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第四章 復讐は誰のために Ⅰ

 


 大竹町。

 その町名は、『眠る街(スリープタウン)』になる以前に使われていたものだ。大竹町が『覚醒者』たちの抗争によって『眠る街(スリープタウン)』になった以後、それ以外の地域は別の市と合併(がっぺい)している。そのため大竹町という呼称も、今ではされなくなっていた。

 その町を、タクヤは歩いている。

 隣にはサトシがおり、二人の後ろをユミとダイチがついてきていた。

「それで、どこに行くんだ?」

「……さっきの話し合いで、俺たちに情報を打ってくれる情報提供者の元へ行くことが決まった。『覚醒者』の情報を売ってくれる人物の所に行く」

 タクヤの質問に、サトシは端的に答えた。

『覚醒者』の情報を『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』に売る人物。

 その存在を、タクヤは聞いた事はあった。しかし、実際に見たことはない。

(そもそも『覚醒者』のことをよく知ってる奴なんて限られてる。まず機関や施設で働いてた経験がある奴だろう――)

 人知を超えた力を有する『覚醒者』は、一般人には脅威の対象という認識がある。かつての紛争時代を乗り越えた今では、認識は改善されているといっても、その傾向はやはり残っている。『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』の存在が、それを如実に表している。

 そして、『覚醒者』の情報をそのような一般人が、積極的に得ようとするとは思えない。『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』に情報を売るということは、少なからず『覚醒者』に恨みがある人物であり、『覚醒者』の情報を得る動機と得やすい立場の人間に絞られる。

「そいつとは、どこで知り合ったんだ?」

 気になったタクヤは隣を歩いているサトシに尋ねた。

 しかし、

「悪いが、それは教えられない。向こうも『覚醒者』に狙われる可能性があるからな。俺たちほど恨まれているのかどうか怪しいが、危険なことに変わりはない」

(……まぁ、そりゃそうか――)

『覚醒者』の情報を得て、それを『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』に売るということは、『覚醒者』たちの反感を買う行為に変わらない。その情報のせいで、『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』の餌食(えじき)になった『覚醒者』もおそらく無数にいるのだろう。その存在を『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』が簡単に教えることはしないだろうし、秘密のパイプで関係が保たれているのだろう。

賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』と情報提供者の関係性をそう思いながら、タクヤはサトシたちについていく。

 情報提供者の元へは、『ビッグイーター』の家から出て三〇分ほど歩いて着いた。

「……随分古い家だな――」

 タクヤの第一印象は、あまりにひどいものだった。

 タクヤたちが着いた家は、築何十年経っているのだろう、と不思議に思えるほど古い平屋だった。周囲にある二階建、三階建の一軒家とは比べ物にならないほどの古さである。それは瓦の屋根を見ても明らかだった。

 サトシは、ここが情報提供者の家だと言う。

「一人でほそぼそと暮らしている人だからな。こういう家のほうが居心地がいいんだとさ」

「結構年取ってる人なのか?」

 タクヤは失礼にもそう聞いてしまう。

 しかしサトシは、

「いや、借家だよ。あの人はそこまで年は取っていないはずだ」

 と、苦笑いで答えた。

「お前ら、人ん家の前で何喋ってんだ?」

 すると、いきなり声がかけられた。

「……っ? マチダさん! 驚かさないで下さいよ……」

 声は玄関の方からしていた。

 見ると、そこに玄関の戸口を開けて一人の男が立っていた。

 かなり大柄の男で、その身体はダイチよりも大きく、タクヤと頭一つ分も身長が違っている。骨格がはっきりとした顔つきは大きな身体と相まって、屈強な男をイメージさせる。そのイメージは寸分も違わないようで、半袖の白いTシャツから覗く腕はかなり太い。スポーツマンか軍隊にいてもおかしくないような身体つきである。

「出掛けよう思ったら、サトシの声が聞こえてきたんだよ。それで、わざわざ家まで来て、何か用か?」

 サトシに『マチダ』と呼ばれた男は、見下すようにタクヤたちを眺めている。突然の来客にうんざりしているようにも見えた。

「……また、あなたに情報を貰おうと思って(うかが)いました」

「情報?」

「はい」

 尋ね返してきたマチダに、サトシは真剣な表情で頷いた。

「……何があったか知らないが――。まぁ、入れ」

 その表情を見て、出掛けようとしていたマチダは、突然の来客であるサトシを家へ招き入れる。ついてきたタクヤもその後に続いて仮屋だという古ぼけた平屋へ入っていった。

 平屋は二部屋に、みすぼらしいキッチンと浴槽がついているだけだった。二部屋のうち、タクヤたちは戸が開けられている部屋に通される。

 タクヤたちが通された部屋は六畳半と、あまり広くない部屋だ。さらに、部屋にはかなり使いこまれたタンスやちゃぶ台、今時珍しいブラウン管のテレビがあって、時代逆行のようだ。

