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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第五章 ビロードの毛皮を求めて
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ビロードの毛皮を求めて 2

 宮殿前に至って、僕達はムスコール大公国の現状を始めて肌で感じるに至った。城門の前に屯する人々が、自由と食料を求めて殺到している。兵士達は何か指示でもされているのか、誰一人殺すことなく侵入する人々を押し戻している。改築を繰り返して歪な形となった城は沈黙するばかりで、彼らを抑え込むこともしない。


「どういう事ですか……?お金で解決できそうな主張ですが……」


 再びハンカチで汗を拭うマトヴェイは、猫背の腰を軽く叩いて一息つく。


「実際に示談金を出そうとすると『金の問題じゃない』と言って怒るんですよね……。実際に兵士も怪我させられておりますし、暴動で人死にも出ておりますので、早急に対処をする必要があるのですが……。何とか宮殿前で留まって頂いている間はまだいいのですが」


 マトヴェイは困ったように笑い、汗を拭う。示談に応じない民衆側に問題があるのではないか。そう思った矢先、兵士達が押し戻した民衆へ向けて怒鳴った。


「一体全体何が不満だというのだ!ムスコールブルク程福利厚生の良い都市は他にないだろう!」


「冗談を言うな!俺達は何も貰ってないんだぞ!大学や教会に金を落とすことが福利厚生だというのか!?」


 僕とマトヴェイは顔を見合わせる。民衆がその声に応じて兵士から銃を奪い取ろうと迫る。兵士はそれを引きはがしては、逃亡を図る人々に威嚇発砲をする。兵士が足元を正確に射貫くと、雪が舞い上がり、人々が後ずさりする。人々は足元に出来た銃痕を見下ろしながら、再び雑多な批難を兵士に浴びせ続けた。


「……さ、さ。裏口へ。どうぞ……」


 僕は雑多な怒号に後ろ髪を引かれながらも、マトヴェイの案内に従った。

 ムスコール大公国は大福祉国家ともいわれている。越冬の厳しさも相まって、貧民が道端で凍死することも少なくなかったムスコール大公国では、比較的早い段階で彼らを保護するための議論が行われていた。決定的となったのはちょうど一世紀前の四か国戦争直前の頃であり、都市衛生課の名も無き八等官が都市の衛生管理と貧民の収入確保の為に、糞尿を回収する代わりにパンの配給券などを配るという政策を執り行うようになった。元々ゴミのような野菜の切れ端などを奪い合っていた彼らにとって、硬くて安いパンの一片を配給することさえも深い温情措置と言えるうえ、中にはこの配給によって余剰のパンを貧民同士で分け合い、収入を得ていたものさえあったという。その当時ムスコールブルクではごみを集めるバケツを買うことが流行となったという冗談のような笑い話も残っているのだが、それ程この政策は革新的な物であった。何よりも、排泄物は肥料となる。それを「労働の対価」のような形で貧民に回収させることで、多くの問題を解決させたというのが革新的であり、彼らにも労働力としての価値が与えられた瞬間であったという。

 その後、現在の職業安定所のような制度も完成し、「ムスコールブルクには貧民はいても無職はいない」という諺も生まれたという。当時のムスコール大公国の先進性は多くの偉人を輩出したという事実だけでなく、こうした名も無き人々の努力が実を結んだ事にも支えられていたのだ。

