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黒と白の境界 14

 谷間も本格的に森林の深部に入り始めると、地面に差し込むべき日の光は遮られ、木漏れ日さえ眩しく差し込む。

 風に靡く葉はざぁ、と爽やかな音を鳴らし、数枚の葉が眼前に落ちてくる。ガタつく車輪が板根を巻き込まないか心配しながら身を乗り出すと、先程の岩肌が露出したものと違い、背の低い雑草が生い茂っている。

 巨大な幹を持つ木々の間を荷馬車が進むという異様な光景に、僕は少し口元を緩めた。

 雑草を巻き込みながら回転する車輪のがたつきは凄まじく、僕はしっかりと御者台の床を両手で握りしめて耐える。

 僕も避暑地や帝国内への遠出を全くしなかったわけではないが、舗装された道を進むことが多く、このような険しい森の中を進んだことは無い。雑草に車輪が取られることも、小石を踏みつけて荷馬車が浮くこともあまりなかった。僕の過剰な反応に、エルヴィンは楽しそうに笑った。


「慣れませんか?」


「こんな道、普通は通りませんからね……」


 僕は少し俯きながら答えた。雑草の匂い、土臭さ、獣臭さなどが混ざった森独特の匂いが漂う。僕は地面に向けて小さく鼻息を漏らし、口から息を吸い込んだ。


「そうですねぇ。ご不便をおかけします」


 エルヴィンは申し訳なさそうに眉間にしわを寄せた。僕は、自分の発言を皮肉に取られてしまったことに気付き、一層身を縮こませた。


「ご、ごめんなさい……。そういうつもりで言ったわけじゃないんです」


「そうですか。ははは、私が深読みしすぎたようだ」


 今回の事態には全面的に僕に非があることは間違いない。先程の発言には明らかにこの道を通るのはおかしい、というニュアンスがあった。僕はきまりが悪くなり、エルヴィンから視線を逸らした。

 視線を逸らした先にある、通り過ぎる景色の中に見馴れない鼠のような生物が現れる。僕はそれを目で追いかける。


「あぁ、ムーランですね」


 エルヴィンが僕を一瞥し、その視線を追いかける。


「ムーラン?」


 僕は顔を上げた。エルヴィンの柔和な笑みと目が合い、思わず視線を逸らす。エルヴィンは鼻から深いため息を吐き、呆れたような微笑みを浮かべた。


「えぇ、よく地面を掘って埋められた木の実を食べている生き物ですよ」


「へぇ、可愛いですね」


 僕はムーランと思しき生き物を観察する。鋭い爪と、曲がった背中、細く短い尻尾、鼠のような顔を持っている。一方で、鼠としては大きく、ずんぐりとした体形をしている。僕は直ぐに手帳を開き、短時間で目に焼き付けたムーランを書き込む。

 その間にも、目端にムーランがちらほらと現れる。あるものは穴を掘り、果物を食べ、あるものは花や雑草を齧る。掘り起こした果実がスキオウロスの埋めたものであることは容易に確認できたため、僕はやや複雑な気持ちを抱きながら、手帳を閉じた。


 心地よい風を肌で感じながら、ムーランの群れを通り過ぎる。ガタガタと車輪が揺れる中、僕は再び森の中に住む生物を観察した。森の中に住む果実を狙う動物たちは、果実の運搬者としての役割を担っている。果実を食べ、消化し、自身が餌を探し、排泄をすることによって果実を運ぶ。

 幼木は深い森の中にある程太陽の光を受けることが出来ないため、新天地を巡る旅は自身の子供との競争を避ける役割も担っているのだろう。


 僕は緑というよりは黒い木々の葉の上にも注意を向ける。太く整然とした木々は、大黒柱が天井を支えるように枝分かれした葉を支える。木漏れ日が御者台に降り注ぐたびに、その天井は一瞬ありのままの緑色を見せてくれる。僕は手持ち無沙汰に森を観察しながら、本当に珍しい動物を探す。見覚えのある生物もちらほらと顔を見せてくれたが、知らない生物は中々顔を覗かせてはくれなかった。


 そうしている間に日は傾き、入り組んだ木の枝から見える空の色が暗い影の落ちた色と同化し始めると、エルヴィンはゆっくりと馬車を止めた。


「ここで野営します。丁度川もありますので、水分補給はしっかりとしてくださいね」


「はい」


 僕は答え、傍にある清流を一瞥した。清流と雖も薄暗さに勝つことはできず、澄んだ水の上に光がさす様は見られなかった。


 エルヴィンは野営用の道具を広げる。商人のそれとは思えない、かなり本格的な森林での野営道具が揃い、彼はその道具を駆使して火を焚き、テントを張った。

 続いて彼は、非常食として固い干し肉と固いパンを広げた。

 彼は広げたパンと干し肉を一つずつ、僕に手渡す。僕はやや躊躇いながらも、出来る限り粗相のないように頭を下げて礼を言い、それらの質素な食事を受け取った。

 それでもお腹は減り、小さく鳴る。僕は清流の水でパンを軽くふやかして口に含み、味付けの為に塩味の強い干し肉を齧った。

 その味は単調ではあったが、宮廷の息苦しい食事と比べると気ままに食べることができ、こうした食事が必ずしも悪いものではないとも、僕は考えていた。


 夜の森は深い闇に包まれ、青や黒などの日中には見られない様々な色を放ちながら、彩を失っていく。僕が注意深く咀嚼をするたびに深くなる夜の帳は、やがて森全体を包み込み、やがて星明りも届かない真っ暗な視界に沈んでいった。

今回の魔法生物

ムーラン

 長い歯を持つ体長30cm-50cmの鼠型の魔物である。穴に生息し、樹洞などにも好んで侵入する。

スキオウロス同様に果実を好んで食べるが、穴を掘るために特化した鋭い爪を利用してスキオウロスが貯め込んだ果実を掘り起こして食し、草本を食すことが多い。

 一つがいで長期間繁殖を行い、非常に子を大切にする。食事はスキオウロスに任せることが多いため、その分の労力を子の生存率の向上に当てているのではないかと考えられる。

 スキオウロスと同様魔法を利用することはないとされているが、発達した魔力の保管器官があることは、同様に確認されている。


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