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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
Another Story
84/118

第三章 救われる者は Ⅲ

 

 マサトシは『第三期「覚醒者」使用能力研究』が一段落着いたことで、休日を利用してある町へと出掛けていた。

 その町とは、トモヤが以前いた研究所がある町だ。

 つまり、閉鎖された研究所へ向かっているのだ。

(何かしらの情報を得て、帰らないと)

 マサトシがこの町に来たのは、所長が言っていた可能性に関する情報を得るためである。研究所が閉鎖した本当の理由、関わっていた人々など、どのような情報でも必要だったのだ。

 そうして閉鎖された研究所がある町へとやって来たマサトシだが、その町の様子を見て愕然としていた。

「これが『眠る街(スリープタウン)』……」

 金網と柵という簡素なもので、町と『眠る街(スリープタウン)』がはっきりと区切られていた。

 その片方は活気があり、人の往来がしっかりと見える。しかし、もう片方は昼間だというのに日が既に沈んだような雰囲気を放っていた。

眠る街(スリープタウン)』を訪れる人間は稀であり、特殊な人間である。

 マサトシ自身もそのことは知っており、本格的に『眠る街(スリープタウン)』に足を踏み入れたことはなかった。必要があれば、対『覚醒者』専門の鎮圧部隊が編成したチームが調査に訪れることになっている。

「ここは立ち入り禁止になっているということだったが――」

 ぶつぶつと呟きながら、マサトシは金網に沿って歩を進めていく。

(閉鎖になったというだけで、人の立ち入りは禁止していないのか? まだ一カ月ほどしか経っていないが、金網もすでにぼろぼろだな)

 研究所とその周囲一帯を囲んでいる金網や柵はすでにぼろぼろになっていた。おそらくは、ここを住処にしようとしている『覚醒者』や一般人が入りこんだのだろう。

「……危険だが――、知るためには行くしかない……か」

 決心をして、マサトシも壊れた金網をくぐって、閉鎖された町内へと入っていく。

 一歩足を踏み入れたら、そこは明らかに外と空気が違っていた。強い異臭が、マサトシの鼻腔(びこう)を刺激する。

 その刺激に耐えながら、マサトシは閉鎖された研究所へと向かって歩き始めた。

「……研究所の周囲の住宅も巻き込まれたのか」

 マサトシが歩いているのは金網や塀で隔離された町の数ブロックだ。

 ただ閉鎖されたとだけ聞いていたマサトシだが、それらの住宅を見ればその理由が良く分かった。

「ここが閉鎖された理由は火事――か」

 一カ月経っていなくても隔離された区画は荒廃としていて、住宅の一つ一つに火事の跡が見て取れた。

 その跡を見たマサトシは所長が懸念していた可能性を思い出して、顔をだんだんと蒼白にさせていく。その可能性が当たっているかもしれない、と思ったからだ。

(仮にそうだとして、そうなった理由を知らなければ――。可能性を確信に変えただけでは意味がない……っ)

 確信を一つ増やしながらも、マサトシはさらに『眠る街(スリープタウン)』を進んでいく。歩いている最中も横目で見る住宅には、はっきりと燃えた痕跡が残っている。中には原型を留めていない家も幾つかあった。

 その様子の街並みを歩いていると、目の前に一際大きな建物の残骸が目に入ってきた。

「……これが」

 視界に飛び込んできた建物の残骸を見て、マサトシは研究所だと判断する。

 研究所だと思われる建物も激しい火事にあったようで、外壁がなくなり鉄筋が大きく覗いたりしていた。

(だいぶ広範囲で燃えたようだな)

 一瞬怖気づきながらも、マサトシは研究所だった建物へと足を踏み入れていった。

 閉鎖された研究所は見るも無残な様子で、エントランスだと思われる場所は全てが焦げ腐っていた。

 そのまま、マサトシは建物の奥へと進んでいく。

「…………」

 歩いている最中も、マサトシは言葉を発することができない。『覚醒者』を研究していた施設だとは思えないほどの崩壊模様だった。『覚醒者』対策がしっかりと施されていたのかも怪しくなってくる。

(この様子じゃ、資料は残ってない――か)

