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095 豚骨ラーメン、完成!

挿絵(By みてみん)

 商工会議所を復活させてから、俺たちは忙しくしていた。


 まず商工会議所の地下拡張と補強をドワーフたちが行った。


 ドワーフたちの手先の器用さと土属性の魔法のお陰で、工事はあっという間に終わり――


 わずか三日で商工会議所の地下は、まるで秘密基地のようになった。



「ほわ~! フリーダムガンガールの木馬みたいや! 『伊織! 行きまーす!』 つってね! 『私には帰れるところがあるんだ。こんな嬉しいことはない……大狸商店街!』つってね! へはは~!」



 暫くの間、ばあちゃんが国民的SFアニメの台詞を連発して、それはそれはうるさかった。


「おい、蓮……あいつは何を言ってるんだ?」とサリサを始め、他のメンバーも訳が分からず仕方なく愛想笑いをしている。


 ごめんなみんな……気を使わせて。



「気にしなくていいから。そのうち飽きるから放っておこう」



 パソコンや電話に関してはとりあえず地下に保管し、他が落ち着いたら少しずつ扱うつもりだ。


 地下基地には、この街の最高機密が保管されていることもあり、厳重に鍵がつけられた。


 だが――



「蓮さ~ん。管理用に……僕もひとつ鍵を持っておくねぇ~。いいよねぇ~」


「そ、そうだな! バルっち! もし蓮くんが無くしたら大変だから、バルっちも持ってた方が安心だよね! ね! 蓮くん!」



 と、バルトとエリカがあからさまにスペアキーを所有したがった。


 お前ら……確実に忍び込むだろ、それ。


 こうやって自己申告? 的なものをしてくれるだけでも……まあ、うん……良しとした。



 そして迎賓館は、商工会議所となりの駐車場スペースに作ることになった。この世界で車は走っていないので駐車場は全く必要ない。土地の有効活用というわけだ。


 デザインはヒズリアの雰囲気に合うようサリサが担当することになった。



「絶対に舐められないように、細部にまでこだわって作るぞ! 蓮!」


「あ、ああ……頼む」



 根に持つなぁ……トトゾリア王室風のそのデザインは、サロン・ド・サリサと同じく、どこか英国を思わせる、細やかな装飾が施された石造りの建物だ。



「バルト! 違う! ここは女神が(かめ)を掲げているんだ! 亀じゃない!」


「え? そうなのぅ? わかったよぅ、修正するよぅ」


「あ! そこは――」



 ただ……こだわり過ぎて、完成まではしばらくかかりそうだ。


 まあ、ここはサリサに任せておこう。




 ◇     ◇     ◇




 地下基地が出来たところで、ようやく……ようやく! うま味調味料の製作に取り掛かることになった!


 昼と夜間はヴィヴィ食堂が開いてるので、閉店後に作業することにした。


 ヴィヴィ食堂に集まったのは、俺とばあちゃん、そして――



《というわけで、彼に来てもらいました》


「どうもでやす。よろしくお願いしやす」


「あれ? ドンガ?」



 チエちゃん曰く、うま味調味料を作るためにはドンガの力が必要だということで来てもらった。


 うま味調味料にドンガが関係するのか?



「あ! ドンガ、かえし用の醤油、ありがとう。完璧だったよ」


「本当でやすか?! ブフフゥ! それは良かったでやす! 安心しやした」



 ドンガは酒・醤油・味噌などの発酵食品を短期間で作り上げた。


 桜ヶ谷酒店の恩恵、醸神(かもがみ)が無ければ、ここまで多様な発酵食品を同じ場所で作ることは不可能だろう。


 さすが商店街で一番古い店……恩恵の力が凄すぎる。



「チエちゃん、あの、俺、うま味調味料って普通に食べてたけど、そもそもどんなものなの? ドンガが何か関係あるの?」


《その質問……お待ちしておりました! うま味調味料、つまりグルタミン酸ナトリウムですが、その製造工程で『発酵』を用います。それでその道のエキスパート、ドンガ様をお呼びしたのです》


「へえ! 発酵! そうなんだ」


《まず、主原料となるのはサトウキビなどから採れる糖質です。その他にはキャッサバ芋などから採れるでんぷん質、つまり多糖類となります。それを分解し少糖類、単糖類に――》


