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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第四・五章 跳躍する小鳥の刃
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跳躍する小鳥の刃 7

 プロアニア人向けの宿の一室で、彼女を拘束したまま尋問をする。以前僕自身がされただけに、彼女の精神に悪影響があるのではと不安に感じたが、ひとまずは安全確保が第一だ。


 ルプスとフラン、僕、そして書記官として御者が彼女と向かい合う。足を机上に置き、高圧的な態度をとるルプスは不機嫌そうに彼女を威嚇する。それが仕事の為なのか、それとも酒場でどんちゃん騒ぎ出来なかったことへの当てつけなのかは定かではない。

 貴族が泊まるには手狭な部屋に四人が向かい合って座っているので、やや窮屈だったが、ベッドや、机や、椅子は一式揃っており、不自由のない部屋ではある。長旅に疲れた体を癒すのであれば十分すぎるほどだろう。


「……で?エルドが何したって?」


 ルプスが低い声で訊ねる。少女は流石に参っているのか、出会った当初よりもいくらかしおらしくなっていた。


 沈黙が続く。数分後、ずっと貧乏ゆすりをしていたルプスがしびれを切らせた。


「おい、いい加減にしろよ?」


 静かな口調だが、かなりの圧迫感がある。少女は俯き、視線を逸らすことしかできない。ルプスがかかとで机を叩くと、彼女は気の毒にも飛び上がった。


「団長さん、やめなさい。かえって話しづらくなるじゃない」


 フランが諫める。ルプスはフランを一瞥し、舌打ちをして姿勢を戻した。

 ゼンマイの動く音が微かに鳴り、時を刻む。過ぎ去った時間と変わらない音を何度も繰り返す中で、沈黙だけが通り過ぎていく。

 定刻を告げる時計の音と共に、フランは伸びをした。


「ふぅ、ちょっと、疲れたわね?貴方……お茶でも如何?」


 フランは少女に微笑みかける。ルプスの怒りを込めた制止をものともせず、彼女は少女の返事も待たずに、給湯室へと向かっていった。


「……ったく、あいつ人の金を何だと思ってんだよ」


 ルプスが独り言ちる。僕は愛想笑いで返した。


「……あの後」


 突然、少女が口を開いた。声は気の毒なほど震えている。唇を恐る恐る開き、掠れた、疲れ切った声は途切れ途切れひびいた。


 フランが紅茶を持ち寄る。フランはティーポットを優雅に持ち上げ、少しだけ高い位置からカップに紅茶を注ぐ。少女の前にそれを差しだし、続けて全員分の紅茶を注ぎ始めた。


「ごめんなさいね。この人、あんまり洗練されていないの。どうも野蛮と言うか、血気盛んなところがあるのだけれど、基本的には仕事はやり遂げるだけの真面目さもあるから。貴方を襲ったりはしないわ」


「いい所だったのに中断するんじゃねぇ!」


 ルプスが語気を荒げる。フランはわざとらしくとぼけて見せた。


「まぁ、どんな脅し文句を使ったのかしらね。恐ろしい」


 フランはスカートをふわりと揺らし、席に戻る。少女は言いかけた口の形のままで、フランを見つめる。フランは柔和に微笑み、前かがみになった。


「あら、ごめんなさい。見ての通り、ここには私以外女性がいないの。久しぶりに女性に会えたから、なんだか嬉しくなっちゃって……」


 フランは紅茶の湯気を思いきり吸い込み、満足げな溜息を吐いた。そして、カップに口を付けると、小指を立てながらそれを啜る。この場にいる全員が彼女に視線を送っていると、フランは僕を一瞥し、にやりと笑みを浮かべた。


「まぁ、エルドはどことなく女っぽいと言えば女っぽいのだけど」


「おい、そんな話はどうでもいいだろうが!」


 ルプスが机を叩く。少女がびくつき、丸い目を潤ませてルプスを見た。ルプスの前にある紅茶が思い切り零れてしまったが、フランはカップを手にすまし顔だ。


「貴方はどこのお方なの?エルドの知人という事はエストーラのどこかね?」


「……エストーラの、田舎の出身、です」


 少女は警戒しながら答える。フランは大仰に目を見開いて見せると、カップをソーサーに置いて前のめりになった。


「あら、綺麗なお顔だから、どこかの貴族かと思ったわ。お化粧なんかもしていないってこと?羨ましい」


 少女はまんざらでもない様子で微笑んだ。これまでとは明らかに雰囲気が違う。僕が出会った頃の無垢さが、再会してから初めて現れたようだ。


「でも、お姉さんだってとっても優雅で可愛いですよ?」


「ふふ、ありがとう。でも結構無理してるのよ?男って我儘だから」


「どの口が言うんだか」


 ルプスが肘をついて呟く。フランは気にも留めず、少女の首元辺りに視線を送っていた。


「それにしても、エルドが何かやらかしたらしいわね。真面目だからそんなこと予想もしなかったけれど……」


「……えっと。その」


「別に言わなくてもいいわ。エルドに幻滅したくないもの。そんな事より……」


「騙されちゃダメ!その男は、自分の書いた絵を目印にして使いにその人を殺してしまう恐ろしい人なの!お姉さんだって……どうなるのか、分かんないって!」


 血相を変えて少女が叫ぶ。その時、フランの目つきが変わった。これまでの柔和なものではなく、刺すような鋭い視線だ。


「あら。それはどこから得た情報?」


「それは、言えないけど。私のお父さんも殺されたの!」


「殺……」


 殺された?僕は息を呑む。ゼンマイの音が再び部屋に響き始める。僕の絵が原因で殺された、と言うのであれば、考えられる可能性は一つしかない。僕は深い罪悪感と共に、これまでエストーラ側が収拾してきた情報の迅速さの原因も理解した。

 あの場所を起点として、僕の逃亡ルートを予測し、追跡をする。普通の人間であれば難しいが、エストーラの地理を知る、戦略的に行動に組み込むことのできる人物であれば、可能である。そして、そういった人間の中で、僕を追う勢力があるとすれば、それは一つしかない。


 フランはその目のままで僕を睨みつける。僕は思わず首を横に振った。


「私にはそんなことが出来るようには見えないのだけれど……。どなたの言葉かも分からない情報よりは、私が目で見た情報を信頼したいわ」


 反論しようとする少女の言葉を遮り、フランは続ける。


「不確かな情報を教えないで頂戴。それは不誠実というものよ。貴方は不誠実な人ではないもの。私が求めていることはわかるでしょう?」


 少女は口を噤む。俯いた表情から、相当に逡巡していることが見て取れた。

 仮に僕が事実として殺人鬼だったとしたら、密告したであろう人物や、それを知ったフランにも被害が及ぶと考えているのかもしれない。

 フランは険しい表情のままだが、少女の視線を気にしつつ、時折僕に目配せをする。

 僕は立ち上がった。改めて視線が僕に集まった。何か理由を付けて、この場所を離れなければ。唇が渇き、咄嗟に空のポットが目に付いた。


「……お茶のお代わり、持ってくるよ」


 僕はティーポットを手に取り、出口へ向かう。少女やフランの視線が背中に集まっていることを感じながら、部屋を出た。


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