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国王公式誕生祝賀式典

 ゴルゴナへ来てから二週間が過ぎた。

 レオンハルトはここのところ、毎日のように街に降りている。それでいて関税交渉にも早朝から出席しているというのだから、一体いつ寝ているのかシェイラは心配だった。

 お互いの想いを確かめあった翌日、街から戻ったレオンハルトはシェイラに花を贈った。花束を差し出した時の、少し照れた顔が珍しく、シェイラもつられて頬を染める。


「なんだか恋人みたい……」


 花に顔をうずめたシェイラに、「恋人だけどね」とレオンハルトは笑った。

 シェイラのはにかんだ笑顔に、レオンハルトも目を細める。彼の選んだ花はどれもシェイラ好みのものばかりで、彼は本当に人の事をよく見ているとシェイラは感動した。

 一日の内の、仕事が終わってからのほんの僅かな時間を二人で過ごす。そんなささやかな時間がとても大切だった。


「ゴルゴナの滞在期間が短くなるかもしれない」


 この日も街での情報収集と、バーナードへの報告を終えた後、レオンハルトはシェイラにそう言った。告白以来、庭園の東屋が二人で過ごす場所になっていた。宮殿から離れた丘の上に建つここでの会話は、だれかに聞かれる心配がなかったからだ。


「市民の間に緊張が高まっている」

「早くアルタニアに帰った方がいいと?」

「局長にはそう進言したが。ただ関税交渉とラウール陛下の誕生祝賀式典が終わってからでないと難しいだろうな」


 三日後に迫ったラウールの誕生祝賀式典が、今回の訪問における最も重要な式典だった。

 

「どうも、街で噂を流して市民達を扇動しようとしている人間がいるようだ」


 政府と高等法院の対立。政府は悪で、高等法院は正義の味方だという分かりやすい話を市民達は信じている。


「何事もなければいいのですが……」


 不安な顔をするシェイラに、レオンハルトは手を伸ばし、そっとその頬に触れた。


「何が起こっても、君を守るから」


 低く、落ち着きのある声でシェイラの不安を和らげる。そんなレオンハルトに、シェイラも少しだけ微笑んで頷きを返した。ーー何事もありませんように。シェイラはこの時、心からそう思った。


 国王の公式誕生祝賀式典は、10月の最初の祝日に行われる。これは建国以来ゴルゴナの慣例で、国王の実際の誕生日に関わらず、毎年同じ時期に開かれることになっていた。

 この時ばかりは、身分の上下、老若男女問わず朝から晩までお祭り騒ぎとなる。式典前後の3日間は国中から人が集まり、ドゥールの街は活気に包まれるのだ。

 王の誕生を誰もが祝福し、街中に溢れる高揚感。祭りが市民のガス抜きにもなっていた。


 午前中は宮廷での祝賀式典が、午後は街中でのパレードが行われる。クリスティーナも一日中式典に参加することになっていたため、シェイラもエイミーも朝から準備に追われていた。


「よくお似合いです」

「ゴルゴナの人々もアルタニアに好印象を持つに違いないですわ」


 午前中の式典を終え、パレードを前にクリスティーナの身だしなみを整えた二人は口々に言った。

 シェイラとエイミーの言葉に、クリスティーナは嬉しそうに笑う。一国の王女として、外国の民の前に姿を見せる。クリスティーナは並々ならぬ気合いが入っているようだった。


「大丈夫です。殿下はいつも通り振舞えば、それで充分魅力的ですよ」


 シェイラがそう言うと、クリスティーナの肩から力が抜けたようだった。


「そうよね……。ありがとう」


 クリスティーナの笑顔に、シェイラも微笑んだ。まっすぐで心優しいこの王女を、シェイラは敬愛していた。


「さぁ、では参りましょう」


 パレードは白馬に乗った近衛兵の先導で行われる。正装したゴルゴナ軍隊と楽隊の行進。その長い行列の中を、ラウールの乗る馬車とクリスティーナの乗る馬車が、それぞれ間隔を開けて進む。

 二人が乗る馬車の屋根部分は取り払われ、遠くの市民からでも顔が見えるよう配慮されていた。


 可愛らしい少年王と、可憐な隣国の王女の姿に市民は大いに盛り上がった。


「国王陛下万歳!」


 道沿いに溢れんばかりに人が集まり、市民から祝福の歓声が次々に上がる。

 誰もが日頃の生活の苦しさを忘れ、この威容を誇る行進を眺めていた。やはり我が国は凄いのだ、隣国の王族が祝福に訪れるのだから。大陸に覇を唱える大国なのだと口々に囁き合う。

 シェイラとエイミーはこの行進に、箱馬車の中から参加していた。同じ馬車にはオリヴィアとアルタニアの衛兵も乗っている。


「凄い人出だわ。じっと見られているって緊張しちゃう」


 馬車の外に手を振りながらエイミーが言うと、オリヴィアが微笑んだ。


「市民達には我々がどういう立場の人間かまではわかりませんから、気楽にやればいいんですよ。可愛いお嬢さんから笑顔で手を振られれば、大抵の人間は悪い気はしないものです」


 だからにこにこしていれば大丈夫ですと、オリヴィア自身も外に手を振っている。オリヴィアの告白以来、シェイラは何となく気まずい思いを抱いていたのだが、これまでと変わらないオリヴィアの態度に、シェイラもいつも通り振る舞うよう心がけていた。


 クリスティーナの後方を、付き従うように進んでいた馬車が、突然止まった。どうやら、前の方で騒ぎが起こっているらしい。

 衛兵が、さっと馬車を開けて外に出たので、シェイラ達も思わず外に目をやった。


 前方を見れば、襤褸ぼろをまとった若い女性が、ラウールの馬車の前に転がり出ていた。骨と皮だけのようにがりがりに痩せ、髪は泥がついて汚れている。ギョロリとした目がやけに印象的で、鋭く前を睨みつける様は、さながら幽鬼のようだった。沿道に集まった市民も、突然のことに息を呑んで成り行きを見守っている。

 数人の兵士に取り押さえられながら、尚も女は声を上げた。


「この人殺し!」


 女が口にしたのは、晴天にあまりにも不釣り合いな、怨嗟えんさの叫びだった。

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