第十一話 バレテーラ!
なんか説明回みたいになった気がする。
「どうだ。何か妖しい動きは有ったか?」
明け方、ギルド長は戻った部下にレオンの調査結果を尋ねる。
「どうもこうも有りませんよ!何なんですかあの男はっ!一直線に娼館に向かって、娼婦相手に次から次へと!」
「娼館に?」
「ええ!監視しているこちらの気も知らずに!朝までズコズコバコバコと!分かったのは好色で絶倫という事ぐらいです!」
珍しく感情的だなと思いながら報告を聞くギルド長。余程鬱憤が溜まっているらしい。徹夜のせいも有るのだろう。普段は美しい双眸が心なしかどんより濁っているようにも見える。
「まあ落ち着け。」
「はい、すみません…」
興奮する部下を宥め、報告を促す。
ミリアナが語ったのはレオンがギルドを出て直ぐに娼館へ向かった事。娼館で多数の娼婦を買いまくっていた事。朝まで娼婦と交わっていた事だ。
「やはり只者ではないな。」
意外にもギルド長はレオンをそう評する。
「何故です?好色なだけではないですか。」
「いや、一晩中腰を振る体力と精力は男として羨まし…」
「あ?」
「…ゴホン……考えてもみろ。貴族が通うような高級娼館で、店中の娼婦を買い上げるのに一体幾ら掛かると思う?」
「そういえば…確かに。」
レオンが散々遊びまくった高級娼館は、並みの冒険者なら一度で月給が吹き飛ぶような額が掛かる。そんな場所で店中の娼婦を買うような真似は、Dランク冒険者にはまず不可能だ。
「シーダ様に無心したのでは?」
どうしてもレオンが傑物とは認められないミリアナ。
娼館で見てきた彼は間違い無く好色なだけの俗物だ。娼館の支払いはシーダが行ったのではないだろうか?。
「その可能性も有るが、レオン殿の非凡さは既にお前自身が証明しているのだ。」
「は?」
首を傾げるミリアナの背後に回り、ギルド長は部下の背中に貼り付けられたら紙を引き剥がす。
そこには…
m9(^Д^)プギャー
「こ、これはっ!?」
「文字…いや、顔か。体よく遊ばれたようだな。」
紙には奇妙な落書きがされていた。
「いつの間に…!?」
貼られた事に全く気付かなかった。それどころか自分はずっとレオンを見張っていた筈だ。背後を取れる訳が無い。
「一体どうやって…」
「これを見ても凡人と言えるか?」
「きっと他に協力者が居るのかもしれません!」
自分の背後を取れる程の手練れが、あんな男の訳がない。ミリアナは戦闘ではBランク程度だが、隠密行動ならAランク冒険者にさえ発見されない自信がある。
「どちらにせよ、お前の監視には気付いていたという事ではないか?」
「…う……」
ギルド長の指摘に返す言葉が無かった。
まさか自分の諜報技術が通用しないとは夢にも思わなかった。その上こんなふざけた悪戯まで仕掛けられるとは。完全に相手をなめて掛かったが故の失態である。
ミリアナは己の油断を恥じると共に、レオンに対する怒りがふつふつと湧き上がる。あの男は知らない振りをしながら自分を弄んでいたのだと。
チラリ…
m9(^Д^)プギャー
「ムキィイイー!!」
怒りに任せて紙を引き千切る。
何とも憎たらしい顔文字が、ミリアナの精神を逆撫でするのだった。
レオン一行が依頼を受けにギルドを訪れたのは、ミリアナが発狂してから約三時間程経ってからだった。
その頃にはミリアナも冷静さを取り戻し、秘書としてギルド長と共に対応に当たった。予定通りAランク相当の仕事をレオンに依頼する。
「キングスケルトンの駆除?」
「はい。本来はBランク相当の依頼ですが、複数体確認されていますので、こちらでAランクと判断させて頂きました。」
キングスケルトンとはスケルトンの上位種である。
スケルトンは遺跡や洞窟などで死んだ人間の白骨が魔物化したものだが、死体の数が多いとそれらを取り込んで進化する。それがキングスケルトンだ。
今回は落盤した廃坑に発生したらしく、依頼主はその周辺の領主だ。
「ん?でもAランク?Sランクじゃないのか?」
「Sランクというのは通常、Aランクを積み重ねる事で成るものですので。例外として余程の手柄、若しくは相応の力を評価されれば成れますが、Sランク級の依頼そのものは滅多に有るものではありません。」
「成る程。」
「あと、正確な実力を測るため、この依頼はレオン殿単独で行って頂く事になりますが……宜しいでしょうか?」
どうだ?出来無いだろう?と、表情は変えぬまま内心毒づくミリアナ。
「ああ、いいよ。」
しかしレオンは拍子抜けするほどあっさりと承諾する。未だに彼の凡人説を捨てきれないミリアナの予想は大きく裏切られた。てっきり躊躇うか断ると思っていたのに。
手続きを終えるとレオン達が執務室を去っていく。
