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第四章 復讐は誰のために Ⅲ

 

 電車は線路を走るたびに大きな音を響かせながら、その車体を揺らしている。

 その車両の中に悠生(ゆうき)はいた。

 彼のそばにはトモユキと『覚醒者』のマサキ、ミホの三人がいる。悠生たちは、四人で一つのボックス席に座っていた。

「…………」

「……」

 四人の間に、会話はない。

 悠生も、他の三人も押し黙ったままだ。

 電車の窓の向こうの景色を、悠生は黙って眺めていた。

 窓の外から見える景色は、悠生に懐かしい気持ちにさせる。建物や町の様子、何より『眠る街(スリープタウン)』が放つ存在感など景色は大きく違う。その中でも、悠生がいた世界と変わらないものが幾つかあったのだ。

(……あのビルがあるってことは、この世界が辿ってきた歴史も俺がいた世界とある程度は同じなのかな)

 見える建物の中に自身がいた世界と同じものがあったことに気付いた悠生は、そう考える。

 仮にそうだとしても、悠生が世界を移動したことは何も変わらない。こちらの世界が辿ってきた歴史がほぼ同じだとしても、この世界は悠生がいた世界ではない。そう頭の中では分かっていても、見える景色の一つ一つに郷愁の気持ちが込み上げてくるのを止めることはできなかった。

 視線を窓の向こうの景色から車内へ戻すと、前の席に座っているトモユキが新聞を広げていた。

 今日の朝刊だ。

 やはり、朝刊のある一面には『捕らわれた「覚醒者」は何処へ!?』という見出しが付けられた記事が載せられている。

「思ったんですけど、『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』が捕まえた『覚醒者』を売るのはそういう組織や機関だって聞いたけど、ミユキたちの研究施設とはまた違うものなんですか?」

 悠生は、夕刊の記事を見て気になったことを口にした。

「……そうだな。『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』という集団が生まれたのは、悠生くんが言うように組織や機関がいて、それらが『覚醒者』を欲しているからだ。恨みを持っているだけでは『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』とは呼ばない。もっと別の呼称がつけられただろう」

 悠生の質問に、トモユキは開いていた夕刊を閉じてゆっくりと答える。

 二人のやり取りを同じボックス席に座っているマサキとミホも聞いていた。特にマサキには、トモユキが誤解を招かないように言葉を慎重に選んでいるように見えた。

「そして『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』が取引をしている相手というのだが、私も詳しくは知らない。こういう表現は正しくないのだろうが、――商売敵と言えるからね。もっとも、『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』が捕まえた『覚醒者』を金で買っている組織はクリーンじゃないだろう。何か良くない噂を聞くところばかりだと個人的には思っているよ」

 それは、暗に自身が努めている研究所とは違うということを断言していた。

「……良くない噂」

 それが、どのようなものなのか悠生には想像もつかない。

「まぁ、それはまた機会があれば話しよう。それよりも、今は差し迫った問題に対応しなければならないのだから」

「……わかりました」

 再び悠生たちの間には沈黙が訪れる。その沈黙はミユキの部屋で感じたものとは明らかに違う。

 張り詰めた沈黙が、悠生の肌をピリピリと突き刺している。それは、みんなが感じている緊張だ。一人が感じている緊張がさらに波及(はきゅう)して、その他の人にも及んでいる。

(……間に合わなければ、――タクヤは死ぬかもしれない……)

 悠生たちが感じている緊張は、みな一様に同じだ。

 その緊張から来る焦りとは裏腹に、乗っている電車は決まった速度で線路を走っていく。もっと速く、と願ったところで、それは叶わない。

 停車駅に着くたびに四人のうちの誰かからため息が漏れていた。

「みんな思いつめすぎだぞ。心配や不安はあるだろうが、電車の中で気を張っていても仕方ないだろう」

 その状況を見かねたトモユキが、声をかける。普段とは明らかに違うみんなの状況に少なからず不安を感じているのだ。

「……トモユキさん」

 それまで顔を(うつむ)かせていたマサキが、言葉を返した。

 その言葉に込められた気持ちをトモユキはしっかりと汲み取る。

「焦りや緊張があることは私も同じだ。しかし、どれほど焦っても電車が予定の時刻よりも早く着くことはない。ユウキの力があれば別だろうが、それも今は見込めない。となると、今は現地に着くまでに心を落ち着かせるのが重要だ」

 トモユキの言葉は傍目に見れば、堅苦しいものだった。

 しかし、それでも効果はあった。

 トモユキの言葉にマサキとミホは確かに心を落ち着かせ、集中を増していく。それは表情からも見て分かって、彼らの関係が密接であることを悠生はさらに感じていた。

 それだけでなく、悠生はトモユキの言葉の中に気になることを見つけた。

(ユウキの力があれば――)

 それが思わず出た言葉なのか、意図して言った言葉なのか、悠生には分からない。だが、ユウキがみんなから求められていることは痛いほどに分かった。

 電車は相変わらず急ぐことはせずに、決まった速度で走っていく。着実に、悠生たちを『眠る街(スリープタウン)』へと近づかせながら。




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