「ちょっとちょっとチエちゃん! あんまり難しいこと言われてもばあちゃん分からんばい! 難しい事はいいけん、簡単に頼むばい」


《そ、そうですか……分かりました……なるべく簡単に説明します》



 科学知識を語りたかったのだろうが、ばあちゃんに釘をさされ、チエちゃんは少し寂しそうだった。ごめんチエちゃん……俺が質問したのが悪かったね。



《ではすごく簡単に。サトウキビとお芋を混ぜ、発酵させて、うま味が出たところを取り出したら出来上がりです》



 おお……かなり端折ったな。でも分かりやすい。



「うん。それなら私もついていけるばい。発酵っちゅうことは菌をつかうんやろ?」


《はい。グルタミン酸生産菌という、伊織さまも真っ青なそのままのネーミングの菌です》


「へはぁ~! いうよねぇ~チエちゃん~」


《ヴィヴィさま、材料は届いておりますか?》


「はい! サトウキビと言うものはヒズリアになかったので、蜜の出る植物を集めてもらいました。でんぷん質に関しては、ホシノエのお米と湿地帯のヒローゼンにキャッサバ芋というものですか? それに近い芋が自生していたのでそれを使います」


《完璧です。あとは……あの二人ですね》


「あの二人って……」


「やぁ! 待たせたね! チエくん、頼まれていたやつ持ってきたぞ!」



 やってきたのはエリカと……真っ黒な影のようなドワーフ、つまりバルトの二人の鍛冶師(ダブル・ハンマー)の分身だった。



《早かったですね! 軽く説明しただけなのに……》


「な~に、科学関連の本が江藤書店にあったからね。分からないところは自分で調べる! それが理導士というものだ! ほら、これで足りるかい?」



 影バルトが背負っていたのは、大きな瓶に入った透明な液体だった。



「チエちゃん、この液体、なに?」


《これは水酸化ナトリウム水溶液です。これがないとうま味調味料は作れません》


「塩水を電気分解して作ったんだ。必要な器具は彼に作ってもらった。本当にバルっちみたいに器用なんだぜ? しかも疲れ知らずときた! 最高の相棒さ! なぁ! 影っち!」



 影バルトはテーブルに瓶を置き、ぺこりとお辞儀をした。可愛いな。影っち。


 しかし、エリカの目の下のくまと、この汚れよう……多分休まずに作業してたな……本体のバルトだったら過労で死んでるかもしれない。



「しかし、神の槌――電気にあんな使い方があるとはね。驚いたよ」


《ええ。電解といって様々な化学に使えます。さて……材料は揃いましたね。さっそく取り掛かりましょう!》



 ――「「「おお~!!!」」」――



 俺たちはチエちゃんの指示に従い急ピッチで取り掛かった。



《まず工程①! このサトウキビに似た植物を絞り、糖蜜をとります!》


「「「はい!」」」


《工程②! 芋やコメからでんぷん質をとり、混ぜ合わせます!》


「「「はい!」」」


《工程③! ここでドンガさまの出番です! グルタミン酸生産菌が糖を分解し、グルタミン酸を出すのを手伝ってください!》


 「わ、わかったでやす!」



 ドンガが醸神(かもがみ)でグルタミン酸生産菌の様子を目視しながら、その活動を手助けする。


 俺も恩恵の付与で菌の動きを一緒に見たが、米粒のような菌がわしゃわしゃと動くさまは……少し気持ち悪いような、可愛いような、とにかく見てて楽しかった。



《そして工程④! エリカさまが作った水酸化ナトリウム水溶液の出番! グルタミン酸と混ぜ合わせ、グルタミン酸ナトリウムにします!》


「よ~し! 分かった! 影っち! 入れてくれ!」



 エリカは一切の力仕事を影っちに任せている。影っち……本当に疲れ知らずなのだろうか……表情がないから分からないが、心なしか疲れているようにも見える。エリカ……ほどほどにしてあげてね?



《工程⑤! 煮詰めて純度を高めたら、活性炭やろ紙でこします! ここまでくれば……もういよいよ完成です!》



 ――「「「ご、ごくり……」」」――



《工程⑥! さらに煮詰め、脱水した後……乾燥させれば――》



 グルタミン酸ナトリウム、つまり、うま味調味料の生成に取り掛かって1週間……


 途中、濃度の調整がうまくいかなかったり、ろ過がうまくいかなかったり、何度も失敗したが……ついに……



 ――「「「で、出来た???」」」――



 ついに、うま味調味料が完成した!!!


 俺たちはこの一週間、ヴィヴィ食堂閉店後にこの作業を続けていた。


 ヴィヴィなんて昼夜の営業もこなしながらだから、相当疲れているはずだ。


 なのに嫌な顔ひとつせず、それどころか笑顔で一生懸命やってくれた……


 本当に、本当にありがとう!



