第一章 賞金稼ぎ ~ゴールドハンター~ Ⅳ
『ルーム』には大きなリビングダイニングの他に、六つの部屋がある。
ミユキとミホがいる部屋とはまた別の部屋に悠生はいた。ここは、本来はユウキとタクヤの部屋である。しかし、今は悠生しかいない。
二人部屋であるため、ミユキとミホがいる部屋よりも広いわけではない。家具は二つのベッドがあり、天井まで届く高さの棚と小さなテーブルが一つある程度だ。部屋に物がなく、すっきりした印象を抱くのは、その棚と大きなクローゼットがあるからだろう。ホテルの一室のような印象を与えてくる部屋である。
そのようなすっきりとした部屋のベッドに、悠生は腰かけていた。
先ほどトモミに言われたことが、悠生はまだ脳裏に残っていた。
(焦って、自分勝手な行動はするな――か)
そう言われたことが、悠生にはショックだった。
タクヤを早く助けに行こうという行動が自分勝手だと思われていることも悠生にはショックである。悠生は一度タクヤに助けられており、今度は自分の番だと思っていても不思議ではないのだから。
悶々(もんもん)とした感情はすぐには治まらない。
この感情が怒りなのだとはっきりと断言することもできないで、悠生はトモミに言われたことを噛みしめていた。
そこに、ドアがノックされる音が聞こえてきた。
「……? どうぞ」
誰が来たのだろう、と疑問に思いながら悠生は応じる。
すると、部屋のドアを開けて入ってきたのは『ルーム』にいる『覚醒者』の中で三番目に年長のマサキだった。
「やぁ」
軽く手を上げながら、マサキは快活な声で言ってくる。
何をしに来たのか、悠生には分からない。そのため曖昧な返事しかできなかった。
「……マサキさん」
「ちょっといいかな?」
「え、えぇ――」
部屋に入ってきたマサキは自然な流れで、空いているベッドに腰掛けた。そのベッドは本来タクヤが眠る時に使用しているものである。しかし、マサキはそれを気にしているようではなかった。
ベッドに腰掛けたマサキはぐるりと部屋を見回した。その仕草が悠生には、どこか懐かしんでいるようにも見える。しかし、何を懐かしんでいるのかは想像もできない。
「何ですか?」
そのマサキに、悠生は部屋に来た用を尋ねた。
少し嫌気があるような声色だ。悠生は一人にしてほしいと思っているようで、部屋に来たマサキに用を急かせる。
「いや、大したことじゃないんだけど……。トモユキさんの言葉で君が無謀なことに走らないかなって不安になってね」
悠生とは対照的にマサキはゆっくりと言った。
その視線は悠生へまっすぐ向けられており、悠生の反応を確かめているようにも見える。
「……マサキさんもですか――」
「ってことは、トモ姉も君にクギを刺したんだね?」
「……はい。一人で突っ走らない方がいいって――」
「そっか、それは僕も同意見だな。タクヤを助けに行こうっていう意思表示はトモユキさんも言っていたけど、僕もうれしいよ。タクヤ自身も、君がそう言ってくれたことを聞いたら喜ぶんじゃないかな」
タクヤが聞いたら喜ぶだろう、とマサキは言う。
それはどうだろうか、と悠生は思ってしまう。時空移動に巻き込まれ、こちらの世界へ来たばかりの悠生に対して、タクヤは強い口調だった。それは悠生のことを認めていない、とでも言っているかのようで、明らかにいらいらとした態度も見せていた。そのタクヤが、悠生の発言を聞いて喜ぶだろうか。悠生にはとてもじゃないが、そうは思えない。
「それを言いにきたんですか……?」
悠生を慰めるため、あるいは落ち着かせるために部屋に来たのだろうか、と疑問に思った。
しかしマサキは、
「ううん、僕もトモ姉が言っただろう話と同じことを言おうと思ってね」
「……何度も言われなくたって理解してますよ」
「そうだとしても、違う相手から言われることで、さらに納得させられることもあるだろう?」
「……」
「まぁ、トモ姉が言っていたように『賞金稼ぎ』の情報を集めるのは最優先だよね。タクヤが捕まっているとしたら、本当に大事だから。ただ、これは僕の考えなんだけど、あの人はもう動いているよ」
「? どういうことですか?」
