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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第四・五章 跳躍する小鳥の刃
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跳躍する小鳥の刃 1

 エルヴィンに与えられた馬車が、プロアニアにおいてどれ程年季がかかっていたかを、僕は知ることになった。ふかふかの座席はヤトを必要としない程暖かく、道を行く振動も少ない。或いは、伝わってこないのかもしれない。いずれにしても乗り心地は大変良い。僕は深く腰掛け、移り変わる景色を眺めていた。


「鉄の馬は使わないんだね」


 僕は、思い出したように呟く。ヤトに餌を与えていたフランは、僕に向き直ることなく呟いた。


「実は、あれはもう少し道の整備がいるの。あれは、結構酔うのよ。政府は道路の整備を急いでいるのだけれど、衝撃を緩和する道具が必要そうね」


 フランは顔を上げる事もなくすらすらと答えた。ヤトはもひもひと鼻を動かしながら、目を細めている。如何にもおいしそうに食べるので、僕は紙とペンを取った。


 ゲンテンブルクの北方地域に至ると、霧はより深く、気温はより低くなっていく。埃の混ざった霧は相変わらずだが、気温の低下に伴う植生の変化も、少しずつ顕著になっていった。

 黒い森に代表される、背の高く深い森林地帯は徐々に見られなくなり、中程度の背の高さを持つ木の群れが点在している。木が並び立つという程の浅いものではないが、森林と呼ぶには些か小規模なそれらの中には、小規模のテリトリーを持つ生物が、各々の木の間から時折顔を見せる。水滴の滴る草原地帯には、小動物の類が草を掻き分ける音も聞こえる。


「おぉっと、大物がいるなぁ?」


 突然そう言ったルプスは草原地帯に銃口を向ける。火薬の弾ける音と共に、煙を上げた銃口の先には、茶色い体毛を持つ、鼻の突き出た生物が倒れていた。ルプス含む護衛一行は、勝手に馬から降りると、石垣を飛び越え、手際よくそれを回収する。彼は最後の抵抗をする動物の頭を槌で叩く。数回それを行うと動物は動かなくなった。

 目の前で突如始まった屠殺に顔を見合わせる僕とフランを見た団員の一人が、静かにカーテンを閉める。道端で屠殺をすることに注意をする声が御者台から響いて暫くすると、馬車は再び動き始めた。

 動き始めてカーテンを開けると、目の前に件の獲物が口を半開きにしたままぶら下げられていた。僕はその恨めしそうな瞳を見る。硝子とは違う、潤んだ瞳が中空を見ている。僕は寒気が走るのを感じながらも、その動物を観察した。

 それに気づいたルプスがカーテンを閉めようとするのを、僕はカーテンを抑えて遮る。


「……リンネだ」


 僕はぽつりと呟いた。

 リンネ。厳しいプロアニアでの越冬を行うため、熱魔法を発達させた知能の高い魔物。熱魔法を用いる魔物は、獲物を威嚇する為に火を噴くラートナーなど数多くいるが、リンネは体内で熱を作り、冬眠の前に、住処を温めるために利用する。そう、普通の生物であれば、体温を下げ、エネルギーを保存することによって冬を乗り切るのだが、リンネは冬季も外で生活する為に逆に発熱するのだ。その理由はよくわかっていないが、これを利用して冬眠中の肥えた動物を捕食し、営巣地を確保しつつ越冬するためであるというのが定説のようだ。


「リンネの屠殺はこの辺じゃあ旅人が初めに習う仕事だ」


 ルプスは笑顔で答える。既に血を抜かれてすっかり熱を失ったらしいリンネは、時折ピクピクと鼻を動かしていた。


「エストーラでも聞いたことがあるな、その話。カペルやムスコール大公国ではコボルト奴隷の屠殺業、なんて言い方もあるよね」


 僕が話を続けようとすると、フランが咳払いをする。僕とルプスがふり返ると、不快そうに眉を顰めながら、カーテンを閉めるジェスチャーをした。僕は急いでカーテンを閉める。


「す、すいません……」


 フランはこちらを見ないで外の景色を眺め、黙って頷いた。

 僕は、この時に初めて、鉄と肉の混ざったような嫌なにおいが馬車に充満している事に気付いた。僕は暫く、フランに話しかけることが出来なかった。

 馬車は順調に駅へと進んでいった。


今回の魔法生物

リンネ:

 体長90cm-200cmのイノシシの様な魔物。体格は非常に多様であり、小さいものから大きいものまでいる。家畜化された豚よりも体格が大きく、長い牙を持つ。

リンネは血縁者の異性のみで小さな群れを作る。そのため、雌を巡る争いは少なく、また、群れに所属している限りは別の群れの中には入ろうとしない。巣は作らず、縄張りは狭い。群れのリーダー同士は意思疎通を取りながら各々の縄張りを守っており、秩序正しく、知能が非常に高いものと思われる。


集団は小さいが繁殖力が旺盛であり、一度の妊娠で10匹ほどを出産し、その内雌を雄が、雄を雌が養う。このように、繁殖の度に縄張りを分割しながら子育てをし、群れ内で繁殖する。群れと逸れるかリーダーの死亡により群れが解散したリンネは、新たな群れに編入する。ただし、編入するリンネは編入する群れのリーダーとは異性でなければならない。あらゆる環境に対応する。寒冷地域であっても、温暖な地域であってもよく目にする魔物種であり、ハンザ地方に限らず、家族で他国まで移動する例は少なくない。これは、縄張りの分割が多いリンネ特有の生態であり、他種には見られない。

このように、同種間では穏やかな性格のリンネであるが、獲物を見つければ急変する。一直線に被食者に突っ込み、その股や首に頭突きをすると、牙を肉に食い込ませて一気に放り上げ、地面に叩きつけた、弱った獲物を捕食する。敵が弱るまで何度も突き上げを繰り返すため、リンネに襲われた死骸は無残な肉片に変わり、地面には点々と血をまき散らす。

捕食者に位置するアドラークレストでさえ、子供の個体以外は滅多に狙わないため、リンネはハンザ地方に広く分布する。


 魔法は越冬の為に利用する。通常の動物は越冬の為に冬眠をする場合があるが、リンネは魔術肝と呼ばれる肝を発熱させて体温を保ち、冬眠中の獲物を狙う。この魔法によって、冬だけは捕食者と被食者が逆転することがある程である。


 人間とのかかわりとしては、リンネは家畜化した豚、魔術肝の肉詰めがプロアニアの名産となっているスゥスゥの原種とされる。また、リンネ自身も冬の緊急食糧として役に立つため、旅人の間では「リンネを屠殺できれば一人前」と言われる程、重要な魔物と言える。


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