国の関係者がそんなにヨツシアに来ているのか。
となると、マツィーヨの街にも相当な数の帝国関係者がいるはずだ。
いくら俺たちの人相書きが似ていないと言っても、十分に気をつけなくては。
これは簡単に『本山盆地』に辿り着けそうにないぞ……
「マルークさまが監査員ともなれば、今回の試験は今までのそれとは本気度が全く違うものと思われます……そんな中、落ちこぼれの私などが、試験に受かるとは思えません……はぁ……」
そう言うとミルカは力なく視線を落とした。
9回も試験に落ちてるんだ……そりゃ自信無くすよな。
なんと声をかけたらいいか、俺もばあちゃんも言葉に詰まっていると、ポッコが湯飲みを静かに置きミルカに語り掛けた。
「ミルカ、心配せいでえい……ワシを見てみい。ワシなんか、修行をしても魔人になれる保証なんてどこっちゃあないがや。そもそも何をしたら魔人になれるかもわからん」
確かにな……
どうやったら亜人が魔人になれるんだろう。
ポッコの場合はその亜人ですらないが……
「毎日『魔人パンチ腹』を強うするために、腕立てをしようとするが、腹がつかえて上手うできん。魔人の威厳を出すために、表情を水に写して練習するけんど、目の周りの隈取のせいで、どうにも威厳がでないがじゃ」
そんな修行をしてたのか。
悪いがポッコ……それで魔人にはなれないと思うぞ……
「ワシ、威厳あるか?」
「……いいえ。ございません。非常に可愛らしいお姿をされております」
そのとおりでございます。
威厳とは真逆の見た目をされておりますよ。
「そうやろう? 多分ワシは……一生魔人にはなれんぜよ。それと比べたらおまさんの場合は、試験に合格したら、その帝国魔導士になれるがやろう? 確かに険しい道かもしれんが、ちゃんとゴールが見えちゅーやいか。おまさんはまだ若いやいか。これからなんぼじゃちチャンスはある。なんべんでも挑戦したらえい。今はいらんことを考えんで、一生懸命頑張ったらえい。のぅ?」
「……はい……そうでございますね!」
5歳のタヌキが13歳の魔女っ娘を励ましている。
アポロやディアナもそうだけど……
こっちの連中って、厳しい世界で生きているせいもあるのか、俺なんかより遥かに大人に感じてしまう事がある。
「ポッコちゃん……あんたちゅう人は……」
ばあちゃんは案の定ポッコの魅力にやられたのか、ふるふると震えている。
「さてと……楽しい時間やったねや。名残惜しいけんど……ワシは帰るぜよ」
「え?! ポッコちゃんもう帰ると?!」
ばあちゃんは突然の別れに不意を打たれ、尻尾を膨らませた。
「まっことうまい食事、ありがとう。ミルカはどうするがで? 夜は冷えるで? 魔物もおるし、あれやったらうちに来るか? とは言うたち……木の根のあなぐらだけどよ」
「え、あ……いえ……お芋さんを盗んだうえに、そこまで甘えるのは……」
「なぁに、気にすることは無いぜよ。ワシこそ早とちりして悪かったねや。行くか?」
「……では、お言葉に甘えまして――」
「だ、だめ~~~!!!」
――ぼふぅ!
「わふぅ?! な、何するがよ!」
ばあちゃんは涙目でポッコを後ろから抱きかかえた。
「あんたら、今日はうちに泊まりぃ! ねぇ?! 今からお家作るけん! ぬくぬくして寝ようや! いいやろ?! 蓮ちゃん!」
ダメだ……完全に情が移ってる。
この人、俺たちが赤札だってこと、分かってんのか?
食事くらいならと思っていたが……
本当は人との接触は極力避けたかったのに。
でも、こうなったらもうばあちゃんは絶対に聞かない。
ダメだと言っても、俺がいいと言うまで駄々をこねるだろう。
「あ、ああ……別にいいけど……」
「はい~決まり! ね?! 二人ともうちに泊まってき!」
「そ、そりゃえいけんど、家なんてどこにあるがよ?」
「作ると申されましたが……どうされるのですか?」
「まあ見とき! いくばい……はぁ~~~、くさ手!!!」
――シュルババババキィ!!!
ばあちゃんはくさ手を編み込み、あっという間に小さな家を作りあげた。
「な、なんやこりゃ……」
「嘘でしょう……詠唱無しでこんなことが……」
二人はばあちゃんの魔法をみて、その場で固まってしまった。
そうだよね……
俺たちは慣れっこだけど、やっぱばあちゃん、異常だよね……
これ……まずかったかな……




