第四章 復讐は誰のために Ⅸ
駅前通りでマサキとテツヤ、ナオキの『覚醒者』三人が戦っている時、その奥にある『ビッグイーター』の家があったビルでは、未だに発砲音が響いていた。
その発砲音は、サトシが持つ拳銃のものだ。
「くそ……っ! なんで、効かないんだ!?」
サトシが撃った銃弾も、他の『ビッグイーター』のメンバーの時と同様、コウジの身体を貫くことはなかった。
「サトシ!」
意地になって拳銃を撃ちまくっているサトシに、タクヤが声をかけた。
「こいつの力がそういうもんなんだろう。銃弾が効かない身体なんだ!」
「そんな力聞いたことがないぞ?」
タクヤの話に、サトシは疑問で返した。
「俺もないけど、知り合いに身体を強化できる人がいる! それに似た力なのかもしれないっ」
銃声に負けないように大きな声を張り上げたタクヤの話を聞いて、サトシは慌てて後ずさりする。
しかし、コウジは逃がそうとしない。
「な……っ!?」
後ろへ距離を取ろうとしてるサトシへ一気に迫ってきたのだ。
その距離は一瞬の間に縮まり、コウジの手がサトシの喉元を確実に捉えた。
「がっ!?」
「サトシ……!」
コウジに首を掴まれたサトシを見て、ユミは心配の声を上げた。
けれど、その声はサトシの耳には届かない。
首を掴んだコウジがいきなりサトシの身体を投げ飛ばしたのだ。ふわっと浮いたサトシの身体はビルの壁へと一直線に飛んでいき、大きな衝突音とともにサトシの身体が壁に叩きつけられた。
「がっは……っ」
壁に強い衝撃で叩きつけられたサトシの身体から一気に酸素が奪われる。そして、そのままずるずると床に倒れていった。
「サトシ!」
慌てて、タクヤがサトシに駆け寄る。
床に倒れたサトシはどうやら気絶しているようで、意識がない。それほどの衝撃だったのだろう。
「くそっ!!」
タクヤは意識のないサトシを担ごうとするが、
「どけ。最初にリーダーであるそいつを殺る」
と、コウジが端的に、冷徹に言ってきた。
近くで聞こえた声に、タクヤは「ひっ」と身体を震え上がらせる。
久々に対峙した『覚醒者』が放つ独特の雰囲気。
それは直接、脳に恐怖を覚えさせる。
「……っ」
コウジがすぐそばにいることを感じながら、タクヤは何もできないでいた。
「どかないか。なら、お前から殺ろう」
タクヤが動かないことから、コウジは右腕を大きく振り上げる。その照準を、タクヤの顔面に定めた。
その動作を見て、タクヤが恐怖に目を塞いで両手を顔の前に差し出す。
それは人が持つ恐怖に対する反射だ。
だが、コウジの腕力はサトシを片腕で軽く投げ飛ばしたほどだ。いくら両手を顔の前に出したからといって、大したガードにはならないだろう。ましてや、思いっきり振りかぶった拳だ。まともに受ければ、タクヤもただでは済まない。
「タクヤ……っ!!」
目を閉じているタクヤの耳に、ユミの悲痛な声が聞こえた。
さらに、もう一つ。
より大きな声が、タクヤの耳の鼓膜を揺らした。
「やらせるかよぉおおおおおお――っ!!!」
それは、悠生の声だった。
聞こえてきた声に驚いて、タクヤは閉じていた目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、コウジへと襲いかかっている悠生の姿だった。悠生の手には鉄のパイプが握られていて、それでコウジの頭を殴打しようと高く振りかぶっていた。
「ち……っ! 仲間がまだいたか」
いきなり現れた悠生に、コウジは構えていた拳を向けた。
その腕に、悠生が振りかぶった鉄パイプが直撃する。直後、カーンという甲高い音が響いた。
だが、コウジの腕は無事だった。
鉄パイプのほうが大きく折れ曲がったのだ。
「なっ!?」
力込めて叩きつけたのに、コウジの腕が無傷なことに悠生は目を見開いて驚いた。
