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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第二章 魔女の呻きはキィキィと
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魔女の呻きはキィキィと 9

 烏が霊峰シュッツモートの輪郭に消えて行く頃、石垣と柵が互い違いに入り組むような道の向こうに、建物の影が見えてきていた。

 茜色の空に傾く陽光が、風に靡く草原を赤く染めていく中、その光を乱反射する霧が荷馬車の進行方向から漂ってくる。

 低く空を飛ぶベルクートは霧の為によく見えないが、この薄暗い霧の中でも、悠々自適に空を飛びまわっている。

 

 ベルクートは自ら魔法を用いて上昇気流を作ることで有名である。風を一度受ければ、そこからは気流に乗って滑空するように空を飛ぶ。彼らにとっては、この霧もせいぜい獲物を見つけるために目を凝らせば済むような代物なのかもしれない。

 

 ベルクートが火を散らす熱魔法と風魔法を用いて器用に飛ぶさまを見送ると、いよいよ新たな町がその全貌を現した。

 高い鉄塔と、燻る煤煙を囲い込む、巨大な城壁には幾つもの監視塔がある。深く掘り込んだ濠の中には竹槍が立ち、およそ外部の人を寄せ付けようとする気はないらしい。安全のためか、跳ね橋は堅牢な厚い板材で造られており、その下だけは竹槍ではなくため池である。

 そのおどろおどろしい外観とは裏腹に、警備の兵士はひょろ長いもやしのような男だった。

 エルヴィンの荷馬車と認めた兵士は、すぐさま敬礼し、跳ね橋をおろすように指示する。暫くすると、跳ね橋がゆっくりと下り、奥の城門が姿を現した。この城門と跳ね橋の間には法陣があり、非常に小さな中庭のような吹き抜けとなっていた。

 吹き抜けの上から顔を覗かせる兵士が僕を見て不思議そうに首を傾げている。僕は取りあえず、会釈を返しておいた。

 

 エルヴィンは法陣の中心に馬車を止める。法陣は馬車の入場を確認したらしく、巨大な光を放ち、一気に景色を歪ませていく。

 

「さぁ、目を閉じてください!ちょっと眩しいですよ!」

 

 エルヴィンが僕に言う。僕はヤトの目を覆い、目を閉じた。閉ざした瞼越しにも光が伝わる、強い光にさらされたかと思うと、瞬時のその光は消える。

 

 恐る恐る目を開けると、そこに広がっていたのは信じられない光景だった。

 

 城壁に入ることもなく、既に宿の厩の前にいたのだ。僕は意味が分からず辺りを見回す。プロアニア特有の、汚れた空気と異臭、そして鐘楼よりも高く聳える煙突の数々など、そこは紛れもなく都市だった。

 

「驚きましたか?この法陣術を開発するのに二世紀と半分かかりました」

 

「プロアニアに来てから驚いてばかりだよ……」

 

 正直、心臓に悪いと思う。法陣術を利用せずとも城門を開けば簡単にその役を担うことが出来そうなものだが、彼らはどうしてそこまでしてこの技術にこだわるのだろうか。エルヴィンの自慢げな笑み然り、道行く民族衣装の洗練されたデザインも然りだ。彼らはこの技術を誇示しているにも関わらず、時折効率を無視した行動をとる。それが僕には不思議でならなかった。

 

「ひとまず、宿に荷物を置きましょう。さぁ、こちらへ」

 

 エルヴィンは宿を指さす。僕は彼に従った。

 


 宿は特別優れた技術を誇示するものではなかった。フロントにあるランプや、眩いキーロッカーの洗練された装飾など、確かに目を見張るものはあったが、エストーラでも見られるようなオーソドックスな技術の集積でしかなかった。

 

「この宿を予約していたの?」

 

 僕が訊ねると、エルヴィンはフロントにチェックインをしながら答える。

 

「この町は管理された町なのですよ。人の往来は、最低限の登録情報を登録したうえで行われます。つまり、この町に来る者は国家からの許可の下、宿と入場・退場記録を残したうえで、目的の行動のみを認められるのですよ」