(……随分生活感がある部屋だな)

 その部屋の様子を見て、タクヤは『ホーム』とはあまりに違うと感じる。

「……あんたは?」

「あ、……」

 タクヤが部屋の見回していると、後ろからマチダに声をかけられた。

 いきなり声をかけられたことにタクヤは慌てるが、

「こいつは、俺とユミの昔からの友達で、今『ビッグイーター』が世話してるんですよ」

 と、サトシが助け船を出した。

「友達ね……。――どっかで見たような顔してるな、あんた」

「……っ!? どこかで会ったでしょうか?」

「いや、人違いだろう。気にしないでくれ」

 そう言って、マチダは話を区切った。

 それから、四人をそれほど広くない部屋に座らせる。

「それで、欲しい情報は?」

「昨晩、俺たちが狙った『覚醒者』のうち、数人を取り逃がしたんです。そいつらが、どこにいるのか情報が欲しい」

「…………」

 サトシの話を聞いて、マチダは数秒間黙る。

 そして、おもむろに切り出した。

「昨日の今日で、情報を仕入れてるって思うほうがおかしいんだが……、まぁ、いいだろう。教えてやる」

 そう言って、立ち上がったマチダは部屋の壁に置かれている棚から、何かを手に取った。

「俺が手に入れた情報はこの記事を書いた記者からもらったもんだ」

 マチダは手に取ったそれを、四人に見えるようにちゃぶ台に広げた。

 それは、新聞だった。

 もっと言えば、今日の朝刊だった。

 その記事を見て、タクヤたちは目を丸くする。

 朝刊のある一面には、以前テレビでも報道されていた『覚醒者』失踪事件についての記事が取り上げられていた。その記事の見出しに、『捕らわれた「覚醒者」は何処へ!?』と付け加えられていた。

「この記事は……?」

「先日、ニュースでやってた事件の記事だよ。犯人が捕まってないからな、まだ新聞に載ってたっておかしくはないだろ?」

「そう……ですけど」

 マチダはちゃぶ台に広げた夕刊の記事を指しながら、話を続ける。

「この記事じゃ、お前らが捕まえた『覚醒者』がどこの組織に売り飛ばされたのかを推測してるが、今それは問題じゃない。お前らが捕まえた『覚醒者』は四人で一グループだった。『覚醒者』の寄り合い集団じゃそれほど数が多いわけじゃないが、好戦的な性格をしている集団という認識をマスコミ連中もしていた」

 それは、サトシたちも知っている。

『ビッグイーター』が、その『覚醒者』グループを狙ったのも、その『覚醒者』たちによって被害を受けている一般人がいたからだ。彼らの懇願(こんがん)もあって、『ビッグイーター』は昨晩の犯行を行っている。

「もちろん、俺もお前らがちゃんとした理由を持って狙ったことは理解してる。けれど、相手はそうは思わない。記事でも少し触れられているが、必ず復讐してくるぞ」

「……やっぱり――」

 マチダの話で、サトシは確信をさらに確かなモノにする。

 話を聞く以前も、サトシはその可能性を危惧(きぐ)していた。そのために次の計画をすぐに考え、実行に移そうとし、こうしてマチダの元まで来ているのだ。

「やっぱり?」

 サトシの言葉に、ダイチとユミは首をかしげた。

 二人とも、サトシが『覚醒者』の復讐を危惧していたことは知らない。それぞれが、その可能性を少なからず考えてはいたが、サトシの次の計画を急ごうとする意思がそこから来るものだと気付いてもいなかった。

「……『覚醒者』を取り逃がした時から、復讐があるかもしれないってことは考えていた。それは最悪の結果だけど、リーダーとして考えておかないわけにはいかなかったから」

「…………」

「サトシ……」

 リーダーとして。

 付け加えられた言葉に、ダイチもユミも自分の身勝手さをひしひしと感じた。

 次の計画を急ごうとするサトシの行動にダイチは好意的に捕え、ユミは心配した。それは、サトシが『覚醒者』であるタクヤの力を借りて『覚醒者』狩りを一気に行おうと考えていると思ったからだ。