 視界に入ってくる光景から、マサトシは期待できない。火災によって閉鎖されたということは分かったが、懸念に対して確信を持てないでいた。

 すでに原型を留めていない部屋を、マサトシは一つ一つ調べていく。

 マサトシが調べていった部屋も火災の影響が大きく、活字の資料は手に取っただけでぼろぼろになり、パソコンなどの機器類は起動することも出来なかった。

「……火災、ということから判断するしかないか」

 この現状を見ただけでも、懸念は七割確信に変わっている。しかし、もっと正確な情報をマサトシは求めていた。

 ファイルで閉じられていただろう書類を手に取ったマサトシは、ぼろぼろになった紙面を見つめる。

「……『覚醒者』能力の二次使用に関して」

 かろうじて読めた題目に、マサトシは目を細める。

(『覚醒者』の力のクリーンな使い方を目的としていたのか……)

「どなたかいの?」

「……っ!?」

 不意に声が掛けられて、マサトシは背筋を凍らせた。

 マサトシが通り過ぎた廊下から、いきなり老人が声を掛けてきたのだ。

「あ、あなたは?」

 人がいたことに驚きながら、マサトシは老人に尋ねた。

「私は、この施設で清掃員をしていた者じゃ」

「清掃員……ですか。なぜ、ここに?」

(……清掃員。研究所のスタッフには違いないが、はたして有力な情報が得られるだろうか……)

 清掃員の老人に質問しながら、マサトシは考える。

 有力な情報を持っていないのなら、長話をする必要はない。こちらの素性もあまり知られたくはなかったので、その場合すぐにでも立ち去るほうが良い。

「ここが好きじゃったからの。あんなに酷いことがあって閉鎖してしもうたが、離れたいとは思えんかったんじゃ」

(あんなに酷いこと?)

「すみませんが、酷いこととは?」

「興味あるなんて変な若者じゃのう。あまり思い出したくないことなんじゃが、まぁええじゃろ」

「すみません、お願いします」

「よっこいせ」と清掃員の老人は閉鎖された研究所の廊下に腰を下ろした。それに倣って、マサトシも床に座る。

「……ここの施設には、『覚醒者』が三人おったんじゃ。ほれ、あちこちにあるじゃろう。『覚醒者』を調べる施設いうんが。ここもそういう施設じゃったんじゃよ」

 昔を懐かしむような口調で、清掃員の老人は話しはじめた。

「そんで『覚醒者』は三人おったんじゃが、うち1人は残りの二人とはだいぶ歳が離れちょってな。施設におるのは大人ばっかりじゃったけん、その子はなかなか馴染めんでおったんよ。よくわしが話を聞きよってなぁ~」

「……」

 清掃員の老人の話を、マサトシはじっと聞いている。何か貴重な情報はないか、と一言も聞き漏らすことはないように老人の話に意識を集中していた。

「それでも上手くいっちょったんじゃよ。時々、その子も愚痴を漏らしちょったんじゃがの――。それが、あの事件で全て終わりになったんじゃ。あの日のことは今も鮮明に覚えちょるよ」

(あの事件!?)

「……すみません、あの事件というのは? 研究所の閉鎖は事件絡みだったんですか?」

 マサトシは先日読んだ新聞記事での、自分の見解を思い出す。

 研究所閉鎖はスポンサー問題ではなく、事件があったと考えていたマサトシだったが、ここまで『眠る街(スリープタウン)』を歩いてきて、事件の内容を予想した。

「……放火、いやテロというべきなんかの~。ともかく、『覚醒者』が暴れだしたんじゃ。研究員や警察が必死に押さえようとしたが、上手くいかんかった。暴れた『覚醒者』によって、一晩で町の一部がこんな状態になってしもうた」

(暴れた『覚醒者』……。そして、残った火事の跡)

 それらから考えられることは一つ。

 しかし、それはあまりにも危険な考えだった。その考えが正しければ、『県立異能力精査研究所』もこの研究所の二の舞になりかねない恐れがある。

 一刻も早くこのことを所長に伝えなければ、とマサトシは立ち上がる。

「ご老人、貴重な話ありがとうございました」

 そう言って、マサトシは踵を返した。

「気をつけてのぉ。最近は物騒なことばかりじゃ」

 その背中に、清掃員の老人の声が掛けられた。

 だが、マサトシは振り返ることはしない。閉鎖された研究所まで来た道を足早に戻っていくだけだ。

 その目は、危機感に溢れていた。

(暴走した理由が何なのか分からない。けど、危険が付きまとっていることには変わらない……っ)

 早く伝えなければ。

 その焦りが、マサトシを前へと進めせる推進力になっていた。



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