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赤髭の王冠 12

 目を覚ますと、ドアの下から差し込まれた手紙の存在にすぐに気が付いた。達筆な字でゲンテンブルク日報という新聞社名が書かれたその手紙には、書きたてのインクの匂いがこびりついていた。

 その手紙を開くと、アドラーの大火についての意見を聞きたいという取材要請が簡潔に記されていた。新聞社から情報が漏れる事に危機感を抱いた僕は、それをポケットの中にしまい込み、ベッドの上で寝息を立てるフランの姿を一瞥した。

 椅子の上で眠り込んでしまったフランをベッドに寝かせ、僕は窓に向けた椅子に座り作業を続けた。寝返りの度にフランを一瞥する程度にはすっかり警戒心を抱いてしまっていた自分に多少なりとも反省しながら、アドラーの影を切り取った月光の絵は完成した。

 そのまま椅子で眠り込んでいたために凝り固まった首の凝りを解くために腕を回す。肩がある程度解れたら、思いきり伸びをし、腰の痛みを抑える。硬い荷台の上で眠り続けて随分慣れたが、人生の大半は柔らかなベッドで眠れる環境で過ごしていただけに、出来る限り柔らかい場所に寝なければ腰痛に堪えられなくなることがある。最近は殆どそんな事例はなかったので、すっかり忘れていたが、やはり緊張が解けた弊害と言うのはあるのだろう。


 寝返りでシーツが擦れる音が響き、フランを一瞥する。フランは静かに寝返りを打ち、柔らかな白い頬を天井に向けていた。首の周りに乱れ髪が絡みついている。

 僕は、静かにその髪を整える。

 勘違いでないならば、きっと彼女は、僕の事を好意的に見てくれているのだろう。錯乱した状態で僕に頼ってくれたことが、それを証明している。

 しかし。僕にとっては、多分、彼女は娘のような感覚だった。手のかかる、何となく手伝ってあげなければいけないような、壊れそうな強がりの娘だ。言動などからは僕よりずっと大人で、世間を知っているはずなのに、第一印象がそれらの邪魔をする。

 僕はポケットの中の手紙を握りつぶし、彼女を置いて部屋を出た。僕よりもずっと受け入れる事に慣れてしまった彼女だからこそ、この手紙を見せてはならない、そんな気がしたのだ。


 扉を閉めると、エルヴィンが丁度資料を携えて部屋を出た所だった。彼は僕を認めると、柔和に挨拶をする。互いに軽い会釈を交わした後、僕は彼の持つ荷物に視線を送った。

 立派な封もなされていないことを見ると、極秘資料ではないらしい。エルヴィンは僕の視線に気づいたのか、静かに手をずらして資料を大事そうに抱えなおした。僕はきまりが悪くなって視線を上にずらす。彼は表情を変えてこそいなかったが、僕がここにいる事に何となく居心地が悪そうにしていた。


 多分、これから僕の処分を話し合いに行くのだろう、という事は直ぐに察した。僕はエルヴィンの邪魔をしないように、道を譲る。彼は四十五度の丁寧な礼をしたうえで、申し訳なさそうに礼を述べると、僕の前を通り過ぎようとした。


「エルヴィン、これ」


 僕はポケットから件の手紙を取り出し、すれ違い際にエルヴィンのポケットに忍ばせた。エルヴィンは不思議そうに僕を一瞥する。


「後で確認させていただきます」


 僕は、静かに頷いた。本来であれば、フランの個人情報にも触れかねないこの手紙を、他人に渡すべきではないのだろう。それでも、子供二人で決めるのはそれはそれで危険な気がしてならない。しかし、今出会える信頼できる大人と言えば、せいぜいがエルヴィンくらいなのだ。


 エルヴィンは静かに頷き、足早に去っていった。



 公会堂に朝の喧騒が訪れ始めると、長らく寝息を立てていたフランが頭を持ち上げた。ベッドの上で周囲をきょろきょろと見回し、小さな欠伸を零す彼女に向けて、僕は微笑みを返す。


「おはよう、今日はゆっくりだったね」


「えぇ、少し疲れていたみたい。それとも、良いベッドだったからかしらね」


 彼女は軽く汗ばんだ髪を払いながら答える。僕は微笑みを返し、膝の上に置かれたスケッチブックを机上に置きなおした。


「よく寝られたのなら何より。長旅って大変だもんね」


 これは僕の本心だった。それでも、フランには違った解釈をされたようで、彼女は少し悲しそうに「そうね」と微笑んで見せた。


 僕は窓の外を眺める。駆動を開始した煙突が濛々と空に煙を放つ。焦げたような油の臭いと、通り過ぎる馬車の群れ。どれもこれも日常に不可欠になった者たちだ。

 そこには人工的な生命の息吹に満ち溢れていて、夜半のアドラークレストとはまた違った趣があった。


 僕はふと、ゲンテンブルクに近づきたいと考えた。エルヴィンの見せてくれる輝かしい王都ゲンテンブルクと、霧と煤煙に満たされたゲンテンブルクの両方を見てみたいと思うようになった。

 僕はフランの手を握り、彼女に満面の笑みを向けた。


「ねぇ、ゲンテンブルクの町を見て回りたいんだけど、いいかな」


 呆気にとられたフランが、口をぽかんと開けて僕を見る。僕は彼女の手を強引に引っ張り、駆け出した。


「待って、着替え位させなさいよ」


 フランは僕を止める。僕が手を離すと、彼女はため息交じりの笑みを浮かべた。


「レディの身だしなみは大事なのよ。こんな就寝用の服で出かけられないわ」


「そっか、そうだね。すいません」


「ちょっと待っててね」


 彼女の声はやや上ずり、普段よりも心が弾んでいるように思えた。


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