魔女の呻きはキィキィと 18
馬車は煤煙が立ち込める工場の群れに辿り着く。初めにフランチェスカが、次にエルヴィンが降り、最後に僕が続く。工場の外観はどこも似たり寄ったりだが、整然と立つ煙突の群れは壮観だ。
工場の裏には決まって流れる川があり、船着き場と水車が備え付けられている。もっとも、中にはそうでない工場もあった。その工場はほかの工場よりも遥かに新しいものであり、川から比較的離れた場所にあった。
平屋建てのある工場に顔パスで入場するフランチェスカだったが、かなり戸惑いがちの二人の入場には警備員が割り行った。
「待ちなさい」
「いいのよ、別に。私のお客様よ」
フランチェスカがふり返って言うと、警備員は二人の顔を見て、不服そうに道を譲った。僕は警備員に会釈をしてから、工場の中に入った。
カシャン、カシャン、と機械音の鳴る工場には、手際よく糸を追加する夫人たちがいた。彼女たちは無言で見馴れない機械を操り、糸を紡ぐ。誰一人として無駄口を話すことは無く、機械を動かし続けた。
「おぉ、これは、これは!フランチェスカ様!工場見学ですか?」
恰幅のよい男が笑顔で近づく。フランチェスカも笑みを湛え、上品に手を振る。
男はプロアニアの民族衣装を身に纏い、杖を手にかけている。しかし湾曲した持ち手は腕にひっかけることが出来ずに宙づり状態になっていた。上衣もかなり窮屈そうで、一つ留めたボタンがはちきれんばかりに膨張している。
二人は挨拶と合わせて握手を交わす。男は、僕達の方を一瞥した。
「そちらの方々は?」
「私のお客様よ。とても高貴なお方です」
フランチェスカは笑顔で答える。男は納得したように大げさに頷くと、先程よりも幾らか警戒したような笑みを浮かべてこちらを見た。僕が自己紹介をしようとすると、エルヴィンが一歩前に出た。
「ご紹介に与りました。エルヴィン・フォン・ゲンテンブルクと申します。こちらは私の所の、エルドという者です」
「……エルド、と申します。宜しくお願い申し上げます」
「おぉ、ゲンテンブルクのお方でしたか!私は資本家のヨハン・アルカイトと申します」
「今日は非常に面白いものを見られそうです。これもきっと神のお導きに違いない。『融資の件』はフランチェスカ様とご検討しようと思いまして」
「そういう事でしたか!ささ、早速ご覧ください!」
ヨハン・アルカイトなる男は嬉しそうに頷き、手で順路を指示した。
彼の案内で初めに見たものは、工場の天井を網羅する巨大なレーンだった。このレーンは左右に動きながら、垂れ下がる巨大な棒を上下させる。上下する巨大な棒は歯車へと繋がり、回転を促す。この歯車の回転に従って、さらに機械の車輪を動かし、取り付けられた綿が次々と引き伸ばされていく。極太の糸を吐く車輪はやがてより集められ、回転するボビンに巻き取られる。これが目にも見えない速度で繰り返されていき、従業員たちは糸の補充やボビンの交換に動き回る。
僕は天井のレーンが車輪によって動かされていることに気付く。それを追いかけていくと、最後には外部の水車の回転へと行きついた。
「水車の回転に合わせて車輪が回り、車輪の動きにあわせて棒が引き動かされる」
僕は思わずペンを取りたくなったのを押し留まる。プロアニア人が最も嫌う、技術の模倣を行うわけにはいかなかったためだ。
事実、僕の呟きを小耳にはさんだヨハンは、僕に刺すような視線を送る。技術泥棒であれば容赦はしないという強い意志が感じられる厳しい眼光だった。
僕は黙ってエルヴィンの後ろに隠れる。その袖を引くようにすることで、僕が彼の後ろ盾を受けていることを彼に示した。エルヴィンもそれを察して、僕の背中に手を回して撫でながら、咳払いをする。ヨハンはすぐさま笑顔に戻り、フランチェスカに機密資料を開示しながら報告を行った。
僕は、回転運動の機構と紡糸速度の素早さに感動しつつも、周囲の忙しなく働く従業員たちに違和感を覚える。
男が極端に少ない。主な労働者は若い娘と子供であり、殆どが交換作業だけを行っていた。
(職人が必要のない労働……)
僕はすぐに、フランチェスカの眺める夜景を阻んだ浮浪者たちの姿を連想した。エストーラでの労働力の基本は、男性労働者である。糸をつむぐ作業には確かに女性も見られたが、必ず最後には「技術」が必要な男達の仕事がある。
そして、その理由を理解した時、プロアニアという国の巨大な歪みも明らかになった。
即ち、プロアニアの安全な交通網の整備と、強大な工場の建設は、技術の発展によって追い立てられた男達の必死の逃げ場となったのではないか、という事だ。
技術が必要な仕事は、必ず一定の賃金を発生させる口実を作る。しかし、その技術と労働力を半減させることが出来れば、必然的に使用者の負担は一気に軽減されるはずだ。これを見逃す使用者は使用者として失格だ。本来必要な労働力を一気に削ぎ落とし、職人を追い出すこと、或いは、二人必要だったものを一人で行う事、その結果生まれた歪み。その正体に気付いたとき、僕は自然と鳥肌が立った。
フランチェスカは僕を一瞥する。僕が縮こまっているさまを見て、彼女は妖艶に微笑んで見せた。
その途端に、工場の中にあるすべての物が、巨大な機構から口を広げた怪物に変わったのだ。




