ビロードの毛皮を求めて 20
目を覚ますと同時に、外が騒がしいのに気が付く。暴動の列の騒々しさとも違う、もっと混乱した、荒み切った混乱だ。それがただならぬものだという事が廊下の騒々しさからも知ることが出来た。革命の嫌な鼓笛さえ静まり返る様子に危機感を抱いた僕は、承認を得る事も無く部屋を飛び出した。廊下でコートを着なおしながら、窓から景色を見下ろす。時間が停止したような静寂。それは、シーグルス兄さんのクーデターとは真逆の、振動も何もかもが雪に埋もれた静寂だった。
城門の前で一筋の煙が上がる。その細々とした煙は静かに空に昇り、救援を求める狼煙があげられているようにも錯覚できる。
城の前に群がる群衆たちが唖然としている。僕は窓を開ける。強烈な冷気が顔中に降りかかる。はっかのような凍てついた空気を吸い込むと、立ちこめる煙が細く長い煙の集合体である事が理解できた。その煙は呆然とする兵士達の数だけあり、城門の前はまたしても、血塗られた氷雪に満たされていた。
凍てつく空気が動き出す。群れ成す群衆が逃げおおせる。大層騒々しく、一目散に、我先に。数人の死体はぼろ雑巾のように踏みつけられ、血飛沫に汚れた氷雪は城の高層からでも視認できる。点々と血の跡が続く先を辿ると、それは城の中へ続いている。一人の兵士が頭を割られ、額から血を流していたのだ。
全身に鳥肌が立つ。人々の叫びは直ぐに霧散し、兵士達は一人の介抱に必死になっている。
誰が悪いのか、何が起こったのか。僕は目の前の非常事態にただ困惑する野次馬そのものだった。
そして、僕が慌ててルプス達の無事を確認しに急ぐ中で、城は俄かに騒々しくなる。使用人と言う使用人たちが資料を山と積んで彼方此方へ動き、大臣達を起こして回る。事態を把握した大臣達が顔面蒼白で会議室へと急ぐ。血濡れの宮殿から彼方此方で早歩きの靴音が響き始めると、フランがスカートの裾をたくし上げて駆け寄ってきた。
「一体何事!?ねぇ、何が起こったの?」
「兵士が暴動を武力で鎮圧した。多分突発事象だ。直ぐに会議が招集されると思う」
盤石のガス灯が明滅する。慌てふためく議員たちと、乱雑にまとめられた資料の数々を運ぶ人々。兵舎は憎しみと激励の怒号に満ちる。停滞していたはずの時間が一気に動き始めた。
「まずはルプス達の無事を確認する。次にマトヴェイを探そう。彼は会議に参加するだろうから、今から会いに行っても時間がないはずだ。念のために、フランは部屋で待っていて」
「分かったわ。その間に情報を整理しておくわね」
フランは急ぎ動きにくそうなヒールで階段を駆け上がる。バランスを崩すことなく、芯のしっかりした動きではあったが、優雅さはそこになかった。
僕は兵舎へと急ぐ。雪道に点々と続く血の跡を追いかける。冷え切った空気に肺を満たされても、今回ばかりはそれに文句を言う余裕もなかった。
兵舎への入舎手続きを直ぐに済ませ、ルプスらを探す。傭兵団員は部屋の隅に屯しており、その中にルプスとサクレの姿もあった。
「皆さん、ご無事ですか!」
僕に気付くと、ルプスが手を挙げる。サクレは視線を逸らした。雰囲気も普段と変わりなく和やかなもので、兵士達の息の詰まるような沈んだ空気とは大分異なっていた。
「俺達は、まぁ、大丈夫だ。まぁあれぐらいの怪我ならあいつも何とかなるだろうよ」
ルプスが負傷兵に指を差す。頭を布で押さえた兵士がソファで項垂れている。痛々しい血が額から零れ落ちており、顔面も蒼白だが、意識はかなりしっかりしているようだ。
僕は一先ず安堵し、ルプスの向かいに座る。
「ありゃあ民衆が悪いぜ、あと指示を出し渋る上もな」
リラックスしたルプスは煙草を出し、一服の後に煙と共に吐き出す。どたどたと騒ぐ兵士達によって隅に追いやられたのか、傭兵達は暢気に椅子に腰かけながら、あれこれと治療薬を運ぶ兵士達を興味なさげに眺める。
「それよりも大丈夫かよ。この国、一発の発砲で領主の首が飛びそうだぞ?」
ルプスは煙草を速めに消火し、残った主流煙を吐き出す。タバコ特有の臭いが僕に襲い掛かった。
「こればっかりは僕にもどうにもならないよ……。取りあえずみんなの無事を確認したから、少し状況を確認したら戻るね」
「そうしろ、そうしろ。こんなところにいたら気が滅入るぜ」
ルプスはバタバタと綿を運ぶ人々を流し見する。兵舎には消毒液の臭いがおおいに充満している。
「それじゃあ、サクレを宜しくね」
僕が立ち上がると、ルプスは手を挙げて答える。彼が直ぐに煙草を取り出すと、団員の一人がそれを拾い上げ、僕に了解の合図を送る。僕は小走りで兵舎を後にし、フランの待つ自室へと向かった。




