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少年王への謁見

「ラウール・ドゥ・ゴルゴナと申します。皆様の滞在を歓迎いたします」


 緊張した面持ちで口上を述べたのは、御年おんとし7歳の少年王だった。

 本人はきりりと表情を作っているつもりなのだろう。真剣な表情が逆に可愛らしく、威厳よりも愛くるしさが先に立つ。

 一行は昼過ぎにゴルゴナの宮殿に到着すると、すぐに謁見の間へと通された。頭上には豪奢なシャンデリアがきらめく、白大理石造りの豪華絢爛な広間である。

 五段高い位置に座るラウールの後ろには、王家の紋章である双頭の鷲が描かれていた。


「アルタニア国第一王女クリスティーナと申します。お見知りおきくださいませ」


 練習を積んだ完璧な発音で、クリスティーナはゴルゴナ語の礼をとった。可憐な王女の挨拶に、場の雰囲気が一気に華やぐ。


「これは、素晴らしい挨拶をありがとう。このように可愛らしい方を王女として戴く国は幸福だわ」


 そう言ったのは、ジャクリーヌ・ドゥ・ゴルゴナ。ラウールの母である。25歳の若き太后は、儚げな印象の麗しい女性であった。

 3年前、前王が崩御し、弱冠4歳のラウールが玉座についた。政治に疎いジャクリーヌと、幼年の王が実際の政務を執るわけにもいかず、実質国政を取り仕切っていたのは宰相であるカロンだった。 


「申し訳ありません。宰相は病気で臥せっておりまして。今は私が代理で政務を執っております。――申し遅れました。補佐官を務めております、ナヴィド・バルトリと申します」


 穏やかな声でナヴィドが口を開く。

 年齢は30代半ばで、黒目黒髪に痩せぎすの身体。取り立てて特徴のない容姿だが、唯一、目を引くのは猛禽類を思わせる鋭い目元である。この眼光がなければ、凡庸という印象を見る者に与えるだろう。


「まあ、ご病気とは。お加減はいかがなのですか?」


 最初の挨拶が終われば、やり取りは通訳を介して行われる。

 クリスティーナはナヴィドの言葉に質問を返した。


「徐々に回復の兆しが出てきていると聞いております。一度領地にお戻りになり、静養なさっておいでです」


 嘘を言っているようには見えないが、政治家が容易く本心を見せるはずもない。クリスティーナはそれ以上の追及をやめ、ラウールに向き直った。


「ラウール陛下。明日はわたくしどもの為に舞踏会を開いていただけるとのこと、お心遣いいたみいります」


 クリスティーナが感謝を述べると、ラウールは「うむ」と嬉しそうに笑う。

 既に最初に作った表情は崩れ、あどけない素顔が覗いている。


「旅の疲れもありましょう。どうぞ、しばらくはゆっくりと部屋でお寛ぎください」


 ナヴィドの言葉に、礼をとって一行は退出した。



 ゴルゴナはアルタニアの南東に隣接する王国である。国境を接しているにもかかわらず、道程が航路だったのは、二国の間に広大なペルデュ山脈が横たわっているからだ。昔から船での往来が盛んで、あえてこの大山脈を越えようとする者はいない。

 アルタニアと比べて一年を通して暑く、人々は総じて日に焼けている。日差しを遮るための糸杉が道沿いに連なり、アルタニアにはない風景を作っていた。


 王への謁見を終えた後は、旅の疲れを癒すべく部屋に下がることになった。

 クリスティーナには、国賓や公賓の訪問時にのみ使われる特別な居室があてがわれた。壁には金糸の飾り紐で縁取られた青いダマスク織が張られ、調度品の至る所に金が使われている。ベッドやカーテンにも金糸が縫い込まれ、天井には謁見の間と同じ双頭の鷲が見下ろすように彫り込まれていた。

 贅の限りを尽くした内装に、シェイラだけでなくクリスティーナまでもが溜息を漏らす。


「素晴らしい調度品ばかりだわ。アルタニアと国力はそれほど変わらないはずなのに」

「……私もそのように学びました。何かゴルゴナ王家には特別な収入源があるのでしょうか」


 クリスティーナの言葉に、部屋を見回しながらシェイラは頷きを返す。答えを持つ者はこの場にはいなかったので、自然と三人の話題は明日の舞踏会へと移った。


「明日は二人も舞踏会に参加するのよね? 準備はゴルゴナの侍女たちにやってもらうのかしら」


 歓迎の夜会には、シェイラとエイミーもアルタニア貴族として参加することになっていた。

 クリスティーナが尋ねると、二人はさっと顔を見合わせた。エイミーがおずおずと口を開く。


「そのことなのですが、明日は私もシェイラも夜会を欠席しようと思うのです」

「なぜ?」


 クリスティーナが驚いて聞き返すと、エイミーは真剣な面持ちになった。


「スペンサー伯爵の言葉が気になるのです。殿下の御身にゴルゴナの侍女が触れる機会を与えたくはありません」

「明日は私達で殿下の支度をしようと、二人で話し合いました」


 とかく、夜会の支度には時間がかかる。シェイラとエイミーが揃って夜会に出席するならば、クリスティーナをゴルゴナ側の侍女に任せざるを得ないのだ。

 エイミーとシェイラの言葉に、珍しくクリスティーナは反論した。


「それは駄目よ。レオンハルトだって、あからさま過ぎれば警戒心を与えると言っていたじゃない」

「ですが」

「それに、今回の目的は両国の友好を示すためのものよ。国を代表している私達がそのような態度では、ゴルゴナの人々が不信感を持つでしょう」


 クリスティーナの言い分ももっともなのだが、だからといってシェイラ達も譲れない。


「ではせめて私達が交代で支度をしますので、必ずどちらか一人はお側にお置きください」

「ーーそうね、それならいいわ」


 シェイラとエイミーは顔を見合わせ安堵の溜息をついた。

 滞在期間は一ヵ月。その間クリスティーナの安全を守り抜こうと、二人は目線で語り合った。

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