第三章 選択を迫られて Ⅰ
『ルーム』のリビング。
そこにはマサキ、トモミの『覚醒者』二人がいた。
マサキとトモミはソファにそれぞれ座っている。その二人の前でテレビが点けられているが、二人ともテレビは見ていなかった。
二人の表情は緊迫としている。時折お互いに顔を見合わせ、どうしたんだろう、といったような視線を投げ合っていた。
その二人の先には、トモユキがいた。
その耳元には、携帯電話が当てられている。アオイからの通話を受け取っているのだ。
「……あぁ、分かった。こちらも早急に決めよう」
トモユキの声は普段と変わらない。
しかし、その表情は明らかに硬くなっていた。
「それで、カツユキは――?」
その言葉に、マサイとトモミがビクンと身体を反応させる。
(カツユキさんに何かあったんだろうか……)
カツユキとアオイが行ったのは事件があった『眠る街』だ。
警察が動いているとはいえ、『覚醒者』や『賞金稼ぎ』がまだいてもおかしくはない。まだ潜伏しているそれらの人と争いがあったのだろうか、と二人は不安になる。
アオイの『覚醒者』の力は、戦闘向きではない。必然的に、戦闘になった場合カツユキが前線で戦う事になるだろう。
そして、それはアオイがトモユキに電話してきたことからも明らかだ。
「……そうか。アオイはすぐにカツユキの元へ行け。『眠る街』の場所はこちらも把握している。そこで合流するんだ」
そう言って、トモユキは通話を切った。
リビングに、重たい沈黙が訪れる。
携帯電話を閉じたトモユキも、それを見守っていたマサキもトモミも口を開こうとはしない。
流れる時間の遅さに、身体が疼いてしまう。
それに耐えられなくなったマサキが思い切って、質問をした。
「何か、あったんですか?」
マサキの質問に、トモユキはゆっくりと視線を動かした。その唇が渇いているように見える。
「……アオイからの報告で、旧大竹町の『眠る街』で『覚醒者』数人と衝突したようだ」
(……やっぱり)
トモユキの言葉に、マサキは予想が的中していたことを知る。
「どうやら、その『覚醒者』数人は、『賞金稼ぎ』に捕まった『覚醒者』の仲間のようで、やり返そうと計画を企てているらしい」
「やり返す!?」
「あぁ。アオイの話では、その『覚醒者』たちは『賞金稼ぎ』の居所を知っているようだ。『覚醒者』たちの会話を聞いていた所を見つかって小競り合いになった、と言っていた」
それは、この世界ではよくあることだ。
『覚醒者』に家族、知人を殺されたから、やり返そう。その復讐心から『賞金稼ぎ』は生まれている。『賞金稼ぎ』に仲間の『覚醒者』を売られたから、やり返そう。また家族、知人が殺された。また仲間が『賞金稼ぎ』の餌食になった。だから、やり返そう。
その連鎖は止まることを知らない。
長年続いているその復讐の連鎖が、『眠る街』を作っている要因の一つでもあり、『覚醒者』が恨まれる――あるいは疎まれる世論を作っている。
「戦ったってことですよね?」
「そのようだな。カツユキはアオイを先に逃がして、私たちに連絡させたようだ。カツユキがまだ戦っているのかどうか、それは分からないとアオイも言っていた」
「じゃあ、すぐに助けに行かないと――」
カツユキの事を不安に思って、マサキはすぐに行動に移ろうとする。
それは、マサキだけが思っている事ではなかった。
「当然だ。アオイの話では別に気になることもあったからな」
トモユキの目が悠生と話していた時のように鋭くなっている。
「気になること?」
「あぁ。やはりタクヤはその『賞金稼ぎ』の所にいるだろう。アオイが聞いた『覚醒者』の話では、『賞金稼ぎ』に新しい人物が入ったようだ。正確にメンバーと言えるかは分からないが、『覚醒者』の可能性が高いらしい。まず、タクヤと見ていいだろう」
「『賞金稼ぎ』……。なんで、タクヤは『賞金稼ぎ』たちと……」
「それは、彼の過去に関する。すまないが、彼の了承なしに私が話すことはできない。今は一刻も早く『眠る街』に行って、合流する方が先決だ。カツユキたちと『覚醒者』が衝突をしたということは、計画を早めるかもしれない」
「それじゃ、僕たちも――」
「もちろんだ。『覚醒者』たちがタクヤも襲うかもしれん。連絡は来ていないが、こちらから動く」
「僕とトモ姉で行きます!」
動くと断言したトモユキに、マサキは威勢よく発言する。
しかし、
「いや、少し待て!」
と、クギを刺された。
さっそく『眠る街』へ向かおうとしていた所を止められたマサキは、なんで、というような視線をトモユキへ向ける。
「この話はミユキや悠生くんにも伝える。二人を呼んできてくれないか? もちろん、ミホもだ」
静かな、しかし威厳のある声でトモユキは言った。
「どうして?」とマサキは口から疑問が零れそうになるのを堪える。そして、疑問に満ちた表情のまま、リビングから廊下の奥へと姿を消していった。