悠生はとても屈強な男とは言えないが、それなりに力には自信を持っている。まして素手じゃなく、鉄パイプで殴打したのだ。骨が折れてなくても、内出血はしていてもおかしくはない。
「そ、そんな……」
なのに、コウジの腕が問題なかったように自身へと伸びてきたことに悠生は単純な恐怖を感じて動けない。
そのまま悠生もあっさりとコウジの腕に掴まれてしまった。
「ぐ……ぅ……っ」
「目障りな奴だな。お前も『ビッグイーター』のメンバーか?」
首をがっしりと掴んでいるコウジは、必死に抵抗している悠生へ低い声で尋ねた。呼吸もままならない悠生は、当然答えられない。
満足気にその反応を見たコウジは、悠生の首を掴んでいる手にさらに力を込めようとする。
そこへ、
「や、やめろ……っ! そいつは違う!」
と、震える声でタクヤが叫んだ。
その叫びを聞いて、コウジがじろりとタクヤを一瞥した。
「そうか。だが、俺たちの邪魔をしたことには変わらない。ここで死んでもらう」
そう言って、コウジは万力のように悠生の首を絞めていく。
悠生の両足は床から浮いていて、いつ泡を吹きだして失神してもおかしくない状態だった。
それでも悠生は、
「ぐ……。こ、これでも……くらえ――!!」
短いその言葉とともに、悠生は腕をもう一度振りかぶってコウジの顔面に突き刺した。
「……っ!? ぁああああああああ――っ」
直後、絶叫がビルに響いた。
悲鳴を上げたコウジは、悠生の首を掴んでいた手を話して、両手を顔面に――もっと言えば、左目の辺りにもっていっている。
そこには、コウジの左目に刺さっているクギのようなものがあった。
「はぁはぁ……」
コウジが激痛に絶叫しているそばで、悠生は床に蹲るようにして呼吸を整えていた。その首には、くっきりと掴んでいた手の痕が残っている。
「お、お前……」
痣のようになっている悠生の首を見て、タクヤは慌てて声をかけた。
そのタクヤへ、
「早く逃げろ! あの人を連れて!!」
そう悠生は声を張り上げた。
その指は壁際で倒れているサトシを指している。
悠生はタクヤを無事に連れ戻すために、ここまでやってきた。それはミユキとの約束でもある。『覚醒者』に狙われているのは『ビッグイーター』のメンバーであり、悠生は直接的な面識などない。
それでも、目の前で人が殺されそうになっているのを黙って見ていることはできなかった。
「で、でも、お前は?」
「はぁはぁ……俺はいい。タクヤ! お前は俺にない力を持ってるんだ! その力があれば、俺よりも確実に二人を助けられるだろ!! なんで、ぼーっと突っ立ってんだよ! 俺を助けてくれた時のお前は、そんなんじゃなかったはずだ――っ!!!」
さらに、悠生は声を大きくした。
先ほどまで首を掴まれていて、必死に酸素を吸っている中で、悠生はコウジの悲鳴にかき消されないほどの声でタクヤに訴えかけた。
「……っ」
悠生の声と言葉に、タクヤの心は突き動かされる。
(……俺は『ルーム』も出て、みんなに迷惑かけて――。ここでも迷惑を……)
ドクン、と身体に血が流れているのをタクヤは敏感に感じた。
その流れはどんどん早くなっていき、しゃがみ込んでいるだけのタクヤの息が自然とあがっていく。
(この状況を作った要因の一つが俺なのかもしれない……。なら、俺は――)
投げ出すわけにはいかない、とタクヤは決意する。
そして、立ち上がった後のタクヤの行動は速かった。
壁際に倒れているサトシの腕を肩に回し引きずりながらも、『ビッグイーター』の家から出ていこうとする。
「……すぐに助けに戻るからな――」
そう言って、タクヤは気絶しているサトシをつれていく。その後を、悠生を心配そうな視線で少しの間見つめていたユミが追いかけて行った。
(……これで、とりあえずは……)
三人の危険がとりあえず少なくなったことに、悠生は安堵する。本来の目的と変わるが、これでタクヤも無事になるだろう、と悠生は単純に思った。
