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告発の行方

 それからの三ヶ月は怒涛のように過ぎていった。

 ジョン・イングラムは裁判にかけられた上で処刑が決まり、現在は王都の地下牢に繋がれている。シェイラが家から持ち出した連判状に名を連ねた貴族にも例外なく厳罰が下り、芋づる式に10名以上の貴族が捕まった。肝心のベンターは、この事件への関与を否定し己の潔白を主張した。曰く、信奉者による暴走だと。シェイラからしてみれば噴飯ものの厚かましさだがベンターの関与を示す証拠は見つからず、結局支持者の監督が不十分だったとして辺境地ネベルタ城へ監視付きで幽閉されるに留まった。

 貴族社会を巻き込んだ大スキャンダルは国中の耳目を集め、連日事件の続報が新聞の一面を賑わせている。


 あれから、シェイラは兄夫婦の家に身を寄せていた。

 レオンハルトとの婚約が破談となり、シェイラが頼れるのは兄以外にいなかったのだ。公爵家を出たその足で兄の家へ向かい、正直に自分がしたことを打ち明けた。

 兄アルフレッドはシェイラの話を聞き終えた後、一言「ここにいればいい」と言ってくれた。それ以上何も言わず、シェイラに屋敷の一室を与えたのだった。

 アルフレッドの妻であるアンネもシェイラを温かく迎えてくれた。二人に受け入れられたその日、安心して力が抜けたのか、ぼろぼろと再び泣きはじめてしまったシェイラをアンネはずっと抱きしめてくれた。


 アルフレッドが拒まなかったのは意外ではあったが、本当にありがたかった。追い出されれば修道院に行くしかないが、それは危険だと分かっていたからだ。

 裁判で証言台に立つ可能性のあるシェイラを排除したい貴族は少なからずおり、そうでなくても恨みを買っている恐れは十二分にあった。人の出入りがそれなりにある修道院ではいつ狙われてもおかしくない。アルフレッドの家にいる間、シェイラは出廷を覚悟していたが、結局裁判が終わるまで彼女が証言を求められることはなかった。法廷で親子対決とならずに済んでよかったというべきか。代わりに法廷や貴族院で弾劾の先鋒となったのはレオンハルトの父エリオット・スペンサーだった。


 今やスペンサー家は王家の忠臣として、輝くばかりの権勢を誇っている。シェイラとレオンハルトが婚約していたことを理由に、スペンサー家を中傷する者は表向き存在しなかった。


 一方、イングラム家は凋落の一途を辿っていた。現当主は国家反逆罪により処刑が決まり、当主に継承される爵位は全て剥奪された。ジョンの裁判が始まった途端、シェイラの母セリーナは早々に愛人の家に逃げ出してしまった。


 アルフレッドには、母方から継いだ子爵位のみが残った。彼の妻は伯爵家の相続人だが、夫が妻の爵位を名乗ることはできない。二人に子供が生まれれば、その子が伯爵位と子爵位を継ぐことになる。彼らの子供の代まで醜聞がつきまとう事を考えるとシェイラは罪悪感に襲われるが、客観的に見れば爵位があるだけ幸運といえよう。


 婚約破棄以降、シェイラの元には週に一度、レオンハルトから手紙が届けられていた。彼女はレオンハルトとのすべての縁が切れたのだと思っていたのだが、意外にもレオンハルトの方はシェイラとまだ関わりを持つ気があるらしい。

 手紙には毎回事件の経過とシェイラの体調を気遣う内容が記されていた。困ったことはないか、食事は取っているのかと婚約していた頃よりまめまめしい。最後はいつも「君の勇気に敬意を」という一文で締めくくられていた。レオンハルトが気にかけてくれているという事実がどうしようもなく嬉しいのに、彼との結婚の夢が潰えたことを読む度に思い出して切なかった。


 レオンハルトのこと以外にも考えなければいけないことは多かった。とりわけ今後の身の振り方について、いつまでも目を背けるわけにはいかない。政略結婚の駒にもなれぬシェイラが、いつまでも兄夫婦のやっかいになるのは心苦しかった。彼らは否定するだろうが、新婚夫婦の家庭に小姑がいては迷惑だろう。ほとぼりが冷めたらやはり修道院に入るしかないだろうか、と悩んでいた頃。意外なところから手が差し伸べられたのは、兄の家に来てから一つ季節が変わろうとしていた時期だった。



