捜索隊長ミリアム・ベルトラン
シェイラ達が宮殿から脱出した日の昼過ぎ。
捜索の騎馬隊が宮殿を出発した。
クリスティーナ達の捜索指揮を任されたのは、ミリアム・ベルトランという若き中尉である。
30歳のこの将校は、冷静にして大胆。実力で現在の地位を固めた彼は、最初にこの追跡を命じられた際の違和感を、上官の前で出さないだけの思慮分別も持ち合わせていた。
捜索対象は、アルタニアの第一王女。彼女と行動を共にする者の中には武装した兵士が30名もいる可能性があるという。
何故、招かれた王女が宮殿から逃亡したのか。上官からの説明はない。
難題を押し付ける割に、詳細を伝えられないことが不満ではあったが、追跡理由に大方見当はついていた。
政府は王女を使ってアルタニアに援軍の要請をするつもりなのだろう。反乱軍の鎮圧に追われる中、一個中隊を出してまで探索する理由はそれ以外にないとミリアムは思う。
「これは?」
「ナヴィド補佐官より預かった。特別の許可証だ。臨時的に特権を与えると」
手渡された書類に目を通しながらミリアムが尋ねると、上官が説明を加える。
仕事がやりやすくなって結構だが、上層部は相当焦っているらしい。
「くれぐれも王女の身に傷をつけるなとの命令だ」
まずは王女の身柄の確保を最優先に、宮殿へ連れ帰れという。抵抗された場合、他の者については生死を問わないと上官は言った。
「分かりました。時間がありませんのでこれで失礼します」
部屋を退出すると、この後取るべき行動を頭の中で整理した。
アルタニア行きの船が出る4港での待ち伏せが、最も確実な方法に思われた。まずは早馬を出し、アルタニア行きの全ての船に検問を敷く。
次にクリスティーナとその供の者と思しき人物がいれば、足止めするよう港町の警吏に伝達をすること。人相書きをできるだけばら撒く。
街道の探索はその後だ。ドゥールから最も近いロワン港までは少女の足でも2日もあれば着いてしまう。悠長にしている時間はなかった。
急ぎ捜索隊を組織し、宮殿を出発したのはそれから二刻後。まずはドゥールから最も近いロワン港へ馬を走らせる。途中、部下の兵士とともに、クリスティーナらしき少女の姿を見た者がいないか聞き込みをしながら進む。
手がかりを得られぬままロワン港まで、その日の夜にはついてしまった。検問を敷くため先に到着していた兵士からも、クリスティーナが見つかっていないという報告を受ける。
ーーここではないか。
元よりそれほど期待をしていた訳ではなかった。ロワン港まで続く道に一切その痕跡がなかったことからも、別の港へ向かっている可能性が高い。
こういう時、焦らずじっくりと待つことも重要だとミリアムは知っている。
それから待つこと3日。ついに待ちわびた報告が入った。
クリスティーナとその従者によく似た一行が、南西の港町レージュへ続く街道に現れたという。
「特徴は?」
「少女の方は顔を隠していたそうですが、背格好は一致します。従者の一人は身長2メートルを越す大男だそうです。他にも金髪碧眼の若者が一人、10名ほどで街道沿いの宿屋に泊まったと報告が」
「他には?」
「少女は"ティナ"と呼ばれていたと」
「こちらの情報とも一致するな。よし、兵士をレージュ港へ向かう街道に集めろ。私もすぐ出る」
彼らの進度から馬を使っていない事が分かる。ここから馬を飛ばせば、今夜彼らが泊まる街に先回りできるかもしれない。
頭の中で素早くそう計算して、ミリアムは馬に飛び乗った。
馬に乗って駆けながら、ぞくりとする高揚感が胸を満たす。じわりじわりと獲物を追い詰めていく感覚がたまらない。
「では、各自の配置は指示の通りに。気づかれるなよ」
ミリアム達がレージュ港に続く街道沿いの街に到着したのは夕刻前。まだクリスティーナ達は姿を見せていない。
街にある3つの宿屋全てに平服に着替えさせた部下を配置した。クリスティーナ達が現れ次第、ミリアムに連絡、兵を集めて身柄を確保する手筈になっている。
「さて、どうなるか」
これで見つからなくてもまだ焦る必要はない。独り言のように呟かれた言葉を、耳にした者はいなかった。
***
斥候役の兵士がバーナードの元に戻った時、シェイラは足の痛みに耐えるのに必死だった。
「見つかったか。思っていたより早いな」
バーナードの言葉にレオンハルトも頷く。
昼過ぎに街の手前まで到着したシェイラ達は、わずかに距離の離れた林の中で斥候の帰りを待っていた。
斥候が偵察を終え街を出ようとしたちょうどその時、ミリアム率いる騎馬隊がやってきたのだった。彼の報告によれば、騎馬の数は三十。まだ増えるかもしれないという。
「可哀想だが、ここからは野宿だな」
ちらりとシェイラの方を見て、バーナードが呟いた。
歩き続けて4日。シェイラの両足にできた水疱は潰れ、今日にはついに傷口が熱を持ち始めていた。歩くたびに激痛を覚え、剥けた皮膚が膿んでじくじくと痛んだ。
会話を耳に入れながら、少し頭がぼうっとする。
「シェイラ、すまない。街で追手が待ち構えているらしい。今日はここで休むしかない」
レオンハルトの言葉に力なくこくりと頷く。足を休められればもはや何でも良いという気がした。
兵達が主導となって、野営の支度を始める。邪魔にならないようシェイラは隅の方へと移動して丸くなった。
レオンハルト達が黙々と作業を進める中、ふいに野太い男の声が響く。
「おまえ達、こんなところで何をしている」
その声に反応して、咄嗟にその場にいた兵士全員がマスケット銃を構え臨戦態勢に入ったのはさすがと言うべきだった。
「武器を降ろせ。さもないとこの娘を殺す」
男の手にした刃が、シェイラの喉元に付きつけられていた。
気がつけば、シェイラ達は十数人の男達に周りをぐるりと囲まれていたのだった。