悠生がそうほっとしていると、
「許さないぞ、お前は――」
ガッ、とコウジの血にまみれた手が伸びてきた。
いきなり後ろから掴まれた悠生は、抵抗もままならず意識を混濁させられる。
「はぁはぁ……みんな殺してやる……っ」
力なく倒れた悠生を見て、そう絶え絶えに呟きながらコウジは血まみれの顔で睨みつけていた。
ビルのほうで、悠人が決死の覚悟でタクヤを庇った頃、駅前通りのとある洋服店から小さく土埃が立ちこめていた。
マサキの回し蹴りを受けたテツヤが吹き飛んで、店内を荒らしたためだ。
一連の様子を遠目から見ていた一般人からはざわめきが起こっている。その大きな理由には『覚醒者』が『賞金稼ぎ』を助けた――ように見えたからである。
「なんなんだよ、お前! 俺は助けてくれ、なんて言ってないぞっ!!」
ショウウィンドウケースが壊れた洋服店の様子を遠目で確認しているマサキに、ダイチは叫ぶように訴えた。
それを聞いたマサキはゆっくりと振り返って、
「僕の話聞いていた? 僕は知り合い――もっと言えば、家族を助けるために来たんだよ。危険な目にあっていた君も一緒に助けることになりそうだけどね。どういう理由であっても、有難く思われることはあっても恨まれるのは心外だな」
少し侮蔑の色が混じった声だった。
一緒にいたから、というような都合で助けている。そういう風に捉えられる言い方である。
それを聞いたダイチは、
「な、なんだと――っ」
「それと、話しかけないで。集中が切れちゃう。まだ終わってないから」
「な……!?」
吠えているダイチを一蹴したマサキは、凍りついているように立ちつくしているナオキへと視線を変える。
「あとは、君だけだね」
ナオキをさらに怖気づけさせるように、マサキは軽く言ってのける。
ゆっくりと紡がれた言葉を聞いて、ナオキは思惑通り身体を震え上がらせる。しかし、それで逃げだすことはしなかった。
「……ここで尻尾巻いて逃げるわけにはいかねぇんだ……っ」
「そっか。僕も危険を冒している君たちを逃がすわけにはいかない。僕の家族に危害が及ぶようならね」
マサキとナオキはダイチを挟むようにして、明らかな敵意を含んだ鋭い視線を交わす。
先に動いたのはナオキだ。
テツヤが簡単にやられたことにも臆せずに、ナオキは槍を強く握り直して突っ込む。ここで逃げだしたら、何のために行動してきたのか、その意味が分からなくなる。そう、強い決意を奮い立たせて。
その決意とともに振り降ろされた槍を、マサキはやはり桁違いの跳躍でかわす。
「くそ!」
(またあんなに跳んで――)
マサキが見せている人間離れした跳躍に、ナオキは空を見上げた。
「お前の力は、そのジャンプ力か!?」
「はい、そうですって答える馬鹿じゃないよ、僕は――っ」
重力に従って落下してくるマサキは片足を顔面まで上げて、体重の乗った強烈な踵落としをナオキへと喰らわせようとする。
その蹴りを、咄嗟に避けたナオキの足元のコンクリートが粉砕した。
「な……っ!?」
重力が加わったとはいえ、固められたコンクリートが破片を飛ばすほど粉砕したことにナオキは目を疑いたくなる。とても人の力とは思えなかった。
「よくかわしたね」
必殺の威力に近い踵落としをかわされたマサキは小さく笑顔を見せる。一方で踵落としの衝撃を間近で見たナオキは、一度マサキとの距離を取った。
(……あいつの力はジャンプ力じゃないのか……)
単純に、マサキの『覚醒者』としての力は驚異的な跳躍力だと思っていた。しかし、その跳躍力も『覚醒者』としての力の使い方の一つであり、それが全てではない可能性もある。何より驚異的な跳躍力があるだけで、テツヤを蹴りだけであれほど吹き飛ばせるとは思えない。
(筋力強化……? いや、身体強化か?)
