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第四章 復讐は誰のために Ⅳ

 


 外に出ると、太陽の光を強烈に感じる。それほどにこの時期は暑い。

 列島国特有の四季の中で、タクヤは拳で額の汗を拭っていた。

 その隣にはサトシ、ユミ、ダイチの三人がいる。『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』グループ――『ビッグイーター』のメンバーである彼らは、以前から『覚醒者』についての情報を提供してくれる提供主であるマチダの元をすでに離れていた。

「どうした、サトシ?」

 大柄な身体を持つダイチが、じっと虚空の一点を見つめているサトシを不思議に思って尋ねた。

「……マチダさんが言ってたことが気になって――」

 サトシは考え込みながら、そう答えた。

 サトシたちに情報を提供しているマチダは話で、



『最近、立場の弱い「覚醒者」を救おうとしてる奴らが噂になってる。そいつらの活動は日増しに活発になってきてる。お前たちも気をつけたほうがいいぞ』



 ということを言っていた。

『覚醒者』を救おうとしている奴ら。

 どのような奴らなのか、それは誰も分からない。それを教えてくれたマチダ自身も詳しいことは知らないようだった。

「今すぐにどうこうなるってわけじゃないだろ?」

 マチダに言われたことを、ダイチはまだ先の問題だと気にはしない。

「たしかに、そうかもしれないが――」とサトシが言いかけたところに、ダイチが言葉を被せてくる。

「今は、もらった情報をみんなのとこへ持って帰るのが先だろ。復讐が必ず来るってなら、前持って準備しないと――。その時にマチダさんから聞いた話をすればいい」

 ダイチの言う通りである。

 サトシもそう分かっていながら、心の中では聞いた話が身体を蝕むように渦巻いていた。そして、それはタクヤも同じだった。

(立場の弱い『覚醒者』……。何か引っかかる――)

 サトシ同様に、タクヤもマチダから聞いた話に頭を悩ませている。

 立場の弱い『覚醒者』を救おうと活動をしている集団がいる。それは『覚醒者』であるタクヤにとって衝撃の言葉だった。

 社会的立場の弱い『覚醒者』は大勢いる。というよりも『覚醒者』の多くはそうだ。『眠る街(スリープタウン)』で空虚な生活を送っている『覚醒者』もタクヤのように研究所に所属している『覚醒者』もそれはさほど変わらない。両者の差は、明確に守ってくれる存在がいるかどうかの違いでしかない。

 そしてマチダから聞いた話では、そのような守ってくれる存在のいない『覚醒者』を救済している集団がいるようだった。

(『覚醒者』を救おうってんだから、理解がある奴なんだろうけど――)

 好き好んで『覚醒者』を庇おうとする一般人はまずいない。タクヤは、過去に経験した出来事からもそれを理解している。それでも、『覚醒者』を救おうと活動している集団は間違いなく『覚醒者』に理解がある――『覚醒者』を必要としている奴らだろう。タクヤは、そう考える。

(どこの誰が、何の目的で『覚醒者』を――)

 その疑問が、タクヤの心に深く残っていく。

 一方で、サトシはダイチに言われて、そのことを深く考えることは止めていた。

「……そうだな。とりあえず今はみんなのところに戻るのが先だな」

 そうして、四人は来た道を引き返していく。

 しかし、マチダの元へ行くために通った時と違い、通りの人々はやけに慌てているように見える。

 それに最初に気付いたのは、ユミだった。

「ねぇ、なんかやけに騒がしくない?」

 通り過ぎていく人が走っているのを見て、ユミは(いぶか)しみながら他の三人に聞いた。

「騒がしい?」

 疑問に思ったユミの声に、前を歩いていたサトシとダイチが立ち止まって振り返る。タクヤも同様に、ユミの方へ視線を向けた。

「なんか、やけに急いで走ってる人が多いなって思って――」

「確かに」と三人も声を揃える。

 改めて通りを見れば、ユミの言うように通り過ぎていく人々は一様に慌てているようだった。それは表情にも表われていて、必死な形相が幾つも見て取れた。

「駅のほうからだな」

「まさか……」

 通り過ぎていく人々が走ってきている方向を見て、サトシは嫌な予感をする。

 これもマチダから聞いた話。

『覚醒者』たちは復讐を考えている。そして、その復讐は近々あるとマチダは言っていた。もしかしたら、その復讐が今行われているのかもしれない。サトシがそう考えるのも無理はなかった。

「嫌な予感がするぞ!」

 サトシの言葉に、残りの三人は頷いて駅の方へと全力で走り出す。

 サトシが胸騒ぎを訴えたように、ダイチとユミも同じざわめきを感じていた。

(この騒ぎはちょっと尋常じゃない! それにサイレンも聞こえる。――ってことは、警察が動いてるんだ)

 走りながら、ユミは周囲の状況を冷静に見ている。

 人々の慌てよう、駅に近づくほど聞こえてくるサイレンの音。それらから、ユミはこの騒ぎがちょっとした事故や事件ではないと確信する。

 そして、サトシは感じた胸騒ぎを確信へと変えていく。

(……奴らが報復しに来たんだ――っ)

 マチダが予想していた時間よりも随分と早い。

 しかし、それはサトシたちにとっても『覚醒者』たちにとってもしっかりとした予定がある時間ではない。何かの拍子でタイミングがずれる行動だ。その何かは、マチダが話していた『眠る街(スリープタウン)』での衝突で間違いないだろう。

(だとすると、仲間が危ない……っ!)

 考えると、焦りは一気に加速していく。

 その焦りに乗せられて、サトシは走る速度を上げていく。それを見て、タクヤたちは驚くが、サトシは走る速度を緩めない。むしろ、どんどんと上げていった。その速度に、タクヤたちはついていけない。

 駅前広場にようやく着くと、騒ぎの真相が四人の目に入る。

「あ、あれは……っ!?」

 タクヤたちが目にしたものは、空高く昇っていく黒煙と逃げ惑う人々、そして駅前通りの奥のビルが燃え盛っている光景だった。

 燃えているビルを見て、サトシは愕然(がくぜん)とした表情になる。それは隣にいるダイチとユミも同じだった。タクヤだけは、燃えているビルがどのようなビルなのか必死に目を凝らしている。そして、その看板を見て何かに気付いたように目を見開いていた。

「あ……、そ、そんな――」

 目の前の現実にユミは後ずさりすることで、目を背けようとする。その声は走っていたこともあって掠れていた。口元に持っていったユミの手は震えていた。

 ユミのその反応を見て、

「……急いで、戻るぞ――っ!!」

 何かを堪えるように、サトシは声を絞り出した。

 それに呼応するようにダイチが走り出す。目の前で黒々とした煙を噴き上げているビルへ向かって。

「……急ごう!」

 そして、タクヤもユミの背中を押して向かう。

 轟々(ごうごう)と燃え盛る炎へ向けて、タクヤたちはさらに走る。

 それまで静かだった町はその姿を変え、平穏とした時間はすでになくなっていた。逃げ惑う人々は阿鼻叫喚(あびきょうかん)としていて、異常な状況であることをより体感させる。駅前通りを走っている最中にもビルから爆発音は響いてきて、そのたびに人々の悲鳴が大きくなっているような気がする。

 それでもまだ間に合う、と四人は走っていく。

 唐突に起こった戦場へ向けて。


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