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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第六章 虹と大空を手に入れて
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虹と大空を手に入れて 6

 駅舎を出ると、凍てつく風が顔を掠めた。ムスコールブルクよりは幾らか暖かくなった雪景色の中には、土の臭いと混ざって、獣のにおいも漂っている。商売人たちが毛皮や燃料を荷積みさせる間中、コボルト奴隷は粛々と仕事をこなし、文句の一つも聞こえてこない。

 内に秘めた思いは別としても、彼らがヒトと共に歩んできたのであろうことは、この平和な喧噪の中からもうかがうことが出来る。

 誇り高いハングリアの騎士たちがこの姿を見た時、彼らは憤慨するに違いない。「奴隷」と言う言葉にはそれだけの重みがあるが、粛々と働く後姿に、悲壮感は感じない。誇りをもって生きる彼らを、果たしてコボルト奴隷などと呼称すべきなのだろうか。


 雪のない澄んだ青空から、陽光が降り注ぐ。コボルト達の汗腺は見えない。この寒さでも上半身の裸を晒す者もいる。僕はエンゲヅルたちの飛び交う干潟を背景に、コボルト達の姿を描いた。

 澄んだ険しい寒さの中、白黒のアクセントとなって空を舞うエンゲヅルが、降り注ぐように地平線の上を漂う。小さなホームに押し寄せた人並み、荷受証券を呈示し、確認をしあう身なりの良い人々。そして、素朴な、とても素朴な衣装で、荷物を積み込むコボルト達。体毛は厚く、縮れた毛並み、耳は小さく、寒冷に適応している。鼻は少し湿っているのか、陽光を受けてキラキラと輝いている。平らな顔を支える首は厚く太く、犬よりも顔の突き出しが小さい。

 魔法生物であるエンゲヅルを背景に、魔法生物でないコボルト達の労働を見届ける。僕は肌寒さも忘れて、かじかむはずの手を動かした。それを書かずにはおけない様な気がしたからだ。


「あら、コボルトを書いているのね。珍しい」


 券を持ったフランがのぞき込む。僕は黙って頷き、有限の荷積みを書き写すことに専念した。

 フランの首元には金属製のインク壺がぶら下がっている。エルヴィンから受け取ったものだ。フランにとってそれがどれ程重要なものかは定かでないが、彼女はそれを外そうとはしなかった。

 それが誰を気遣っての事なのか、それを理解しない僕ではない。


「ねぇ、フラン。コボルト奴隷と言う言葉を、どう思う?」


 別に意図があったわけではなかった。フランにとって彼らが何なのか、それを知りたいと思っただけだ。

 フランは少し考えてから、コボルトの方を見る。汗をかいているのかどうかも、人間には判別できない。ただ、その仕草から荷物が重いのだ、と言う事だけは伝わってくる。腰を低くし、ばねのように伸びをして、彼らは荷物を車内に積み込んでいく。


「……奴隷と労働者という響きに、大した意味はないと思うわ。どちらも同じで、どちらも違うのよ。そうでしょう?」


 フランは僕の方を見る。その目は笑っていなかった。

 かじかむ手を擦ると、フランがその手を握る。少し前まで暖炉に当たっていたような、微かなぬくもりが僕の手を包み込んだ。


「血が通っているんだ」


「そう、人かコボルトか、と言う違いでしかないし、それも内包する概念があるわ。私には、どちらでもいいという事。それを前提にするとね、彼らはとても強い。だから、多分大丈夫じゃないかしら。憂う気持ちがないではないけれど……それは、コボルト達に失礼かもしれないし」


 ヒトとコボルトは違う。コボルトとヒトは同じ生物である。どちらも正しく、違いはどれ程曖昧にぼかすかだけだ。フランの言葉は、恐らく僕を気遣った言葉だ。「コボルト達に失礼」というのは、コボルト騎兵達を尊い存在と認識するエストーラの民にとっては、理解の範疇にある。しかし、恐らく、フランの本心は、「憂う気持ち」の方なのだ。僕は一つ息を吐く。白い息が空高くのぼっていく。コボルト達の輪郭ははっきりとしたままで、背景だけがピントから外れていた。


「ありがとう。でも、君なら、多分そうは言わないんだろう?」


 フランは目を細める。コボルト達は暢気に絵を描く僕達を一瞥したが、直ぐに自分の持ち場に戻った。まるで、そこに自分のあるべき場所があるかのように。


「そうね。彼らは、とても可哀そうだわ。でも、貴方にはそう映らない、そうなんでしょう?」


 コボルト達は荷物を運ぶ。運び終えると体を反り、腰を労い、互いに冗談を交わし始める。彼らのもとに、行商人が瓶一杯の酒を持っていく。コボルトは酌を交わし合い、最後に行商人にもその酒を注いでやる。そこには大きな差は感じられなかった。

 コボルトが行商人を弄る。そして彼から干し肉を買い、それを全員で分け合う。そこに悲壮感は感じなかった。


「……そうだよ」


 空を見上げる。空はやはり高く、青く澄んでいて、コボルトの声も明るく、ささやかな喜びに満ちていた。


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