コンクリートを粉砕するほどの踵落としをしたマサキの足が無事であることを見て、ナオキはそう判断を改める。
「……お前の力――、コウジさんと似たような力みたいだな」
「コウジって人の力がどのようなものか知らないけど、そうだとして君は僕に敵うのかな? 煙草咥えてた人が言ってたけど、君はその人よりは弱いんだろう?」
マサキが見せている笑みは、とても憎たらしかった。
相手の戦意を喪失させようと投げかける言葉に助長されて、とても残酷な笑みにさえ見える。
「く……っ」
そして、正しくナオキはマサキの思惑通りの反応をしてしまう。
(身体強化系の力だとして、打撃系の槍はまず効かい可能性がある……。どうすればいい!?)
ナオキが躊躇していると、マサキのほうから突っ込んできた。地面を蹴り、爆発的な速度で、マサキはナオキとの距離を一気に詰める。
その脚力を見て、ナオキは確信を深めた。
「くそ!」
圧倒的に速度が違うことに、ナオキは後退する。直線的な力のぶつかり合いでは勝ち目がないと判断したのだ。
マサキも、逃さない、と更に加速する。
「尻尾巻いて逃げだすわけにはいかないんじゃなかったの?」
後ずさりをしているナオキへ、マサキは挑発の言葉を投げかけた。ここで脅威となっているナオキを逃がすわけにはいかない、と。
「く、くそがぁあああああっ!!!」
歯噛みをして、ナオキはマサキの挑発に乗った。後ずさりをしていた身体の体勢を変えて、突っ込んでくるマサキへ向けて走り出す。
それを見て、マサキはニヤリとした。
二人の距離がさらに縮まる。
走り出したナオキは今度こそ槍を一直線に構える。その構えを見ても、臆することなくマサキは突っ込んでいった。
二人の『覚醒者』がぶつかる。
その衝撃はドッカ―ン、と大きく周囲へ衝撃波をまき散らした。その衝撃波を受けたダイチの髪が逆立ち、「うおっ」と身体を仰け反らせる。
衝撃波が治まり、ダイチが再び視線を戻したら、マサキの拳がナオキの鳩尾をしっかりと捉えていた。
「ち……っ」
「僕の力は君の予想通り――身体強化だよ。身体のあらゆるものを強くすることができる。単純に突っ込んだだけだったら、やられてたのは僕のほうだったろうね」
次の瞬間、ナオキは持っていた槍を力なく手放して地面に倒れた。
一方のマサキは無傷で、身体に真っ直ぐ向けられていた槍もあの速度で突っ込んだのに、かわしていたようだ。
「つ、強え……」
二人の戦いを見ていたダイチは、口を大きく開けて茫然としてしまう。その反応はダイチだけでなく、遠目から戦況を見つめていた一般人たちも同じだった。
「……これで、一安心かな」
テツヤとナオキ、二人の『覚醒者』を沈黙化させたマサキはふぅ、と短く息を吐いた。
そこへ、
「一人で倒したのか?」
「トモユキさん!」
カツユキとアオイのほうへ向かっていたトモユキがやってきた。
いきなりやってきたトモユキに、その場にいたダイチは驚いている。そのダイチを無視してマサキは、
「えぇ、僕の力でも相手できる『覚醒者』だったんで――。でも、もう一人いるみたいで、そっちにタクヤがいるようです」
マサキの報告を聞いて、トモユキは「そうか」と短く呟いた。
「私たちも向かおう。悠生くんは?」
「先に行かせてます。僕の言葉より、タクヤも悠生くんの話なら聞くだろうと思って――」
「そうか、分かった」
トモユキとマサキは悠生が向かったビルへと向かう。
外壁が崩れていて中の様子が窺えるとはいえ、地上から全てを覗くことはできない。ビルの中では何が起こっているのか判断することは難しかった。
まだ間に合うはずだ、と信じて二人は急ぐ。
「ま、待てよ!」
その後を、ダイチも慌てて追いかける。
戦いはまだ終わっていない。
目の前で行われた戦闘のレベルの高さに震えている身体を、そう抑えながら――。




