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川向かいの同胞へ 3

 プロアニア特有の長い道路を進んでいくと、彼方にあった鬱蒼とした森が徐々に近づいてくる。通り過ぎるたびに木から木へと飛び立つ小鳥たちの囀りと、けたたましく鳴く烏達の鳴き声が、道路まで響き渡る。僕は鳥を目で追いかけ、その輪郭を簡単に書いていく。流石に動く動物を書くというのは難しく、一瞬で木々の間を駆け抜ける黒点はそもそも消息を追いかけること自体が難しい。

 しかし、それはそれで面白いと感じている自分もいる。多くの場合、僕は絵を描くことによって安堵感を覚えてきたが、時には絵を描きながら興奮もするのだと気づいた。


「ねぇ、何か面白い話でもないの?」


 フランはヤトを構いながら呟く。


「小噺ですか?そうですねぇ……」


「そういえば、フランは普段何しているの?」


 僕が何気なく訊ねると、彼女は気だるげな瞼を持ち上げながら、二、三秒唸り声を上げた。


「……人の噂話を聞いて井戸端で晒すのが好きね」


「質が悪いよ……」


 それこそ恨まれて魔女認定されても仕方ないのでは、と思ってしまう。人間はプライベートな空間に入り込まれることを非常に嫌うのだ。もっとも、それは動物も同じなのかもしれない。

 風に靡く木の葉が音を立ててこすれ合い、飛び立つ鳥の中に猛禽の影が現れていた。

 フランは小さく欠伸をし、ヤトに手で大根の葉の切れ端を渡した。


「噂話ほど流布して相手が困るものもないけど、流通して面白い事もないじゃない?私だって、本当に危ない噂は流さないもの」


「ははは、そうですねぇ。会話というのは花開き、脚色が付いてより面白くなるものです」


 エルヴィンがからからと笑う。深緑の葉が迫り、疎らに風に乗って降り注ぐようになると、いよいよプロアニア中部の暗い森林帯に足を踏み入れることを悟った。街道沿いに森の端を通るだけだとエルヴィンは言っていたが、人と動物の生活が交わる地域であることは違いなく、交通整備員もいないため、恐ろしいのは動物や山賊ばかりではない。

 緑の香りと涼しさが頭上を通り過ぎる。鳥たちの騒めきも騒がしくなり、一匹の烏が猛禽の攻撃に力尽きる。落下した烏を啄む猛禽を背後に、馬車は地面に轍を付ける。


「絵とかは描かないの?」


 僕は新しいページを開いた。彼女は間髪入れずに答える。


「興味ないわね」


 僕は頁を戻す。木の実を砕くために鋭くなった嘴や、フック状の肉食用の嘴など、様々な鳥の姿が描かれている。長旅だと、どうしても紙の減りが激しくなってしまう。


「裁縫はどうですか?」


「指を刺してからやってないわね」


「じゃあ、噂話以外には何をしているのですか?」


 とうとう万策尽きたらしいエルヴィンは、苦笑しながら尋ねる。僕は鳥のスケッチに影を付けたり、整形しながら会話を聞き流す。


「実験とか、好きよ。昔は出来なかったものだし」


「錬金術?」


 僕が追及すると、彼女は口の端で笑った。


「錬金術なんて本気で信じているの?」


「いや、えっと……」


 何だろう、この子。すごく殴りたい。

 僕はペンに力が入らないように意識しながら、影を付けることに集中した。言葉が続かない様子を見て、彼女は何を思ったのか、ヤトを僕の丸くなった背中に乗せる。


「別に責めているわけじゃないの。でも、そうね。錬金術が欺瞞でも、錬金術という徒花には大いなる価値があったことも、ダイアロスは認めて下さるわ」


「貴方は、錬金術に関してどのように考えているのですか?」


 エルヴィンは穏やかな口調で訊ねた。恐らく興味本位なのだろうが、スパイとしての活動を考えると、少しだけ緊張しないでもない。

 フランはヤトから手を離す。僕の背にヤトの全体重がかかったので、耐えかねてペンを置き、そっとヤトを抱き上げた。


「錬金術は、夢はあるのよね。でも、物の絶対数は変わらないわ。それだけの話よ。だから物が変わることは無いし、増減もしない。合わさって離れて変化する程度のものよ」


「如何にも現実主義者らしい回答ですね。しかし、社会をよくするためには必要な無駄な努力もありますよ」


「否定しないわ。その通り」


 二人の会話について行けない僕は、輪郭もはっきりし始め、体毛も生えた鳥にさらに命を吹き込んでいく。


 フランは髪を払いながら、小さく鼻を鳴らした。エルヴィンは続きの回答を待つ。御者台と荷台は沈黙し、カラカラという車輪の音だけが響き渡る。僕は二人の仲を気にして、共通の話題を提供しようと考えた。


「プロアニアの技術に対する誇りは凄いよね……」


「プライドが高いのは私達大地の民の象徴なのかもしれないわね」


 エルヴィンは二、三度小さく頷き、「そうですね」と答えた。


「大地の民……」


 僕らの信仰する神々には、それぞれが担当する役割のようなものがある。全体としては、創造と光の主神「ヨシュア」を信仰する点で共通しており、「光の民」という大分類に纏められる。

 さらに、雷の神オリヴィエス神を主宰神として信仰するムスコール大公国の民は「雷の民」、名工ダイアロスを信仰するプロアニア・軍神オリエタスを信仰するエストーラといった「大地の民」、花と美の神カペラを信仰するカペルは「春の民」、海に面する都市国家などは「海の民」と呼ばれることがある。

 僕はこの分類について、昔から少し引っ掛かる部分があった。光の民を枝分かれにする必要性がどれほどあるだろうか、という疑問である。国ごとに固有名があるのだから、それで十分ではないか、と考えてしまうのだ。


 そんな僕の考えを知ってか知らずか、二人は話を進める。


「大地の民らしく、地に足をつけて生きるのもいいですね」


「ふふ、なに、それ。ちょっとうまいと思ったわ」


 二人は殊の外仲よくなったらしい。僕は胸を撫で下ろし、ヤトを膝の上に置きながら、自分の作業を進めた。


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