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港湾都市レージュ

 救出作戦から一夜明けて、反乱軍の男達が用意したのは大型の幌馬車ほろばしゃだった。

 この馬車は、シェイラ達全員が乗ってもまだ余裕がある。人ではなく荷を運ぶためのもので、席もないので乗り心地は最悪に近いが、急遽用意されたと考えれば上出来だった。

 これを貰い受けて本当にいいのかと、レオンハルトが尋ねると、男はニヤリと笑った。


「詳しいことは言えないが、資金を提供してくれる方がいるのさ」


 俺達の金じゃねぇから心配するなと言われ、ありがたく受け取ることになった。


 馬車を使えばレージュ港までかかる日数は、3日。政府軍の待ち伏せを警戒して途中の街や集落を迂回しながら進んでも、5日で着くだろうとバーナードは算段をつける。


 反乱軍の男達に別れを告げ、ひたすらに南西の港町を目指す。港湾都市レージュは、ゴルゴナ最大の商港である。アルタニアをはじめとして他国との交易で栄えた都市で、この港からはアルタニア行きの船が多く出ている。このアルタニア行きの商船に紛れ込んで帰国しようというのが、バーナード達の計画だった。

 日の出とともに馬車を走らせ、日中はひたすら距離を稼ぐ。日が沈めば、途中の森や林、岩場に潜んで夜を明かした。

 政府軍に見つからないように、夜になっても火はおこせない。この季節、温暖な気候のゴルゴナであっても夜は急激に冷え込んだ。シェイラはありったけの衣類を着込み、丸くなって暖を取る。それでも、あまりの寒さに何度も夜中目が覚めた。


「これは?」


 レオンハルトから差し出された布の束を見て、シェイラは小首を傾げた。隠れ家を出て、三日目の朝。


「彼らの軍用毛布だ。シェイラに使って欲しいと」


 ちらりと兵士達の方へ視線をやってレオンハルトが答える。女性のシェイラに野宿は辛いだろうからと、彼ら自身がレオンハルトに渡したものだった。意味を理解して、思わずシェイラは声を上げた。


「う、受け取れません!」


 毛布は兵士一人につき一枚だけ支給される。それをシェイラに与えては、彼らが凍えてしまう。

 実は昨日もレオンハルトの上着を渡されたばかりだった。誰が見ても明らかなほど周りに心配をかけていたことが情けなかったが、彼らがシェイラの為に心砕いてくれる優しさが胸に染みた。

 結局、シェイラは一人一人にお礼と共に毛布を返しに回ったのだが、毛布を返されて残念そうな顔をされたのが印象的だった。

 兵士たちにとってもこの環境は過酷なものであるはずだった。それでも、厳しい状況にあって、他者に優しさを分け与えようとする彼らにシェイラは心の底から尊敬の念を抱いた。


「本当に、ありがとうございます」


 レージュへの到着を翌日に控えた四日目。皆で早めの夕食を取る中、シェイラは深々と頭を下げた。

 突然頭を下げられて、彼らの顔に戸惑いが浮かぶ。そんな中、口を開いたのはダグラスだった。


「なんだよ。藪から棒に」

「一緒に来ていただいたこと、感謝してもしきれません。ちゃんとお礼を言ってなかったと思って」


 シェイラの言葉に、その場にいた面々が顔を見合わせた。


「あんたが礼を言う必要はないんだぜ。俺達は兵士として当然のことをしたまでだ」

「……それでも、助けていただきましたから」


 ぽりぽりと頬を掻きながらそう言ったのはホレスという強面の兵士である。

 彼らが国の為、王家の為に囮役に志願したのは分かっているが、シェイラは感謝の念にたえない。シェイラの知るだけでも、バーナードは身重の妻を、ダグラスはシェイラと同じ年の娘をアルタニアに残して来ているのだ。決断は簡単な事ではなかっただろう。


「いやあ、こんな若いお嬢さんに感謝されるっていいもんですね」


 照れたようにギリアムという若い兵士が言う。


「でも俺達の方もシェイラ嬢が一緒で良かったよ」


 にやっと笑ってそう言ったのはピートという兵士だ。彼はどこかニヒルな印象を与える男である。その言葉にうんうんと頷くのが、最後の一人ウーゴという名の兵士だった。ピートの言葉にシェイラはきょとんとした。足手まといと迷惑になった覚えしかないのだが。


「一度も弱音を吐かなかったろう。貴族の娘とは思えぬ根性だと皆で話していた」


 からかいを含んだ声でそう続けると、ギリアムもにこにこしながら同意した。


「不平不満を言われることほど気の滅入るものはないですからね。僕は彼女が軍用食を文句も言わずに食べていて驚きました。オートミールの味ときたら、あれは人が食べるもんじゃない」


 ですから僕らはあなたが一緒で良かったと思っていますよと微笑まれる。シェイラが迷惑をかけたことを気にしないよう言ってくれているのだと分かった。


「前にも言ったが、礼はアルタニアに着いてからだ」


 ダグラスの言葉にシェイラも「はい」と力強く頷いた。相変わらず味はほとんどしない食事であったが、その日の夕食は和やかな空気に包まれていた。


 翌日、目の前にレージュの街並みが見えてきたところで、馬車の後方を騎馬が三騎ついてくるのを、最初に見つけたのはギリアムだった。


「政府軍の騎馬です!」


 鋭い声ににわかに馬車の中が慌ただしくなる。


「このまま街に逃げ込むぞ! 後ろの騎馬を追い払え!」


 バーナードが叫ぶと、兵士達が銃をかまえた。レオンハルトも前方で馬車を操るピートの代わりに銃を構える。最初の発砲と、騎馬兵が左右に広がったのがほぼ同時だった。

 一騎の馬に弾が命中し、乗っていた兵士が落馬した。

 突然攻撃を受け、残りの二騎に動揺が走る。

 反撃をしようと相手の騎馬の速度が緩んだところを、馬車が速度を上げて距離を離しにかかった。相手の小銃から発砲された弾が車輪の真上の木枠にあたり、シェイラは息を呑んだ。

 それでもその後、政府軍の弾がシェイラ達の馬車に当たることはなく、政府軍の騎馬兵は報告のためか、いつの間にかシェイラ達の後方から消えていた。

 

「すぐに連絡がいくだろうな。兵を集められたら厄介だ。うかうかしてられん」


 バーナードの呟きに、疾走する馬車の中で全員が真剣な面持ちで頷く。

 レージュ港での長い一日が始まろうとしていた。

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