第二章 身を寄せて、背を向ける Ⅰ
『眠る街』で『賞金稼ぎ』のグループと合流して数日、タクヤは、その『賞金稼ぎ』のグループと行動を共にしていた。
タクヤが今どこにいるのか、『ルーム』のみんなには連絡もしていない。心配しているだろうということも容易に想像できたが、なぜか連絡したくないという気持ちが勝っていたのだ。そのため、ミユキたちとは音信不通の日々が続いていた。
それでもタクヤは生活には困っていない。
タクヤが合流した『賞金稼ぎ』のグループは、通称『ビッグイーター』。
その名で世間では知られている。
『賞金稼ぎ』は『覚醒者』を捕まえ、特定の機関や組織に高額で売り飛ばすことを生業としている集団である。『覚醒者』を売り飛ばすということは人身売買であり、当然犯罪行為である。それは『ビッグイーター』でも変わらない。彼らも『覚醒者』を独自に捕まえては、高額な金で売り飛ばしていた。先日捕まえた三〇代の男も、その日の内に研究機関に売っている。
タクヤは、その『ビッグイーター』たちと行動を共にしていることで生活には困っていなかった。
建物のある一室。
その一室はワンフロア全体の広さがあり、部屋の端から端まで二〇メートル近くもある。それだけの広さがありながらも、部屋はとても狭く感じられた。息苦しさですら感じるほどである。
それは、部屋には多くのモノがあるからである。
家具、雑貨だけではない。何に使用するのかも分からない鉄の棒がたくさん、ゴミとしか思えない壊れた家電の山、何日も放置している新聞や雑誌の数々。それらが部屋の至るところに山積みされているのだ。
そして、何よりも目を引くのが部屋の壁に配置されている冷蔵庫の数の多さである。普通の家庭であれば、冷蔵庫は一つあればいい。しかし、この部屋には冷蔵庫が六つも並べられていた。
部屋に冷蔵庫が多く並べられているのは、この部屋に暮らしている人の多さをそのまま表している。そう、この部屋にはあまりに多くの人が暮らしているのである。
部屋の狭さを印象づけている最大の要因が、その人の多さだった。
部屋には二〇人ほどの人がいた。それらの人は男女の違いなく同じ服を着ている。服の色は黒を基調としており、七月だというのに全身を上下の服で覆っていた。それでも暑さを感じないのは、空調が効きすぎているからだろうか。
それとは別にして、部屋にいる人々は履いている靴だけは統一されていなかった。そこだけで個性を主張しているようだ。
その内の一人の少年が、部屋の中でも一段と高級そうなソファに腰掛けていた。
『ビッグイーター』のリーダー格の少年――『サトシ』である。
彼も他の人同様に同じ服装だが、鋭い眼光をしている顔だけは全く違って見えた。
ソファの対面にはテーブルがあり、そのテーブルには別に三人の男女が座っている。その三人に向けて、サトシは言う。
「……そろそろ、次の狩りの計画を立てるぞ」
「もう?」
サトシの言葉に、テーブルに座っていた女が驚いた声を上げた。
その声は若い。サトシの声もそうなのだが、成人していないような少女の声である。それは『ゴッドイーター』が比較的若い年代で構成されている『賞金稼ぎ』だということを表している。
「あぁ。余裕があるうちに、備蓄を増やしておきたい。先日売った『覚醒者』の金で数週間は持つだろうが、いくらかはみんなの貯金に回したいからな」
驚いた少女に、サトシは説明した。
先日捕まえた『覚醒者』の取引額でも十分組織は維持できる額である。しかし、それでもサトシは計画を立てると言っている。
それは、彼ら『ビッグイーター』が他の『賞金稼ぎ』とはまた違った体質を持っているからである。
『賞金稼ぎ』は『覚醒者』を捕まえ、人身売買を行う生業をしている。それで生計を立てている集団もいるだろうが、『賞金稼ぎ』の誕生理由はそれで裕福に暮らしていけるから、ではない。多くの『賞金稼ぎ』は、『覚醒者』に恨みを持っている人で構成されている。つまり、復讐を果たしたい者が、集い結成されたのが『賞金稼ぎ』なのだ。
そして、それらの『賞金稼ぎ』と『ビッグイーター』が違うのは、『ビッグイーター』のメンバーは未だ表の顔をみんな持っていることである。少年であるサトシが『賞金稼ぎ』のリーダーをやっていることからも、同年代の人物で構成されていることが分かる『ビッグイーター』だが、彼らの表の顔は当然学生である。
そして、彼ら学生が『賞金稼ぎ』を結成した理由、同年代の人物ばかりである理由。
それは、『覚醒者』の抗争で親を亡くした者たち、だからである。
サトシが次の計画を急ごうとしている理由も少女は分かっている。身を寄せられる親も親戚もいない仲間で構成された『ビッグイーター』とこの部屋はみんなの家である。そして、学校に通っているのも普通の生活に憧れ、未練を残しているからだ。学費や生活費などの費用は馬鹿にできないほどかかる。それが二桁の人の数にもなれば、数週間の余裕などあっという間に無くなってしまうのだ。
「そう……。で、でもみんな疲弊してる。計画の実行はまだ先でもいいんじゃない?」
それでも少女は、今はゆっくりするべきだ、とサトシに言った。
「それは分かってるさ。無理を強いるつもりはないし、そうするつもりもない。もう数日は様子を見るつもりだ」
「数日……。短すぎない?」
「そうかもしれない。だけど、この機会は逃したくないんだよ。俺たちに協力してくれる『覚醒者』はまずいないからな。この内に出来ることは全部しときたい」
それは、あくまでもサトシだけの考えである。
この部屋にいる全ての人が同様の考えであるわけではない。たった一人の『覚醒者』を捕まるだけでも、決死の覚悟と多大な費用と苦労がかけられている。それを数日で回復させるのはあまりに難しい。
しかし、サトシの言うようにまたとない機会でもあることは少女も分かっていた。
サトシと少女は同じテーブルの席に着いている一人の少年に目を向ける。『覚醒者』のタクヤである。
サトシは、タクヤが彼らの力を後押しすることを願って。少女は、タクヤがサトシを説得することを願って。
それまで話を聞くことに集中していたタクヤは視線が向けられていることを意識して、口を開く。
「数日だけでもお世話になってるんだ。犯罪行為に加担するつもりはないが、別の形でなら力になろう。俺とお前たちは昔からの友達なんだから」
タクヤは彼らの人身売買の行為は手伝うつもりはないが、力にはなろうと言った。
いきなり押し掛けた自分を何も言わずに助けてくれたのだ。タクヤも恩には報いろうと思っているのだ。
「ありがたい。『覚醒者』がいるといないとだけでも、心の余裕はかなり違ってくる。本当は『覚醒者』を捕まることも手伝ってほしいが、研究所所属のお前が犯罪を起こしてばれたら大問題だもんな」
タクヤの返事を聞いて、サトシはうれしそうに言った。
一方で、少女はタクヤの言葉に渋い表情を見せた。タクヤの言葉は、サトシを説得するようなものではなかった。その事に、落胆しているのだ。
少女のため息が小さく響く。
しかし、そのため息に気付いた者はいなかった。




