異世界対応異世界行き交通系アイシーカード
『異世界アイカ』……という都市伝説があるらしい。と、私こと手中空華16歳が知ったのは、戸籍上かつ3ヵ月違いの妹である手中愛娘が嬉々として私の勉強の邪魔をしに来た時だった。
もうこの戸籍上の妹の性格は諦めているので要約すると、何でもいいのでカードを定期入れに入れて、夕日を背景に写真を撮る。その状態で顔とカードがしっかり写れば、異世界に行ける、という事のようだ。
ただしその写真は自撮りではだめで、誰かに写真を撮ってもらう必要があるとの事。ついでに言えば私の現在の部屋は西日が入りまくるので、夕日を背景にするという条件も満たせるという。
「だからほら、早く! 写真撮って「おねーちゃん」!」
「……私のスマホを返してほしいんだけど」
「ダメ! 1人だと怖いもん! 「おねーちゃん」の写真も撮ったげる!」
この狭い部屋で大きな声を出さなくても聞こえているし、もっと言うならこの大きな声が少しでも不機嫌だったり泣き声に変われば、即座に戸籍上の両親が飛んできて私だけを叱り飛ばす。それを分かってわざわざ大きな声を出しているのだから、性格が悪い。
私としては、都市伝説というものは信じていないが、火の無いところに煙は立たないとも言う。……夕日、顔、何らかのカード。これが一度に写った写真で現在位置の情報がくっついていたりなんかしたら、きっと大変危険もしくは美味しい写真になるだろう。ネットに流出したら、たぶんもう普通の生活は送れない。
そんな写真を撮る事も、撮られる事も正直嫌なのだが……ここでこの戸籍上の妹の機嫌を損ねると、最悪夕食やお風呂が禁止されてしまう。理不尽だが、仕方ない。
「定期入れとカードは?」
「ガッコのでいいかなって」
……とっくに分かっていたが、やはりアホだ、この戸籍上の妹。わざわざ自分から危険度を上げに行くとは。
はっきり言えば、この戸籍上の妹がどんな目に遭おうが知った事ではない。問題は、戸籍上は姉妹になっている以上、私にも被害が及ぶという事だ。というかあの戸籍上の両親の性格とここまでの態度を考えると、私が生贄にされかねない。
まぁ夕日を背景にして写真を撮るとか、カードどころか顔もまともに写る訳が無い。性能と補正にも限界ってものがある。目を凝らせば分かるぐらいならともかく、はっきり写るなんてまず無理だろう。
「撮ればいいのね」
「そう! 早く! 夕日が沈んじゃう!」
いつの間にか私のスマホだけではなく、定期入れまでその手に持った戸籍上の妹。実質人質に取られているようなものだ。……本人が本人の考えなしで異世界に行こうが事故に遭おうが勝手だが、巻き込むのだけはやめてほしい。
仕方ないので、押し付けられた戸籍上の妹のスマホを受け取り、西日が思いきり差し込む窓を背景に、にっこり笑顔で定期入れを掲げてポーズを取った姿を写真に撮った。
「写った? 写った!?」
「自分で見れば」
「見る! ――写ってない!」
まぁ当たり前だが写る訳が無い。都市伝説っていうのはそういうものだ。ちょっと考えればすぐ分かるだろうに。
もちろんその後半分以上無理矢理撮られた私の写真も、カードどころか顔もまともに写っていなかった。そりゃそうだ。
「だっ、大丈夫! まだチャンスはあるから! だから一晩! 明日の朝まではこの写真、消しちゃだめだからね「おねーちゃん」! 明日の朝にちゃんと写ってるか残ってるか、確認するからね!」
「……消さなきゃいいのね」
すぐに消すつもりだったんだけど、そういう訳にもいかないらしい。……明日の朝に戸籍上の妹の機嫌が急降下してその場で泣き出したりしたら、良くても殴られるし、最悪学校を病欠させられるからなぁ。
とはいえ、流石に一度撮った写真が勝手に変わるなんて事は無いだろうし、適当に合わせて流しておくしかない。
――――あぁ、本当に面倒な「家族」だ。