 それが、この体たらくである。


「ムスコール大公国は古くから福祉国家として有名なので、私としましても今回の事態には少々驚いているのですが」


 僕はマトヴェイの曲がった背中に話しかける。悲壮感を漂わせる背中は早足を保ったまま、肩を落とした。


「本当に、困ったものなのですよ。我々貴族も血税を払って現在の制度を維持しているというのに、ちっとも納得してくれない」


「貴族も税を払うんですか!?」


 僕は思わず声を上げた。はっとして背後を確認したが、城門に屯する人々は僕の声など気に留める余裕もないらしい。マトヴェイは再びハンカチを取り出して汗を拭う。


「ははは、そちらでは払いませんか?どうもムスコールブルクは金持ちに厳しい町のようで……」


「金持ちに優しい町の方が余程質が悪いわ」


 フランが口を挟む。拗ねたように唇を尖らせている。


「そうかぁ?」


 ルプスが怪訝そうに言うと、彼女は小さく溜息を吐いて「そうよ」とだけ返した。

 僕はやや肩身の狭い気がしたため、彼らよりもやや歩く速度を上げた。その際に横に並んだマトヴェイと目が合い、互いにはにかむ。


 城の裏口と言うのは、都市を囲う城壁を一度出たうえで、複数の隠し扉を潜る必要があった。一つ目は、城壁で、法陣術によるロックを解除して入場できる扉である。そして、次の扉は、貴族達の屋敷が複数ある中心街の中腹に位置する、狭い地下への道である。更に地下の道を抜け、城の裏口にある迷路型の庭園に出ると、兵士達に厳重に守られた小川のような濠の向こうにある扉である。この扉を通って初めて城内へ侵入したことになるのだが、いずれの扉にも鍵が必要なうえ、地下道の出入り口、迷路型の庭園、最後の扉にはいずれも警備兵がいるため、余程のことがない限り入場することは出来ない。

 そこで、僕達はまず、一度城門を抜ける。

 プロアニアやエストーラと比べると高くない城壁は、横幅が広く、雪を落とすための穴が殺人孔のように点々とあるなど、独特の特徴がある。この城壁はその低さから防衛という目的には若干不向きであるが、徴税にはかなり役に立つようで、城門を抜けるまでの距離がある為に、不法侵入がしづらい事や、殺人孔から雪が落とせる為に、門を物理的に塞ぐことが出来るなど、独自の防衛能力がある。また、プロアニアほど法陣術が洗練されていないのか、古代の法陣術で守られたエストーラの城壁を見てきた僕程度でも解読可能な法陣術で守られている。正直守る気があるのかと首を傾げたくもなるが、そもそもこの町に到達するまでに相当苦心する必要があるので、防衛力もその際に補填できるのかもしれない。


 この城壁の隠し扉を抜けると、地下への道だけがポツリとあるとおりに出る。石畳が雪に埋もれ、地下への道も雪で隠されているため、これも見つけるのは困難だ。城壁と貴族の屋敷に囲まれているため、 防衛も申し分なく、城壁の兵士、顔を上げれば貴族の守衛達が険しい目つきで侵入者を警戒している。屋敷には広い窓もあったため、そこから侵入者を射殺することが出来るだろう。マトヴェイが迷わず雪を払い、地下道への小さな木の戸を開くと、僕達を手招きする。

 地下に入ると、何やらヤトが足をばたつかせ始めた。先程までうんともすんとも言わなかったのにも関わらず、突然耳を折りたたんで足だけで暴れる。野生の血が騒いだのかと思ったのだが、マトヴェイがガス灯を灯した時、初めてその意味を理解した。

 これまで氷雪に隠されてきた仄暗い道には、点々と血の跡がどす黒く残っている。血痕を辿っていくと壁に張り付いた一等巨大な血痕に辿り着き、この道が何か不穏な理由で造られたのだと察することが出来た。

 僕がそれを凝視していると、マトヴェイは耳元で囁く。

「このような血痕は城内にも御座います。古い革命の血の跡が残っているのですよ」


「消したりはなされないのですか?」


「歴代の皇帝が自戒を込めて血痕を残したままにしているのです。増築された城との境目などは中々痛ましい所もございますが、どうかご勘弁を」


「そう……。わざとこのままに……」


 フランが血痕を摩る。もはや鮮血とは言えない、どす黒い墨のような血の跡が、生臭い臭いを放つ。この場所に倒れたのは貴族か、それとも革命軍か。彼女は目を細め、苦しそうに眉を顰めていた。

 ルプスは自らの手や、分厚いコートでサクレの視界を阻む。半ば強引に首を抑えつけ、彼女が下を向くように仕向けている。


「行きましょう。我々はこれ以上の血を流すわけにはいきません」


 そう、悠長に過ごす時間はないのだ。既に暴動で人死にが出ているのだから、虐殺や暗殺も時間の問題だろう。マトヴェイは早足で歩き始めた。


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