赤髭の王冠 3
「これは……」
第一歩を踏み出すと同時に、自然と言葉が零れた。殺風景な外観に似合わず、内部は繊細な彫刻の美に彩られている。工場のような壁も、内部ではその白さが強調されていた。天井に灯されたガス灯の輝きも、より一層壁に輝きを与えている。
ベルクート宮の絵画に満ちた壮麗さとは異なり、古代の気高い文明が現代に蘇ったような繊細かつ輝きに満ちた姿は、鬱屈とした外観からは想像もつかない。
エルヴィンは僕の反応に嬉しそうに笑みを零した。フランは相変わらず凛々しい表情で宮殿の案内に従う。
先程右手にいた従者は僕達の前に立ち、足早に謁見の間へ向かう。左手の従者は、エルヴィンの言葉に従って傭兵団に対して支払いの手続きを行い、彼らを宿に案内した。いくら護衛とはいえ、傭兵を宮殿の中に入れる事は憚られるのだろう。実際、僕も彼らが宮廷のマナーを把握しきっているとは思えない。特にルプスは、傭兵団として高名なためか、やや傲岸な態度を取る事がある。打ち首にでもなっては大変なので、ここで別れたのは正解だろう。
平らな宮殿を直進していると、会議室や資料室と思しき部屋に限らず、あらゆる扉に鍵が掛けられている事に気が付く。観賞用の東方の壺や、美しい絵画を保管する宝物庫には鍵穴が二つあるという徹底ぶりで、壮麗な宮殿の中にも関わらず、どこか監獄然とした印象を受ける。
そして、謁見の間は左側の扉にあった。従者がノッカーを叩くと、中からライフル銃を構える音がする。自然と背筋が伸びる緊張感の中、扉越しに重低音が響く。
「入れ」
従者が入り、僕を中心にして右にフラン、左にエルヴィンが控えた。ステラが玉座の上で両手を広げると、ラッパのファンファーレが僕達を出迎えてくれた。
「歓迎しよう、諸君。まずは右から名を名乗りなさい」
フランがスカートの裾を持ち上げ、丁寧に礼をする。
「フランチェスカ・フォン・ルーデンスドルフです。この度はお招きいただきまして、誠にありがとうございます」
「エストーラ第三皇子、エルド・フォン・エストーラです。この出会いも神のお導き、貴公と天に感謝を捧げます」
「エルヴィン・フォン・ゲンテンブルク。ただいま戻りました」
三人の自己紹介を確認すると、ステラは小さく頷き、顎を引く。その巨体に押しつぶされた礼服の裾が、苦しそうに衣擦れの音を立てる。
「既に顔合わせは終えているが、改めて名乗っておこう。余はステラ・フォン・ホーエンハイムである。まずはようこそ、ゲンテンブルクへ。手始めに、初めての印象を聞こうか?エルド皇子」
細い瞳がゆっくりと持ち上げられる。周囲の槍よりも風格のある体格には圧迫感があった。僕は頷き、一歩だけ前進した。
「ゲンテンブルクはとても優れた文明をお持ちのようですね。火を噴く煙突や走る鉄馬などは最たるものです。プロアニア繁栄の秘密はこれまで見て回ったつもりですが、まさかこれ程の技術を持っているとは……」
ステラは口の端で笑い「ふむ、ありきたりだな」とだけ答えた。僕は努めて笑顔を作って答える。
「あの高架橋を見て驚かないものはそうそうおりますまい。僕もその一人というだけですよ」
ステラは足を揺らしながら、無表情で頷く。そして、今度はフランに視線を送った。彼はすまし顔のフランを見つめながら、眉を持ち上げた。
「今回の件は残念だったな。貴公らの我が国への貢献、これまでの実績、しっかりとその名を刻んでおこう」
「ご配慮、感謝いたします」
フランは努めて冷静に答える。すると、ステラがしっかりとフランを見据え、顎を引いた。
「……気丈なものだ。フランチェスカ嬢は、これからどうするのかね?」
「正直、まだ迷っております」
フランは俯きがちで答えた。ステラは顎を摩り、口の端で笑って見せる。
「そうであろうな。余が助けてやってもよいが、悩む時間も必要であろう。まずはゲンテンブルクで体を休めよ」
「有り難きお言葉に御座います。検討いたします」
ステラは納得したように頷き、エルヴィンを一瞥する。エルヴィンは即座に頭を下げ直し、フランに向けて祈りの口上を述べた。フランは軽い感謝の言葉を告げ、すまし顔で頭を下げる。
彼女が頭を上げると、ステラは関心を無くしたように、視線をエルヴィンに映す。エルヴィンは小さく頷いた。
「では、私はエルヴィンから詳細な報告を受ける事とする。お前たち、二人を案内しなさい」
威勢の良い返事をした従者は、僕達の前に現れ、僕の前に跪いた。
「御案内いたします」
僕とフランはステラに丁寧に礼を述べたうえで、従者の案内に従う。ゲンテンブルク初の謁見は終わり、エルヴィンは跪いたままで待機をする。いよいよ、王との駆け引きが始まるのだろう。僕は、しっかりと背を伸ばし、謁見の間を後にした。




