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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第四・五章 跳躍する小鳥の刃
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跳躍する小鳥の刃 12

 結局、フランの言うとおり、大怪我をする人が女性から僕に変わっただけだった。

 アドラークレストが突き刺した傷は深く、痛々しく肉が露出していた。縫合手術が施され、僕は痛みにのたうち回りながら、情けなく処置室のベッドをガタつかせた。

 フランやサクレ、駆けつけた傭兵団員の誰もが僕の傷を見て青ざめ、悲鳴に身を乗り出して処置室を覗き見したという。船旅の始まりは余りにも幸先が悪く、また治療に専念するために優雅に外の景色など臨めるはずもない。


 処置室で緊急の措置を施され、個室に戻された時には、一日が過ぎ去っていた。一同が集う中で、僕に険しい視線が張り付く。


「……ご迷惑を、お掛けしました」


「いや、ついて行くべきだったな、すまん」


「もう、今更だからやめましょう」


 フランがそう言って林檎を剥く。あまりうまくはないが、この中でこうした調理ができるのはルプス率いる傭兵団とフランだけだった。三人部屋で窮屈なほどの人口密度に熱気が漂う。それでもなお冷めきった空気の中に、林檎の甘い香りが漂う。包丁を入れる音がゆっくりと響く中、揺れる船体に視界が揺すられる。


「ひとまず、サクレが無事でよかった。本当にごめんなさい」


 僕はサクレに頭を下げた。フランが「だからぁ」と呆れた声で言葉を遮る。サクレは俯いたまま喋らない。

 水平線に浮かび上がった朝日に、海面が染まり始める。微睡から覚醒するか否かと言う時間に、誰一人眠る事はなかった。僕が罪悪感に押しつぶされて黙っていると、突然サクレが身を乗り出した。


「おまえっ」


 ルプスが髪を引っ張り引き戻す。サクレはそれでもベッドにしがみついた。


「ねぇ、エルド、あの時私を見捨てなかったのは何故?」


「……何故って、そりゃあ、当たり前だと思うけど……」


 暫くの沈黙。朝焼けに染まるサクレは顔を歪ませ、瞳は潤んで見えた。


「でも、命の危険もあった。命を狙った私を見捨てるのは、命を奪うまではいかなくても、大怪我負わせるくらいは、報いを受けていいとは思わなかったの?」


 潤んだ瞳が近づく。僕は思わず身を離す。赤い光が乱反射する瞳は僕を責めるように見つめ、同時に何かと戦っているような苦しさが宿っていた。


「確かに、僕の命を奪おうとしたのは事実だけど、そのきっかけは僕にあるのも事実だ。僕はそれを償う義務があるとは……思わない。それでも、その事実は背負い、自分で解決する義務があると思っている。その為には、君を保護する義務がある、と思う」


 僕は途切れ途切れ答える。うまく言葉には出来ないが、本心として、彼女の問題の発端が僕にあるのだから、それを背負うくらいの事はしなければならないと思っている。


「どうして?どうしてそんなこと、言うの?」


 サクレは涙声で僕に詰め寄る。僕は、言葉に詰まり、後ずさりする。サクレは両手で僕の胸ぐらをつかみ、潤んだ瞳を歪ませる。


「貴方がもっと強欲な答えを出してくれれば、とどめを刺すことだってできるのにっ!」


 彼女はそう言って崩れ落ちる。僕の襟に力が籠められる。腰に帯びたナイフがギラリと光を放つ。アドラークレストの声はもう聞こえない。


「……僕は、君をどうにかする気はない。だから、もしも君の心が晴れたなら、直ぐに村に戻った方がいい。ムスコールブルクに着いたら、帰りの船を出すこともできる」


「晴れるわけないでしょう!」


 悲鳴のような怒号が響く。息が苦しくなる。ルプスが手を出そうとするのを、フランが制止した。ルプスの剣幕に動じず、フランは無表情で首を振る。


「貴方が殺したも同然!貴方が殺したの!貴方が村に来なければよかったの!ずっとのどかな田舎でよかったの!!」


 サクレは畳みかける。訴えかけるような潤んだ瞳と、怒りに震える声が交互に入れ替わる。僕は俯き、謝罪することしかできない。


「……ねぇ、私はどうしたらいい?貴方を殺せばいいの?何処に答えがあるの?」


 汽笛が天高く響く。朝食の完成を告げるベルが廊下に鳴り響く。空が白む。霞の中に、確かに陽光が差し込む。


「答えはここにはないわよ」


 沈黙を保っていたフランが言う。サクレの視線が彼女に向く。その鋭い眼光から、滴が零れ落ちた。


「貴方にできる事は、目の前の敵を殺すことか、あるいはそれは敵ではないと信じる事か。どちらも、ここにあるものでは出せない答えよ」


 大粒の涙がシーツに零れる。首元の息苦しさが消えた代わりに、項垂れる少女の姿に胸が締め付けられる。サクレは言葉にならない声を上げ、軽快なベルの音も、汽笛もかき消した。

 フランは髪を払う。微かな石鹸の匂いが届く。人々は意図的に気づくことを避け、部屋の前を通り過ぎる。ここに野次馬はいない。いるのは、耳の端だけで情報を整理できる人々だけだ。


 どうして、彼女は苦しまなければならないのだろう。優しさも、貪欲さも、等しく息苦しい。誰一人として、サクレに答えを教えてはくれない。僕達の前には、霞む青空と、水底の青だけしかなかった。


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