「これが、うま味調味料……ですか? 蓮さま」


「ああ、ヴィヴィ……勝っちゃんおいちゃんはこれをラーメンにぶち込んでいた」


「そうばい……これで味が爆上がりするはずばい!」



 エリカとドンガは不思議そうにその白い粉を見つめている。



「へぇ、料理というのは理導でもあるんだな。様々な成分の融合か……面白いな」


「この白い粉があの菌たちが作り出したものなんでやすね……うま味の塊でやすか」


「そうだ。この白い粉は、そのあまりの手軽さに、こだわりのある料理人からは邪道邪道とこき下ろされるものだが……その力は本物! まさにうま味の結晶なんだ。ヴィヴィ、お前には悪いが……使ってくれるか?」


「もちろんです! これだけ苦労したんです。使わないと! さっそく取り掛かりますね!」



 ――「「お願いします!!!」」――



 麺はヴィヴィの手打ち麺から、製麺機で作った麺に切り替えた。手打ち麺はコシがあり、味もとても良かったが……逆に美味すぎた。スープに勝ってしまう麺だった。



「蓮さま、かなり細麺なんですが……こういうものですか?」


「ああ。福岡県の麺は基本細麺だ。茹で上がるのに1分もかからないんだ」


「そうですね。これだけ細いと火の入りがかなり速いと思います」


「もとは忙しく働く男の食べ物だからな。頼んだらすぐに出てくる。安い・速い・美味い……これが豚骨ラーメンの基本だ。覚えておいてくれ」


「はい!」



 もっとも最近は『安い』がなくなってきたがな。俺はこれが気に入らない。出来れば昔のようにワンコインで済ませて欲しいものだ。



「エリカさんとドンガさんはどうします?」


「いや、ボクは……いい。なんだか匂いが苦手だ」


「あっしも……蓮さまと伊織さまが食べてからにしやす」



 二人とも警戒してるな。そりゃそうだ。異世界人からしたら初めての食べ物だし、豚骨の匂いは好き嫌いが分かれるもんな。



「では……いきます」



 ――ぐつぐつ……パラパラ……チャチャチャ……



 ヴィヴィは麺をほぐし、麺器に投入しかき混ぜる。



 ――コトン……チョロ、カン……



 どんぶりを出し、かえしを小さなレードルで注ぐ。白いどんぶりに醤油ベースの濃い色のかえしがくるりと踊る。



 ――ザァ、チン……



 そして……ついにうま味調味料が投入された! これだこれだ! この音……ばあちゃんの言うように、勝っちゃんおいちゃんの音だ!



 ――ジョバ~……チャッチャッチャッ……



 どんぶりに豚骨スープを注ぎ、湯切りした麺を入れ、丁寧に畳んで――


 あれ?! うそ……ヴィヴィ! お前ってやつは!!!


 ヴィヴィは流れるような手つきで、厚めに切られたチャーシューを2枚のせ、小口切りにされたねぎを添えた。


 そして……これは!


 この見るからに食欲をそそる美しい二重丸……は、半熟煮卵じゃないか!


 淡く出汁の色が染みた白身に、絶妙に火入れされた黄身がとろりと艶めいている!!!



「完成品はこうなるんですよね? あと、お好みでこちらもどうぞ……」



 更に、ヴィヴィは調味料のセットを俺たちの前に差し出した。


 紅ショウガに白コショウ、白ごまに……何だこれ……辛子高菜?!



「以前、つけあわせについて、伊織さまに聞いてましたので準備しておきました」


「ヴィヴィ……完璧だ……流石すぎるぞ!」


「ヴィヴィちゃ~ん! あんたって子は~~~!!!」


「えへへ。さ! 伸びてしまいますので早く召し上がってください!」


「そ、そうだな! 頂こうか、ばあちゃん」


「はいよう!」



 いよいよだ……待ちに待ったラーメンが目の前に……


 長かった……


 ホシノエで偶然見つけた小麦。


 豚骨スープを作るため、化け物のような豚と闘った。


 あいつ強かったなぁ。手も足も出ずにボコボコにされたなぁ。


 もはや一度死んだ。あ、二度目か。


 エリカに出会えたのも何かの巡り合わせか?


 彼女がいなかったら、うま味調味料は出来なかっただろう。


 そして何よりヴィヴィ……


 彼女が俺たちの食をずっと支え続けてくれている。


 全てに感謝……


 ありがとう。


 俺とばあちゃんは心から手を合わせ――



 ――「「頂きます!!!」」――



 ラーメンを食べ始めた。











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