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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
Another Story
83/118

第三章 救われる者は Ⅱ

 

 かれんは、『県立異能力精査研究所』の所長室にいた。

「なんですか、話って?」

 目の前の豪華なテーブルの向こうに座っている所長に、かれんは尋ねた。

 話がある、とかれんは呼ばれたのだ。

「……これは、まだ所員にも話していないことなんだが――」

 そう言って、所長は話を始める。

「我々は、いや私とマサトシはある懸念をしてる」

「懸念?」

「そうだ」

 立ち上がった所長は、所長室の奥にある棚から、ファイルを一つ取り出した。そして、あるページを開いてテーブルの上に置く。

「かれん、君はトモヤについてどう思ってる?」

「トモヤくんに、ですか?」

 質問の意味をよく理解できないまま、かれんは正直に答える。

「最初は恐い雰囲気の子だなって思いましたけど――、他の『覚醒者』の子たちとも少しずつ打ち解けてきてますし、良い子だとは思いますよ?」

「……そうか」

 かれんの印象を聞いて、所長は小さく相槌を打った。

「どうしたんですか?」

「いや、私も彼のことはそう思っている。そう信じてると言うべきなのかもしれないが……」

「信じてる?」

「……トモヤがいた研究所が閉鎖した。それは周知の事実だ。だが、国連の調査機関が現地に入ってる。それは、あまりにも知られていない」

「国連の?」

 所長が言ったキーワードに、かれんは過敏に反応した。

 研究所が閉鎖した問題で、わざわざ国連の調査機関が訪れるだろうか。閉鎖の原因を追究するのであれば、日本の調査機関で事足りる。

「そうだ。これは、別の研究所の知人から聞いた話だ。日本の政府が必死に隠してる情報らしい。そして、研究所閉鎖は研究施設のみでなく、その地域一帯に及んでいる。新聞にもネット上にも、閉鎖後の研究所の写真は一切掲載されていない。閉鎖の原因はやはり経済的なものじゃないんだ」

 そこで所長は一呼吸おいて、

「……そして、研究所閉鎖にトモヤが関わってるのでは、と私とマサトシは考えてる」

「え……っ!?」

 所長の言葉に、かれんは目を見開いた。

「ト、トモヤくんが……っ!?」

 トモヤが関わってる。

 その言葉が、かれんの頭で繰り返される。

 にわかには信じられないことだった。いくら『覚醒者』だとはいえ、研究所を一人で閉鎖させるだけの力が彼にあるだろうか、とかれんは考える。

(そんな風には――)

 かれんには、とても見えなかった。

 それでも、所長はそう考えているようだ。

「もちろん、その可能性が高いという話だ。できれば僕も、その懸念が外れることを願ってるよ」

「……」

 かれんは、言葉が出てこなかった。

 いきなり聞かされたことが、頭の中をぐるぐると回っている。

 情報操作が行われているということは隠したい何かがある、ということだろう。それは分かる。しかし、やはりそこにトモヤが関わっているというのは素直に信じられないことだった。

「このデータを見てほしい」

 そう言って、所長は開いたファイルのページをかれんに見せる。

「これは?」

「これは『覚醒者』の能力などを数値化したものだ。うちでは『覚醒者』にはなるべく見せないようにしていたものだが、トモヤの数値だけ以上に高くなっている。――結論から言うと、トモヤの能力はここの誰よりも高い」

 つまり、トモヤの『覚醒者』の力は我々が太刀打ちできるものじゃない、と所長は付け加えた。

 その通りだとかれんは思う。

 かれんの力も使い方によっては人を簡単に殺せてしまう。自分がそれを理解しているから、かれんはそのような使い方はしないだけだ。

(けど……)

「な、なんで、この話を私に?」

 当然の疑問だった。

 所長は自分とマサトシの二人の懸念だと言い、他の研究員やスタッフには話していないと言った。なぜ『覚醒者』の、それもかれんにだけ話したのだろうか。

「……もし、その懸念が当たっていた時、君に『覚醒者』の子たちを守ってほしいからだ」

 少し言いづらそうに所長は答えた。申し訳なさそうな表情が、かれんの心に響く。

「みんなを?」

「……そうだ。懸念が当たっていたとしても、どのようにして彼が研究所を閉鎖に追いやったのかは分からない。彼の力があまりにも強いというデータは出ているが、それでも対『覚醒者』の鎮圧部隊相手に勝てるほどだとは思えない。何か理由があったとして、やはり私や職員では子どもたちを守るには力不足だ」

 だから君にお願いしたい、と所長は頭を下げた。

「わ、分かりました」

 熱意のある所長の言葉に、かれんは押された。

 所長の願いに頷いたかれんは、所長室を出ていく。ドアを閉める間際、振り返った先にはじっとさきほどのファイルを見つめている所長の姿があった。



 廊下に出て、かれんは立ちつくす。

(……所長が私だけに頼んだことも理解できる)

 研究所の職員に言っていないということは、みんなを動揺させないためだろう。かれんにだけ教えたということは、それだけ所長やマサトシが考えていることの可能性が高いことだということだ。

 トモヤが『県立異能力精査研究所』に来てすでに二週間が経っている今になって、かれんに打ち明けたことが緊迫さをさらに表している。

(……私が、みんなを――)

 所長たちの懸念を聞いたことで、かれんは自然と肩に力が入る。頼られているという実感が責任へと変わっていっているのだ。

 そういえば、とかれんは思い出す。

 所長は、私とマサトシはある懸念をしてる、と言っていた。

 つまり、マサトシも所長の考えに同調している。それなら、マサトシの考えを聞いておいて損はないだろう。

 そう思い立ったかれんは、マサトシの研究室へと足を向ける。

(トモヤくんが引き起こしたことだとして、何か対処方法を考えてるかもしれない)

 マサトシは、この研究所でも所長に次ぐほどの人物だ。

 所長には考えつかなかったことを思い付いているかもしれない。かれんは、その可能性にかけようとしていた。

 すでに見慣れた研究所の廊下を歩いて、マサトシの研究室へと辿りつく。

 すぐに研究室の扉をノックするが、返事はなかった。

「……」

(いないの?)

 扉の向こうから返事がなかったことに、かれんは首をかしげる。しかし、かれんはすぐに気がついた。

(今日は、休日……っ)

 いつも研究所施設内にいることで、曜日の感覚がなくなっていたのかもしれない。それだけじゃない。所長が研究所にいたということで、研究員やスタッフもいるものだと思っていたのだ。

「そんな……」

 直後。

 研究所内に、大きな爆発音が響く。

 建物全体が揺れているようで、かれんが立っていた廊下も平衡感覚を失うほどに激しく揺れた。

「な、なに!?」

 倒れそうになりながらも、かれんは慌てて廊下の窓へと走る。

 そこから見えたのは、研究所の中庭が激しく燃え盛っている様子だった。




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