ビロードの毛皮を求めて 27
支配者を断罪する街並みは険しい表情をしていた。氷雪に強張った都の景観はいかにも無表情で、寄る辺のない人々は宮殿の隅で暖炉に群がっていた。
空を覆いつくす雪雲の、余りにも黒ずんだ様に荒んでいた心のありかを探す試みも、今の僕には手に付かない。緊張感に張り詰めた空気も心地よくさえ感じた。
活路はある、後は周りを固めるだけだ。傷心のサクレはヤトを抱き、毛繕いをする。ルプスは一服しながら、外の景色を見つめている。フランは「地下牢」から集めた書籍を読みながら、鼻で笑ったり、時折ため息をついたりしている。僕はただ、処刑の日の為に万全を期すだけだ。貴族の側は未だ二分されていたようだ。イワーノス家が宰相一族に帰り咲いた後に不安を感じる人々は少なからぬ人数存在する。それだけで、十分条件は満たされているように感じる。ルプスは吹雪の町に人がいない事を気にしている。彼なりに協力しようと思ってくれているのだろう。人の心を逆撫でしない程度に動いてくれればいいのだが、それだけは少し不安だった。
分からないのはサクレの心だ。今も僕を恨んでいるのなら、きっとこの試みに反発するだろう。だが、そんなそぶりは見せない。ただ、ルプスの事を気にしている事だけは分かる。そちらに関心が寄っているのならば個人的には嬉しい限りなのだが、前向きに考えるのは得策ではないと思う。ルプスには申し訳ないが、もう少し監視してもらおう。
吹雪は長く続き、間もなく三日目を迎える。反政府の火は未だ下火になっていないが、この吹雪のお陰で幾らか静かな朝が続いている。窓がガタガタと鳴ると、ルプスが舌打ちをした。その音にサクレが顔を上げる。
激しく窓を叩く吹雪の残滓が、窓を覆いつくす。革命の成果は未だ上げられず、苛立つ民衆は教会に文句を言っているようだ。教会の中には今も雪が降り積もっている事だろう。穴ぼこの教会がどれ程役に立つのか、それは僕の努力次第だ。その為に、あと一歩、シナリオを完成させる。大衆の心を揺さぶる、正義と博愛のシナリオを。
「……よし。皆、見てほしい」
全員が僕の方を見る。僕は床の上に数枚の原稿を広げる。フランは一目見てすぐに、僕に非難の目を向けた。
「いいたいことは分かるし嬉しいけど、多分これしかないと思う」
究極的には、ムスコールブルクの人々が全て、政府に同情すればいいのだ。恥も外聞も切り捨てて、揺らぎやすい心に任せるしかない。ヤーキム卿の輝かしい成果などよりもずっと刺さるのは、彼らに罪悪感を感じさせる事と、同情でその手を止めてくれる事なのだ。
「まるで演劇だな。こんなのでいいのか?」
「いいんだ。安っぽい、陳腐なものの方がずっといい」
僕達の生きてきた洗練された文化の世界からは想像もつかないが、彼らにとってのカタルシスは美しさにはない。だから、僕はお高く留まった生き方をしてはいけない。
「また、貴方が傷付く姿を見ていろっていうのね……」
「すいません。でも、ここで引き下がる事だけはしたくないんだ」
エルヴィンとの別れを思い出す。凍える吹雪の中で、アドラークレストの抉った傷が痛みだす。あの時、僕は少しだけ、自分に我儘になる事に決めた。傷だらけになる事が怖くないとは言わないけれど、それ以上に今この場所を失う方が怖い。それは、あの時までともに旅をした、エルヴィンを裏切ることになるから。
「フラン、僕は負けないから。その為に傷を負うなら、きっと大丈夫だよ」
フランは何かを言おうとしたが、直ぐに苦しそうに口を噤んだ。その手は少し震えていて、僕の胸が痛んだ。
それでも、僕はその手を握り締める。
「フラン、大丈夫だよ。僕は君の前から消えたりしないから。そうならない為に、負けないようにしたんだよ」
フランが僕の手を握り返す。震える手に、涙が零れた。僕が思っているよりもずっと繊細な、きめ細やかな肌が濡れる。しとしとと落ちる滴は温かく、凍える町を映す。サクレが僕の袖を引く。彼女は僕を責めるように見つめた。
「勝手な自己満足なら賛同しないから」
「いやぁ、俺は嫌いじゃないけどな、茶番ってのも」
ルプスが笑う。
僕はフランを見る。赤くふっくらとした唇が震えている。俯く顔いっぱいに、涙の筋を通していた。
「……やりましょう。きっと、うまくいく。うまくいかなくちゃ困るもの」
「変な理屈だな」
僕は口元を緩めた。
「そんなに、うまくはいかないと思うけどね」
強い吹雪が流れると、過ぎ去った雪の残りかすだけが降り注ぐ。しんしんと降る、夜の雪は朗らかに舞う。時折風に飛ばされて、追い立てられるように去った激しい雪は、風が止むとまた、穏やかに降る。ちょうどそれは、処刑前夜の静けさに、よく馴染んでいた。