「受けたな。本当に実力者なのではないか?」
「まだ分かりません。シーダ様に戦わせておいて、自分が倒した事にするつもりかもしれません。若しくは他に協力者が居るのか。」
「そうだな。確かにシーダ様ならばキングスケルトン程度敵では無い。本当にレオン殿が単独で依頼をこなせるか見届ける必要が有るな。」
ギルド長は再度レオンの監視をミリアナに指示し、リベンジに燃えるミリアナもそれを了解した。
「フッフッフッ…今度は油断しませんよ!見てなさいレオン・アッシュランド!」
「いや、見られたらダメだろう。」
部下の様子に一抹の不安を覚えるギルド長であった。
依頼を請けたレオンは従者に別れを告げ、件の廃坑を目指す。当然後ろを監視役のミリアナが追い掛けているのだが、彼女はレオンの進行速度に舌を巻く。
「意外にペースが速いですね。」
レオンの歩みは林道に入ってからも速度が落ちなかった。道は険しいという程では無いのだが、場所によっては段差もキツく坂も急だ。
「ハァ…ハァ…娼婦とあれだけ致して…良く歩けますね…」
レオンは昨晩娼婦相手に朝まで腰を振っていた。普通の男ならば腰が立たず、今頃爆睡していてもおかしくない。そういえば自分も昨晩は徹夜だった事を思い出すミリアナ。普段より疲労が激しいのはその為だろう。
日が暮れ始めると、レオンは周囲を見回る。どうやらここを夜営場所にするつもりらしい。
さて、どうするつもりだろうか?夜営は冒険者ならば必要不可欠な能力だ。ミリアナは木の上に登り、レオンの様子を窺う。
「ここで良いか。」
「なっ!?」
ミリアナは自分の目を疑う。レオンが手をかざした瞬間、そこにはベッドや調理道具、暖炉などが一式、光と共に現れたのだ。レオン曰わく、【お泊まりセット】である。
更に何処からともなく食料を取り出し、調理に取り掛かる。
半時もすると辺りには食欲をそそる香ばしい匂いが立ち込めた。
「ゴクリ…」
美味そうな匂いに喉を鳴らすミリアナ。彼女の食料といえば、用意してきた携帯用の乾燥パンと干し肉だけだ。
テーブルまで取り出し、レオンは料理を配膳していく。だが、それらは何故か二人分であった。
「完成!ふははははっ!完璧ではないか我が調理は!見たかリディ!俺もこれくらいは出来るんだぞ!」
王都で別れたはずのメイドに向かって一人高笑いを決め込むレオン。
「……虚しい。やっぱり食事は誰かと食う方が良いな。」
レオンが呟いた瞬間、ミリアナの視界から彼の姿が消え失せる。
「え?一体何処に…」
「一緒に食事でもどうですかお嬢さん?」
「なぁっ!?」
探し人は意外過ぎる程近くに居た。一瞬で自分の背後に現れ耳元で囁いたのだ。
突然の事に動揺したミリアナは、不覚にも足を踏み外してしまう。
「キャアアアァー!」
「ありゃりゃ?」
レオンは落下するミリアナを受け止め、抱きかかえて下に降りる。
「あ、ありがとう御座います…。」
「どう致しまして。」
慌てながらも何とか礼を言うミリアナ。まさか監視対象に見つかり、助けられてしまうとは一生の不覚である。
しかも監視がバレたという事は、自分達がレオンの実力を疑っていると言っているようなものだ。気まずいことこの上ない。
しかしレオンは差して気にした様子もなく、料理を置いたテーブルに着く。
「取り敢えず食べない?」
「い、頂きます…」
ミリアナは反射的に頷くのだった。
食事を終えたところで、ミリアナは意を決して話を切り出す。
「あの…お怒りでは無いのですか?」
「ん?何で?」
「お察しだとは思いますが、私はギルドからレオン殿の監視を指示されています。」
「本当に俺がシーダに勝てるような人間か調べる為…だろ?」
ミリアナの話を継いで答えるレオン。やはり気付いていたかと、ミリアナはレオンへの評価を改める。
不思議な能力でベッドや道具を出す事だけでなく、一瞬で自分の背後を取るなど、もはやレオンを凡人だとは言えなくなっていた。
「どうかお許し下さい!」
ミリアナはテーブルに額を打ち付けながら謝罪する。レオンが監視についてシーダにしゃべろうものなら、ギルドの信用に関わるからだ。
「まあ、気持ちは分かるよ。いきなりDランクの冒険者がシーダ連れてきて、勝ちましたなんて言えば勘ぐりたくもなるだろうしな。」
「申し訳ありません。あの…シーダ様には…」
「言わない言わない。変に波風立てるのも面倒だし。」
「ホッ…」
最悪の展開は避けられたと緊張を緩める。だが、安心するのはまだ早い。レオンの目的はこの後にあるのだから。
「けど、このまま無罪放免てのも面白くないよなぁ。」
「え?」
悪どい笑みを浮かべたレオンの目は、獲物を狙う猛禽類のように輝いていた。
はい!皆さんご一緒に!
m9(^Д^)プギャー




