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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第六章 虹と大空を手に入れて
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虹と大空を手に入れて 13

「エルド、大丈夫?」


「うん、すいません」


「殺しといた方がいいんじゃねぇか?」


「うーん、どうだろう……」


 僕は取り繕って笑う。イェンスを処分するべきか、と問われれば、恐らくそうするべきなのだろう。しかし、仮にここで殺してしまったとして、その後音沙汰なく穏便に過ぎるかと言えば、それはそれで国際問題に発展させる動機を与えてしまうだろう。シーグルス兄さんとは、そう言う人間だ。


 狭い街路は閑静な住宅地が立ち並ぶばかりで、怪しい人物のいそうな雰囲気は何処にも感じられない。それどころか、白い雪をかく人々の生活は、僕の知る都市でもよく知ったような、牧歌的で穏やかなものだった。とても、秘密結社が暗躍しているなどと言う風には見えない。


「ノヴゴロドも穏やかな都市だけどなぁ」


 そう呟いた次の瞬間には、僕はその言葉を引っ込めてしまいたくなった。町の最中にある公園の前を通りかかったとき、そこに人々が屯して何かに聞き入っているのを確認した。それは僕の見たことのない技術のようで、回転する黄金色の金属に取り付けた巨大な拡声器が、何かを語っているらしかった。


「国家は我々の行動を抑圧し、自由を拒む圧政者である……」


 フランが辞書を捲りながら翻訳を始める。どうやらそう言った言葉をつらつらと述べているらしかった。明らかに国家に対して悪意あるものであったが、誰も疑問にも思わないらしい。もっとも、集まった人々は普段の憂さ晴らしに小耳に挟んでいるだけなのか、中には軽食を取りながら、あるいは暇をつぶす為の雑多な遊びをしながら聞く人もいる。それが布教活動として正しい在り方なのか、熱意はそれほど感じられなかった。


「ムスコールブルクの教会への応対とはえらい違いだ」


 ルプスは紙煙草をふかしながら愉快そうに言う。サクレが彼の腰を突くと、彼は舌打ちをして腰に結わえた保存用の干し肉を差し出す。サクレはそれに目を輝かせ、大層嬉しそうに嚙り付いた。それが僕の窺い知らないところで作られた、二人の間のルールなのだと気づいたが、気に留めないようにしながら、公園の様子を窺う。


「大公は動かず、宰相は皆様のような真面目な労働者から搾取する……実に不平等とは思いませんか?」


 腹を抱えて笑う大男。素朴な身なりの夫人があかぎれ塗れの手を摩りながら、疎ましそうにそれを見る。


「ノヴゴロドでは権力の転向が少ないのかな」


「どうでしょうね。でも、これが事実だ、と言う事よ」


 フランは罵詈雑言を情熱的に述べる見知らぬ機械を見つめながら言う。その演説が終わると、再び同じ内容が繰り返される。それがずっと、ずっと続く。その度に人が入れ替わり立ち代わり公園に訪れる。足を止める人が少なくなったのはやっと正午を過ぎたあたりだった。


 閑散とした公園で装置と睨めっこしていると、一人の男が近づいてくる。整備されて雑草を刈り取られ、芝を敷かれた公園に近づく足音は分厚いブーツの底に金属音を鳴らしながら、紺のトレンチコートと山高帽を身に着けた、落ち着いた雰囲気の男だ。彼は装置を止めると、それを持ち上げ、暫くそれを眺める。僕達に向き直ると、彼は片手で山高帽を持ち上げて挨拶をする。


「プロアニアのお方ですか?」


「あぁ、この服ですか?すいません、どうも家内が辛気臭い衣装に凝っておりましてね」


 そう言った彼がフランの服装に気付くと、咳払いをし、「失礼」と短く言った。フランは気に留めたような素振りを見せず、ふふん、と鼻を鳴らす。再び僕に向き直った男は、僕に手を差し出す。僕はそれに応じて握手を交わすと、男は手に持った装置を一旦元の台座に置き、僕に目線を合わせる。


「これに興味があるのですか?」


「えぇ、見たこともない装置でしたので。それに、何か大公がどうの、と言っていたので」


 男は眉を持ち上げ、僕の手を握る。男の手はごつごつとした不気味な物で、血管の浮き出た太いものだった。


「大公は昔から私達には何も齎さないでしょう?それはおかしい、そういう事を言っていたのですよ」


「……どういうことですか?」


 僕が首を傾げると、男は嬉しそうに笑い、「君にはまだ早いか」と続ける。


「しかし、少年。世の中は色々な不満があるでしょう?つまりは、そう言う不満の一部にこうしたものがあるのだと、少しだけ頭に入れておけばいいのですよ」


「どうしてこういう事を流そうと思ったのですか?」


「さぁ?私は作って流せ、と依頼されただけなので」


 彼はさらりとそう言うと、今度こそ装置を持ち上げて去っていった。


「フラン、彼はどう思う?」


「そうね、広告代理店でしかない、と思うわ」


 フランはそう言うと、台座の前に屈み込む。彼女はそのまま台座の下を探り、そこに付けられた何かを取った。


「エルドくらいの子なら、簡単に勧誘できそうなものなのに、それもしなかったようだもの。それはつまり、内容に関心がないという事よ」


「少し探りを入れてやろうか?」


 ルプスは煙草を揉み消しながら言う。


「そうだね。一応、調べてみようか」


 もしかしたら、オデールのもとからいなくなった使用人の事を何か知っているかもしれない。

台座が沈黙を始めてから暫く経つと、子供の騒ぐ声と共に、昼食の好い匂いが漂ってくる。踏みしめた芝が風に揺れる。

台座の下から引きはがされた何かを、フランはサクレに持たせる。それは、仰々しい模様が刻まれた、つっかえ棒のようなものだった。


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