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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
Another Story
92/118

終章 決意を新たに †

 

 三年後。

 アメリカ合衆国。

 ケンタッキー州、パデューカ。

 パデューカは、人口二万七〇〇〇人ほどの都市である。

 多くの水路がある都市であり、かつては白人の開拓者とインディアンが混成の社会を形成していた都市でもある。そのようなパデューカは、現在は芸術の街として音楽が盛んな都市だ。

 そのパデューカに、かれんはいた。

 パデューカは、かれんの実家がある街なのだ。ブロックに分けられた中心街の一ブロックに、かれんの家はある。

 しかし、かれんはその家にはいなかった。

 彼女がいるのは、家から数キロ離れた墓地だった。無数に置かれていて、綺麗にされている墓石の一つの傍にかれんは立っていた。

 彼女の両親の墓である。

「……あれから、もう随分たつわ」

 しみじみと、かれんは墓石に向かって呟く。

 その言葉は止められない。

「あの争いがなければ、今もこの街にいて笑顔でいられたのかしら? 時々そう思うことがあるの。もちろん、そんなこと考えること自体が無意味だってのも分かってるんだけどね……」

 放つ言葉に対して、返ってくる返事はない。

 溜めこんだ自分の気持ちを吐露しているだけであり、それは自己満足の行為でしかない。そう自虐することが出来ていながら、かれんは零れる言葉を止めることができなかった。いや、止めたいとすら思わなかったのだ。

「……敵討ちをしたいわけじゃないわ。それを言うために、今日ここに来たわけじゃないの」

 かれんが、両親の墓へ来た理由。

 それは、一つの決意を伝えるためであり、両親にお別れを言うためだった。

「私にとって日本は第二の故郷。日野市で過ごした日々、知り合った人。その全てが……かけがえのないものなの。その、かけがえのないもの、ほとんどなくしちゃった……」

 言葉に嗚咽(おえつ)が混ざる。

 一つ一つ紡がれる言葉に、日野市で過ごした日々が思い出となって蘇る。『県立異能力精査研究所』で親のように、また親友のように接してくれたマサトシ。そこで出会った『覚醒者』の子どもたち。研究対象ではなく、一人の女性として関わってくれたスタッフたち。それらの人と過ごした日々が、三年経った今でも容易に脳裏をよぎる。

「……でもね。一つだけ、まだ残ってるの。私はそれを取り戻しに行きたい。そして、取り戻すまでここに帰るつもりはないわ」

 そして、かれんは一つの決意を明確に言葉にした。

 かけがえのないものを取り戻すために故郷を離れ、日本へ行くことを。

 それがいつ叶うかも分からないため、もうこの地を踏むことはないかもしれないことを。

 いつまで待っても返事が帰ってくることはない。ただ緩やかに風が吹いているだけだ。その風がかれんの鮮やかなブロンドの髪を揺らせると、「頑張って来い」とどこからか聞こえたような気がした。

(――うん)

 聞こえた気がした声に、かれんは胸の内で頷いた。

 風に吹かれていたブロンドの髪を手でゆっくりと整えるかれんの表情は満足したものに変わっていた。

 そこへ、声がかけられる。

「もうよいのかの?」

 聞こえてきた声に答えるために、かれんは立ち上がり振り返った。

 そこにいたのは、一人のおじいさんだった。

 白髪だらけの髪としわだらけの顔は年齢相応の印象を与えてくるが、それでもニコッ、と笑っている表情はとても柔和で暖かい。優しさ、という言葉をしっかりと知っているような笑顔だ。

 おじいさんは長い間使いこんでいるような杖を携えており、笑顔と同様に暖かい視線をかれんへと向けている。

「えぇ。この三年間、私を育ててくれてありがとう、おじいちゃん」

「何を言うか。わしの方がかれんに世話をしてもらった気分じゃよ」

 頬笑んだまま、おじいさんは答えた。

 その言葉と声に、かれんの心は温かくなる。それまで流していた涙もしだいに止まってきていた。

「ううん、本当にありがとう。おじいちゃんにはすごく感謝してる」

「…………」

 かれんの感謝の気持ちに、おじいさんも感無量で言葉を失くす。

 孫は子よりも可愛い、とは良く言ったものである。おじいさんの反応はまさしくその通りであった。

「私、行くね」

 ここまで見守ってくれたおじいさんに、かれんは決意を込めて旅立つことを伝えた。

「行っておいで。息子夫婦の墓と家はわしが守ろう。かれんが帰ってくるまで、のぉ」

「ありがとう。いつになるか分からないけど、きっと帰ってくる」

「うんうん。かれん、お前さんの力はもしかしたら人を守るようなモノじゃないのかもしれん。けど、わしは人を(あや)める力だとも思っとらんよ。かれんの力も、正しく使えばきっと何かの役には立つじゃろう。わしはそうあってほしいと願っとるからの」

「……ありがとう」

 おじいさんの言葉を聞いて、かれんは深くお辞儀をした。

 それは日本のやり方である。

 ここはアメリカ。感謝の気持ちを伝えるのはお辞儀ではない。かれんがお辞儀をしたということが、気持ちがすでに固まっていることの何よりの証拠だった。

 そして、かれんは歩きだす。

 かけがえのないものを取り戻すために、日本へ向けて。

 かけがえのないもの。

 それは……。

(トモヤ。あなたが今も何処かで『覚醒者』としての力を脅威として使っているのなら、私はあなたを止める)

 日野市の『県立異能力精査研究所』で、たった数日だけ一緒に過ごした『覚醒者』の少年。日野市が『眠る街(スリープタウン)』になった最大の要因が、トモヤである。

 いや、正確にはトモヤだけではない。かれんたちも関わっていることは間違いないのだ。あの争いで、多くの人の命が失われた。その争いの一端を担っていたトモヤは、伝え聞いた限りでは今も日本で変わらずに活動しているようだ。

 ならば、彼を止めなければならない。

 旧日野市の生き残り、として。

 トモヤの友達として。

(待ってて、私もすぐにあなたの元へ行くから――)

 かけがえのないもの。

 それは、たった一人になってしまった日本での友達、だ。


ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。

千秋です。


ようやくAnother Storyが終わりました。

ここでは炎の『覚醒者』トモヤの過去について書きました。本編に関わる存在を登場させようと考えた中で、外伝的な形で先に登場させておこうという考えがあったためです。

やはりトモヤは敵役というポジションに立たせたため、主人公として外国人のヒロインを登場させました。ひらがなで「かれん」という名前はものすごく読みにくいだろうと思ったのですが、こちらの世界とあちらの世界の区別のためにキャラクターの名前を漢字とカタカナで分けるという手段をとったため、外国人の横文字の名前を片方の世界ではひらがなで表記させるしかないのでは、と自分の首を絞めてしまいました。

こっちのほうが読みやすいだろうという表記が思い浮かべば、また変えようと思ってます。

そして、初めて外国人のキャラクターを登場させたのですが、私の中で好印象なキャラクターになったため、Another Storyのみの登場を当初は考えていたのですが、今後もどこかで登場させようと思います。



これからも読んで頂けることを願って、続きを書いていこうと思います。

それでは、また次のお話へ。

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