 

「……管理された町」

 

 僕は言葉を咀嚼しながら復唱した。エルヴィンはチェックインを済ませると、足早に階段を昇っていく。我に返った僕は、それを追いかけながら、上述の言葉を噛み砕いていた。

 

 管理された町。出入場を管理されるとは、通常「関所」を通り、徴税をするためのものである。宿泊施設も、城壁内での行動も、基本的には自由に行うことが出来るのが普通だ。即ち、通常の町、都市と言えば、出入場のみを管理された町を指す。この町の特異性は、「行動までも管理された」町であることだ。

 では、管理された町では、一体、なぜこのような管理を行うのだろうか。

 恐らくは、プロアニアの強みを守る為であろう。それはひとえに技術革新によって大国へ上り詰めたプロアニアの地位を維持するため、即ち、技術を盗まれることを恐れているのだ。

 この町には、それほどに重要な技術が詰め込まれているのだろう。

 

 僕は部屋の窓を開け、外を見る。民族衣装の人々は必要最小限の行動を、最短ルートで行う。まるで感情の籠った様子がない人々だが、彼らもとよりの住人には、この管理はどの程度行き届いていると言えるのだろうか。

 魚を運ぶ荷馬車が視界に入る。民族衣装の人々は通り過ぎる荷馬車を警戒するように見送った。

 

 この町がそうまでして隠したいものは、一体何なのだろうか。

 ぼんやりと窓の外を眺めていると、エルヴィンは手を後ろで組み、身を乗り出すようにして僕の顔を見下ろした。

 

「霧の中でも目立つ煙突の群れと言うものは、中々壮観でしょう?」

 

 逆光の為か、彼の笑みに影が差して見えた。僕は小さく頷き、町の中心部に視線を送る。

 霧と煤煙に隠されてよく確認できないが、煙突の群れが連なっている影はかろうじて確認できる。教会の鐘楼と並び立つ複数の煙突は、薄曇りの空の低さも相まって、非常に背が高いもののように思われた。

 

 僕は苦い空気を吸い込む。肺の中がごろごろと鳴くような感覚と共に、苦しい息が漏れた。自然と咳き込む人々の気持ちがわかるような気がした。

 

「何も見えないよ」

 

 路地裏に見える項垂れる影からは目を逸らしながら、僕は、小さく呟いた。

今回の魔法生物

ベルクート

体長約80cm-110cmで鷲に似た鳥類である。暗褐色の羽をもち、一羽で狩りをする。鋭い鉤爪と尖り曲がった嘴などが特徴的であり、肉食鳥獣の中でも獰猛である。

卵生であり、子育ては主に雄が行い、雌は抱卵中を除き、特定の雄には依存せず、巣を立って別の雄と交配をする。

狩りは空中からの奇襲であり、空中から獲物を見つけ、急降下で襲い掛かり、虫や小型獣であれば巣に持ち帰り、大型獣であればその場で食す。

 前述の生態から分かる通り、雄は特定の巣に留まることが多いが、雌は次々に移動し、好みの雄を見つけて交配する。そのため、雌は狩りをするための鋭い爪は無く、くちばしも丸い。その一方で体長は雌の方が一回り大きく、その代わり、雄は特定の巣に留まることが出来るため、成体となった後の生存率が高い。

 魔法であるが、ベルクートは羽ばたかずに上昇気流に乗って飛行する特性があり、温度を上げるために小規模な火を利用することがある。その他、飛行を安易に維持するために風起こす魔法も使っていると考えられ、かなりの頻度で魔法を利用する姿を確認することが出来る。主に動魔法と熱魔法を主として利用するが、その頻度の為か強力な魔法を使う姿はほとんど見られない。

ヒトとのかかわりは、深く、小動物の狩りのために育てる者もいる。また、その凛々しい眼光や体型から貴族に人気があり、狩場で発見すると、直ぐに射落とし、自慢をする者も多い。その美しく逞しい姿から、エストーラ皇帝はその国旗にベルクートを描く。


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