第二章 友達になろう Ⅰ
トモヤが『県立異能力精査研究所』に来てから、一日が経った。
昨日から研究所内には普段と違う雰囲気が漂っている。
それはやはり、トモヤがやってきたから、だ。
『覚醒者』がやってくると決まったことに、研究員や職員を始め『覚醒者』たちも大きく湧いた。新しい仲間が増えるということだから。
しかし、やってきたトモヤの第一印象を見て、かれんと同様に恐いと思った人も少なからずいた。それは研究員に多くて、『覚醒者』の子どもたちはそれほど感じなかったようだ。『覚醒者』の子どもたちは友達が増えるという感覚に満たされていたのだろう。
だから、『覚醒者』の子どもたちの気分は湧き上がっている。早くトモヤと話してみたいと思っているようだった。
一方で、恐いと思った研究員たちはトモヤの扱いに骨が折れそうだな、という感覚も同時に感じ取っていた。
そんな普段とは違う雰囲気が流れている研究所内のとある一室。
一体何畳あるのだろう、と思いたくなるほど広いその部屋に、トモヤは一人で立っていた。
床一面が白いタイルで敷き詰められている部屋を見渡すと、片側の壁が天井から数メートルほどの幅で、端から端までガラス張りになっていることに目がいった。
「……ここは?」
トモヤが口にした疑問に、スピーカーから返事が聞こえてきた。
「この所内で、一番大きな部屋だ。おもに『覚醒者』の能力使用の部屋で、研究時に使用される部屋だ。ここでなら、君も存分にその力を使うことができる」
答えた声は、この研究所で働いている研究員のものだった。
聞いたことのない声にトモヤは一瞬戸惑った表情を見せるが、すぐに無表情に戻る。そして、話の続きを待った。
「君の力は、前の研究所からもデータをもらっているが、我々でも独自のものを保管しておきたい。そこで、君にちょっとした手伝いをしてほしいのだが、構わないかな?」
「……えぇ、いいですよ」
ニッコリともせずに、トモヤは研究員に了承した。
それくらい造作もないと思っているようで、トモヤは顔色一つ変えない。力を使うことに抵抗を示すこともなかった。
その様子を別室のモニターで見ていた研究員は少しやり辛いという感覚を覚えた。
「まず、始めにこの研究所が行っている研究について説明しよう」
そう言って、研究員は何か書類に書かれている文面を読むような調子で言葉を続けていく。
「現在、この研究所では『第三期「覚醒者」使用能力研究』を行っている。第三期と頭につけているように、この研究は今回が三回目であり、全五回行うことを予定している。トモヤくんには今回の第三期から参加してもらうことになった」
スピーカーから聞こえてくる話に耳を傾けている時も、トモヤは表情を変えない。何処を見ているのか分からないような目をずっとしている。
それをモニターで確認しながら研究員は続けて、
「この研究では、それぞれの『覚醒者』が持つ力の能力使用前の身体的変化、能力使用後の身体的変化。そして能力使用のメカニズム解明を目的としている。そのため、トモヤくんには自身が持つ能力をこちらの指示に従って、使用してもらいたい」
「……わかりました」
一通りの説明に、トモヤは短く応じた。
そして、
「それでは、さっそく『「覚醒者」使用能力研究』を始めよう。トモヤくんは、こちらが用意した物体に、自分の力を使用してほしい」
トモヤが頷くと、前のタイルが急にせり出し始めた。かれんの時と同様に、別室にいる研究員がコンピュータで操作しているのだ。
せり出したタイルの下は円柱になっていて、トモヤのほうに向いている部分に扉が設けられていた。その扉が開いて、そこから何かが勢いよく出てくる。
「……?」
よく見ると、それは大量の木の枝だった。
「その枝を、君の力で焼失させてほしい」
その指示を聞いて、トモヤは初めて表情を大きく変えた。あまりに簡単な指示に驚いたのだ。
「わかりました――」
驚きながらも、トモヤは出てきた大量の木の枝に手の平を向ける。向けた手の平にトモヤが意識を集中すると、そこが急に明るくなったように見えた。
そして、いきなりトモヤの手の平から火球が飛び出した。放たれた火球はまっすぐに、床に置かれている木の枝に向かい、大量の木の枝を燃え上がらせる。
「…………」
自分が放った火球で木の枝が燃えている様子を、トモヤはじっと見つめていた。その表情が、燃える炎に明るく照らされている。
別室にいる研究員はモニターに映し出されていたトモヤのその表情をちらっと見たが、すぐに燃えさかっている木の枝に視線を移した。暴れるような炎を見ながら、数分後には木の枝が焼失したことを確認して、
「一つ目は十分だ。……以前の研究所のデータでは物の焼失時間に少し差があるようだが、精神状態からの差異かもしれないな。よし、二つ目だ。次は、それを同じように焼失してほしい」
スピーカーを通して研究員がぶつぶつと言っていたことが聞こえてきたが、トモヤは大して気にしない。再びタイルの下の円柱から出てきた物に視線を向けていた。
それは、袋に入れられたゴミだった。
どこかの家の家庭ゴミのようにも見えるそれに、トモヤは同じように手の平を向ける。そして、同じようにゴミを燃やしていった。
これに何の意味があるのだろう、と無表情の顔の中に疑問を浮かべながら。