「たしかに、それは最悪の結果だろうな」

 マチダが話を割って、(しぶ)い表情で言った。

「記事にもある通り、残りの『覚醒者』は三人。間違いなく、お前らに反感を持ってるだろう。近々復讐に来るぞ」

「そ、それは確実なのか?」

 尋ねたのは、サトシではなくダイチだ。

 その声は少し上ずっていた。

『覚醒者』の復讐が必ず来ると言われて、今になって慌てているのだ。しかし、そこはダイチらしく、そこには恐怖だけがあるわけじゃなく興奮も混じっていた。

「これはまだニュースにもなってないことだが、ついさっき『眠る街(スリープタウン)』で騒動があった。騒動の大きさから『覚醒者』が関わってるとみて間違いない」

「「「騒動?」」」

 マチダが言った新しい情報に、タクヤを除いた三人の声が重なる。

「あぁ、昼過ぎだったかな。騒動の痕跡(こんせき)を見た限りじゃ、『覚醒者』が力を使用した後があったらしい。あの『眠る街(スリープタウン)』は記事にも取り上げられた『覚醒者』グループの住処の一つだ。他の『覚醒者』はあまり寄りつかない。まず、そいつらと考えていいだろう」

 マチダの言う通りだ、とサトシたちは考える。それは話を聞いているだけだったタクヤもそうだ。

「『眠る(スリープタウン)』で起こった騒動は、そいつらの仲間割れじゃない。別の奴と衝突したからだ」

「衝突?」

「あぁ。直接見た奴はいないが、ここらの人間はあの『眠る街(スリープタウン)』がそいつらのナワバリってことを知ってる。騒動の相手は町の外から来た奴と考えていいだろう」

(町の外から……)

 四人とも、そこに反応する。

 しかし、一番強い反応を見せたのはタクヤだった。畳みに座ったままのタクヤは唇に手を持っていって考え込む。

(町の外ってことは、もしかしてミユキたちが――)

 考え込んでいるタクヤの前で、サトシはさらに追求する。

「『眠る街(スリープタウン)』にわざわざ足を運ぶ奴は一癖も二癖もある奴に違いない。考えられるのは何か目的があった『覚醒者』しかないですけど――」

「ま、その予想は当たりだろう。何が目的かまでは分からないが、『眠る街(スリープタウン)』で騒動があって、それに『覚醒者』が絡んでることは間違いない。そして、この町にいる『覚醒者』はあの四人グループが(ぬし)みたいなもんだ。その二つが衝突したと見ていいだろう」

 一つ一つの出来事を繋げていこうとするマチダ。

 その話を、サトシたちは真剣に聞いている。

 この町を拠点にしていながら、騒動があったことは知らなかった。それだけでも傾聴するべき話だが、さらに自分たちが取り逃がした『覚醒者』が関わっているというのであれば、放っておくわけにはいかない。

「衝突の理由や町の外からやってきた連中の目的は分からないが、衝突によって確実に早まったことがある」

「早まったこと?」

 もったいぶったようなマチダの言い方に、ユミが聞き返す。

「お前らが襲った『覚醒者』が『眠る街(スリープタウン)』を出た。これについては目撃情報が出てる。というよりも被害情報が出てる」

「被害情報?」

 次に聞き返したのは、ダイチだ。

「あぁ。町の住人が脅迫まがいなことをされている」

「どんな?」

「……『ビッグイーター』の居場所を教えろ、というものだ」

「……っ!?」

「そ、それって――」

 マチダの言葉に、全員が驚いた。

『ビッグイーター』の居場所。

 深く考えるまでもなく、その言葉が指す危険性にサトシたちは気付く。そして、気付いた瞬間には立ち上がっていた。

「これ以上長居は出来ない……っ」

「時間を取らせてしまったな。急いで、逃げるなりしたほうがいいだろう。早くて明朝(みょうちょう)だと俺は思ってる」

 自身の予想を、マチダは四人に教える。

「……明朝」

「明朝でも、それより早くても遅くても急いで戻るほうがいいだろ!」

 みんなを急かすように、ダイチは声を張り上げる。

「マチダさん、情報ありがとう。俺たちは急いで家に戻る!」

「あぁ、そのほうがいいだろう。代金はまた今度でいい。それと……、最後にもう一つ情報がある」

 急いで立ち去ろうとしている四人を引きとめるように、マチダは言った。

「……? なんですか?」

「最近、立場の弱い『覚醒者』を救おうとしてる奴らが噂になってる。そいつらの活動は日増しに活発になってきてる。お前たちも気をつけたほうがいいぞ」

「『覚醒者』を救う……?」

 つけ加えたマチダの話に、四人とも首をかしげる。

 それは、四人の誰もが聞いたことのないことだったからだ。

 聞いたことのない情報に、サトシはもっと詳しく聞こうと口を開きかけるが、

「今、分かってるのはそれだけだ。じゃあな」

 そう言い残して、マチダは平屋の引き戸を閉めてしまった。



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