ビロードの毛皮を求めて 15
雪が光を反射し、恵みある大地のきらめきをより一層美しいものに変える。世界の光を集めたかのような空間の中に、光源として灯る光の結晶。その一つ一つが美しい光の砂となり、つまらない石畳に輝きを添える。
その上に続く陳腐なブーツの足跡。誰一人その輝きに気づく事なく通り過ぎていく。そして、下世話な話をしながら談笑する隣の男が、いつになく快活に笑う。
辟易するような大声で、雪の輝く道を歩く。商売人に話しかけられれば、その舌の回る事、回る事。政府の話とあいなれば、商売人も楽しそうに愚痴を漏らす。貴族の税がやれどうの、職人の給与がやれどうのと。世間話が過ぎ去れば、齧ったチーズの大部分を、隣の男が私に放る。放り投げられたチーズの端だけを千切って齧り、後は帰りのお愉しみに。
街並みは今も輝く床に似合わず群れ成す毛皮の人々に踏みにじられる。隣の男は、髭を生やした男に、ビアグラスを掲げて腕を回す。鬱陶しそうにする男に酒を勧めるとあっさりと応じる。酒を酌み交わせば芽生えた友情の下に、政府の悪口が飛び交う、飛び交う。隣の男は政府が擁護する貴族の話をすると、髭面は赤らめた頬で豪快に笑い、教会で冬ごもりする鼠の話で盛り上がる。爛々と輝く瞳は氷雪の美には向けられず、タダでもらった二杯のビールに向けられる。蒸留酒ばかりの酒の席で、アルコールのきつい臭いを放ちながら騒ぐ昼下がりの男二人。私は塩辛い肉や甘辛い魚をつまみ食いし、彼らの話を聞かなかった。
道に戻ると乞食の群れに遭遇する昼下がりのムスコールブルクでは、足跡の分だけ溶けた雪がぐじゅぐじゅと皮の靴を濡らす。町に繰り出すと今度は乞食の群れに紛れた隣の男は、私からチーズを奪い取ると、それを分け合ってゴミ拾いの男達に寒さをアピールする。乞食は負けじと自分たちの困窮を嘆き、瞳を輝かせて私の方を見た。チラチラと視線を感じて私が目を逸らすと、その度に、商人達との下世話な話の為に買い集めた食べ物の余りがバスケットから消えて行く。乞食は腹を満たし、益々饒舌になる。バケツの中に溜まったゴミは収集車に放り込まれ、天秤に見合った小銭が渡される。満足に腹を満たせるものでもないのだが、彼の饒舌はますます加速した。
私達を囲い込んだ乞食達は教会での有り難い説教がまるで役に立たない話と、プロアニアから来たマスメディアの文化がまるで自分達には無関係で、文字など必要ないと言った話を自信ありげに話す。貴族はどうのなどと言おうとしても、金持ちのことはわからないの一点張りだ。ただただ彼らは自分達がいかに優れているか、如何に不必要なものを排除してきたかをなりふり構わず話し続ける。静かな昼下がりの肌を切る冷たさも、彼らの素足はまるで動じる事もない。
町は夕焼けに染まる。乞食と別れ、金持ちたちと世話話をする。彼らは金より陽気なピエロをご所望のようで、隣の男は今度はおどけた噺家に化ける。道行く人の中に教会に群れ成すものが現れると、金持ち男は顔を顰めた。すかさずピエロは自分に注目を向ける。金持ちが議員になれる話をすると、金持ちは市の運営の話を始める。市の議会に参加した感想をつらつらと述べたかと思うと、今度はその議会に出てくる主教の寛容な様を語り出す。かつては金の話、そればかりだった元司教たちは、今では教育の重要性を訴える名士となったのだという。ピエロは先ほどの乞食の自慢話を、いかにも彼らが愚かなように伝えると、金持ちは口の端で笑い無能に学は要らないと教説する。金の計算、政治の話はどれも専門的で頭の痛くなるありさまで、ピエロはつらつら見解を述べる金持ちにこれっぽっちも関心を示さずに、死んだ目で大仰にほめたたえる。ひとしきり政治の話を終えると、金持ちは足早に馬車に乗り込み、雪解け水にぬれた街路を駆けていく。
沈みゆく夕陽と共に傲慢な男を見送りながら、隣の男ルプスは小さく舌打ちをした。
「どいつもこいつも勝手だな」
白い息は煙草の副流煙のように空を舞い上がる。キセルのない煙に背徳感は無かった。
「それは貴方も同じでしょ」
私はそっぽを向く。繋がれる事に慣れてしまい、奴隷のように扱われるのは御免だ。
「悪かったって。タダ飯で勘弁してくれよ」
ルプスは片手で謝罪のジェスチャーを取る。私は胸につっかえる何かを吐き出すように、白い息を思いきり出した。
「私も、勝手だった……」
私は俯く。散々自分自身で作り出した幻想に踊らされ、渡してもらった絵の価値を理解できないで恨み続けた。その軽率さが、白銀の世界に至ってから、一点の染みになっていた。
それでも、原因はあの人で、騙されていたとしても、簡単にその事実を拭い去る事は出来ない。雪解け水が石畳に染み込み、空を行く白い雲が城壁に阻まれた薄暗い道を益々暗くする。輝く陽光は沈み行き、茜色の空は徐々に群青に染まる。
「一度染みついたイメージは簡単に消えねぇ、ってか?」
ルプスは私の顔を覗き込む。幼さの残る精悍な顔つき、栗色の髪はがさつでごわごわしていて、同じ色のフランお姉ちゃんとはまるで違う。それなのに、同じくらいに綺麗なように思えて、目を逸らす。白く暖かい息が顔に当たる。エルドよりもずっとがさつな姿勢で、男らしい姿勢で、私をまじまじと見つめる。無意識なのが、とても嫌らしい。
「そうだよ。私が悪い女だっていうのなら、その通りだよ」
復讐に狂った女の喜劇を、今は見ていられないだろう。革命前夜の賑やかしに、ミトラを被った犬を蹴飛ばす民衆の姿が背後に映る。
「人に良いも悪いもあるかよ。いい奴っていうのは、その枕に「俺にとって都合の」ってつくもんだろ」
ルプスは真剣な表情で言う。繋がれた鎖がじゃらりと鳴いたかと思うと、私の目の前にルプスの腕が現れる。私と手錠でつながれた、筋肉質な腕だ。
「まぁ、俺にとって、お前は悪い女だけどな」
彼は、無邪気にくしゃりと笑う。罵倒されているのに、一瞬心臓が高鳴る。彼は私から顔を背けると、腰を伸ばし、「ふぅぅ」と、疲れた息を漏らした。
「じゃ、帰るか。まぁまぁ、いい飯が食えたしな」
空は群青に覆われる。道行く人々の表情も和やかなものに変わる。乞食がパンを弄ぶ。
そんな眩しい笑顔で、私を見ないで。




