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赤髭の王冠 2

 アドラーの大火はその所有者の有名さから、大々的に報道された。一面を飾るに相応しい記事であることに間違いはないが、フランの心を何よりも傷付けたのは、その描かれ方が悪意に満ちていたからだ。魔女の妖術で人々を操った罰ではないか、搾取を繰り返したものの憐れな末路ではないか、国王に反逆を企てていたのではないかなど、散々な憶測がまことしやかに書かれていた。フランは新聞を落としたまま硬直し、揺れ動く瞳で地面を見つめ続ける。誰に向けるでもなく、ただ虚しく、路上で風に煽られる紙束を見つめる。貴人たちは何事もなかったかのようにその場を通り過ぎ、新聞売りの少女にチップを投げつける。肌寒い風が建物の間を駆け抜ける。背の高い建物も多いゲンテンブルクの大通りでは、それは酷く強く、冷たく思えた。


「フラン……?」


 僕の声に反応し、一瞬肩が動く。彼女は振り返ることもせず、抑揚のない声で答えた。


「……行きましょう。こういうことがあることも、分かっていたもの」


 彼女は僕の真横を通り過ぎる。堂々とした後姿は、しかし酷く疲れても見えた。


「フラン……」


 僕は呆然と立ち尽くす。エルヴィンが地に落ちた新聞を取り、それを四つ折りにする。また一方の手で僕の背中を優しく押したエルヴィンは、馬に乗りなおした。

 新聞売りの少女は呆然と立ち尽くし、その背中を追う。僕は彼女に一瞥を与え、待機するエルヴィンの下に向かった。


「……あの。えっと……」


 少女に罪はない、そう分かっていても、僕は握る拳を解く事は出来なかった。



 アドラーの大火は瞬く間にニュースとなった。プロアニア有数の貴族にして、皇帝の座に最も近いルーデンスドルフ家の象徴が焼け落ちたという「事件」は、中央街のコーヒーハウスを俄かに沸き立たせた。


 煤煙の中を進む馬の群れが宮殿に訪れる道中でさえ、既に新聞を片手に語らう人々は数十人を下らなかった。

 フランは努めて冷静に、ただ前を見つめている。苦痛を噛み殺す様子もなく、無表情で霧の向こうに目を細めたりしている。

 僕とエルヴィンは沈んだ表情で彼女を見つめ、それに視線を感じたルプスが時折僕らに視線を送り返す。その度に、僕達は何となくばつが悪くなり、視線を逸らした。


「まぁ、いまやルーデンスドルフ家よりも、ホーエンハイム家のものだ。移民たちは皆そのように言うでしょうよ」


 僕は思わず通り過ぎる紳士たちを睨み付けた。紳士たちはその地味な黒のスーツに気を付けながら、僕に対してやや引き攣った笑みを浮かべ、シルクハットを持ち上げてみせた。

 杖をついて通り過ぎた背中がひそひそと話を再開する。彼らはそのまま霧の中に隠れてしまった。


「エルド様、いよいよ宮殿です。今は、どうか、前を向いてください」


「……わかった」


 わかってはいたが、それでもうまく折り合いをつけるには時間が必要だった。

 僕にとって、リヒャルト・フォン・ルーデンスドルフは、僕のかつての記憶を思い起こすことに寄与した、ある意味で「同胞」だった。その同胞の願いを、何とか叶えられた事は、僕にとってのささやかな誇りでもあった。アドラーの大火は、その誇りを文字通り燃やし尽くしてしまったのだ。

 しかし、怒りや悲しみの感情に捕らわれていようとも、あるべき場所にはあるべき礼節というものがある。客人が仏頂面で現れることは、貴族としてあってはならない事だった。僕は背筋を伸ばし、深呼吸をする。徐々に露わになる宮殿の影を見据え、口元をマッサージして笑顔を作った。


 よし。僕は貴族としてあるべき姿で、王と相まみえる。ここが正念場だ。


 そして、大通りを突っ切った都市の中央に、ついに宮殿が現れた。

 城というには些か地味なゲンテンブルクの宮殿は、エルヴィンがいなければ何かの工場だろうと通り過ぎていたことだろう。平屋建てらしい宮殿には飾り気がなく、緑の庭も存在しない。あるのは王宮専用の鉄馬舎と、客人専用の駐車場のみであり、駐車場も、厩用と鉄馬用との二つの枠が神経質に分かれている。

 霧に阻まれた全貌はミステリアスだが、同時に周囲と溶け込んでおり、ある意味で発見することが難しい。宮殿であることを示す証拠と言えば、城門に佇むダイアロスの立像や、鉄馬舎の扉に描かれた鷲の紋章くらいである。敵兵はその紋章が王宮を示すものであることに気付くだろうが、霧に阻まれて簡単に見つけることが出来ないだろう。殺風景極まりないが、それを差し引いて余りあるメリットがある。


「ここが宮殿です。あっさりとした形状ですが、中は綺麗ですよ」


「あぁ?ここが?なんか、拍子抜けだな」


 ルプスの呟きに対して、エルヴィンが咳払いをする。ルプスは「はい、はい」と二つ返事で返し、黙り込んだ。

「よく来たな、異境の皇子よ」


 霧の中に佇む宮殿から、巨大な影が現れる。縦にも横にも大きい体が、両脇に控えた従者の線の細さによってより強調されている。僕達は姿勢を正し、宮殿から現れた彼に跪いた。

 ステラ・フォン・ホーエンハイム。その細い目で僕を見下ろしたステラは、左の従者に手で指示を出す。従者は頷き、僕とエルヴィン、フランの身体調査を始めた。唐突な出来事に思わず声を上げると、ステラは鼻で笑う。


「こういった検査は苦手かな?しかし我慢していただこう。念には念を入れねばなるまい」


 従者の手が僕の体を丁寧に触る。ポケットや襟などを特に神経質に調べて回った従者は、右手を挙げた。ステラは頷き、右の従者に指示を与える。右の従者と左の従者が入れ替わり、再び身体検査が行われた。

 僕は思わず、ヤーコプ兄さんの事を思い出す。神経質なヤーコプ兄さんは、家族の誰に対しても、心を開こうとはしなかった。あるいは、正当な後継者という者は、そう言うものなのかもしれない。右の従者がチェックをし、右手を挙げると、ステラは一度荒い鼻息を上げた。


「よろしい、入り給え。君たちを歓迎しよう。フランチェスカ・フォン・ルーデンスドルフ、エルド・フォン・エストーラ、エルヴィン・フォン・ゲンテンブルク。今日は疲れたであろう。休み給え」


「はい、有難う御座います。陛下」


 ステラは従者二人に言伝し、さっさと宮殿に戻ってしまった。従者は、僕達の荷物のすべてを持ち、丁寧な口調で言った。


「お待たせいたしました。ご案内いたします」


 いよいよ、旅が終わるかもしれない。僕は深呼吸をし、霧の王宮へと足を踏み入れた。


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