「私が第一王女殿下の侍女に?」

「ええ。妃殿下が貴女をご指名だそうよ」

 にっこりと微笑んで言う義姉アンネに、シェイラは当惑の色を浮かべた。


 夏のある昼下がり、部屋に引きこもってばかりは体に悪いと庭に連れ出されたシェイラだが、庭に用意されたティーカップに手をつける前にアンネから意外な話を切り出された。シェイラに第一王女クリスティーナ付き侍女として出仕の話があるという。


「……なぜ私なのでしょう?」

「あら、本当にわからない?」

「……私がお父様の罪を暴いたからですか」


 それ以外にシェイラの存在が認識される理由が思い当たらない。そもそもの告発者がシェイラであるという事実は公にはなっていないが、レオンハルトのスペンサー家が陰謀の証拠を提出したとあっては、誰が証拠品を持ち出したかなど明白だった。元より国王陛下夫妻には全ての事実が伝えられているのだろう。


「そうよ。陛下も妃殿下も、貴女のことを大層買っているそうです。クリスティーナ殿下の側に信頼のおける者を、ということでしょう」

「ですが、私は罪人の娘です」


 まだ事件の余波が残る状況で首謀者の娘が王族付きの侍女になるなど許されるはずがない。王妃が許しても側近達が反対するだろう。

 強張ったシェイラの顔を、アンネは真面目な顔つきで見つめる。色素の薄いブラウンヘアーにサファイアのように青い瞳を持つ美しい義姉。少し気の強そうな吊り目がちの瞳が、真っ直ぐにシェイラに向けられていた。


「お義父様がしたことは決して許されるものではありません。我がイングラム家にも今後も影を落とすでしょう。ですが、そのことと貴女自身の資質とはなんの関係もないのですよ」


 はっきりとそう告げられれば、シェイラの方が間違った事を言っている気になるから不思議だった。


「シェイラ。貴女は身分も贅沢な暮らしも投げ打って国の為に尽くしたのです。それは誰にでもできることではありません」


 その声色から真にシェイラを労っていることが伝わってきて、泣きそうになる。


「妃殿下もその事を分かっているからこそ、貴女を是非にと望んでおられるのです。それに、これは私の推測ですが、貴女の名誉を守ろうとして下さっているのではないかしら」 

「私の名誉、ですか?」

「ええ、お義父様には厳しい処罰を与えねばならないけれど、王家に尽した貴女が不遇になる事は望んでいらっしゃらないはずよ。クリスティーナ殿下付きの侍女になれば、貴女個人へは王家の信が厚いと対外的に知らしめることができるのではないかしら」

「それは、そうかもしれませんが」

「妃殿下は何か貴女の労に報いたいのではないかと思うわ。ねえシェイラ、貴女もう結婚する気はないのではなくて?」


 突然話の矛先が変わって、シェイラの紫の瞳が戸惑いに揺れる。


「する気もなにも、私と結婚しようという殿方はいないでしょう」

「確かにイングラム家の醜聞は結婚するには二の足を踏ませるでしょうけど、貴女の人柄が分かれば障害を乗り越えてくる男性は必ず現れるわ」

「まさか。ありえません」

「貴女はもう少し自分を客観的に見られるようにならないといけないわね。貴女は素敵な女性よ。気立てもいいししっかりものだし、それにこれからもっと綺麗になる」


 結婚前は社交界の華とまで言われた義姉に真顔で言われ、シェイラは視線をうろうろと彷徨わせた。

 正直に言って、身内びいきに過ぎると思ったのだ。


「こんな私を望んでくれる方がいるなら、嫁ぐことが家のためなのでしょう。でも、私はもう……」

「家のためなどと考えなくていいの。今は無理でも、いつか結婚したいと思える日がくるかもしれないわ。だからどうか未来を諦めないで。私もアルフレッドも貴女に幸せになって欲しいの」


 本当にシェイラは結婚など望んでいない。いつか誰かと結婚したいと思える日がくるとも思えなかったが、本気でシェイラを心配しているアンネに反論することもできずに口を噤んだ。

 結婚の話を別にしても、出仕の話は魅力的だ。イングラム家の汚名を雪ぐ一助になるかもしれない上、修道院行きを覚悟していたシェイラにとって願ってもない話といえる。

 シェイラの決断は早かった。


「ーーわかりました。お義姉様、この話お受けします」


 そう告げると、アンネは満足そうに微笑んだ。

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