「カツユキさんとアオイの二人がさっきニュースに出ていた『賞金稼ぎ』のことを探っているってこと。トモユキさんは連絡が来るまで動きようがないって言っていたけど、待ってばかりじゃいられないもんね。カツユキさんはそれを理解して、君に伝えるよりも先に『賞金稼ぎ』を探し始めている」
そして、とマサキは話を続ける。
「カツユキさんとアオイが外に出ているってことをトモユキさんが知らないわけはない。トモユキさんの指示だと僕は思う。それでも、トモユキさんは動きようがないって言った。どうしてだと思う?」
「……? い、いや、全然わからないです――」
「トモユキさんは君がリビングから出ていった後、君がそう望むなら『ルーム』から出ることは止めないってはっきりと言ったんだよ。この一週間は外に出ることを禁止していたのにね」
「?」
悠生にはマサキが言いたいことが分からない。
いや、上手く理解できないと言った方が正しい。
トモユキの発言とその真意は違うということをなぜ教えるのか。そしてトモユキが、悠生が『ルーム』から出てタクヤを探しに行くことを望んだ場合は止めないということをなぜ教えるのか。その魂胆が見えないのだ。
「つまり、君の選択をけしかけているようにしか見えないんだよね。君がどういう選択をするのか、トモユキさんは試しているようにも思える」
「試す……?」
「そう。君がどちらを選ぶのかを試しているんだよ。トモユキさんが言ったことは、君がタクヤを助けに行く選択をするようにけしかけているように見えたんだよ」
それも僕やトモ姉が君を止めるために動くことを見越してだろうけど、とマサキは付け加えた。
ならば、そこまでトモユキの狙いを予想していながら、マサキはその思惑通りに動いているのだろうか。その悠生の疑問にマサキは、
「トモユキさんの手の平の上で転がされているのは少し納得いかないけど、僕もトモ姉と同じ考え、だからだよ。さっきも言ったけど、カツユキさんとアオイが『賞金稼ぎ』の情報を集めている。それなら、二人に任せておけばいい。君が危険を冒してまで『ルーム』から出る必要はないってことだよ」
トモユキの狙いは何にせよ、マサキもトモミも悠生が『ルーム』から出ることを望んではいない。その理由には、『時空扉』の一件がまだ解決していないから、というものがある。
二人の話を聞いた上で、悠生は自分の選択を求められた。
マサキの言う――トモユキの狙いを聞かなければ、トモミとマサキに説得された時点で、悠生は選択をすることすらなかっただろう。しかし、マサキの考え通りのことをトモユキが狙っているのであれば、悠生は決めなければならない。タクヤを助けるために『ルーム』から出るのか、自分の安全のために『ルーム』から出ないのか。
「そうかもしれないですけど……。じゃ、じゃあ、なんでトモユキさんの話を俺に教えたんですか?」
当然の疑問として、悠生はマサキに尋ねた。
「何となく――だよ。君が先日の戦いで一つの意思を見せたことも理由にはあるかな。僕やトモ姉の説得に素直に従っているだけじゃなくて、全てを話した上で君に選択をしてほしいって僕は思っているのかも」
自分でもよく分からないんだよね、とマサキは苦笑しながら答えた。
悠生もよく分かっていない。マサキがトモユキの話を教えた意図も、トモユキがなぜ自分をけしかけようとしているのかも。
それでも、選択を求められた。
そして、その選択はタクヤを探しに行くかどうかの選択だけではなくなっていた。トモユキの狙いに乗るのか、マサキやトモ姉だけでなく『ルーム』のみんなのために残るのか、悠生の決断を求める選択へと。
「それじゃ、僕はこれで」と話を終えたマサキは腰かけていたベッドから立ち上がる。マサキの用はそれだけだったようだ。
マサキが部屋を出る寸前に、悠生は声をかけた。
「あ、あの!」
「うん? 何だい?」
不意にかけられた声に不思議な表情を見せながらも、マサキは振り返った。
そして、悠生は気になっていたことを尋ねる。
「トモミさんも言ってたけど、マサキさんもあの人の判断には納得いかないこともあるんですか?」
「……僕らはトモユキさんが働いている研究所にお世話になっている立場だけど、ただの飼い犬だとは思っていないよ。みんな、ちゃんと自分の意見を持っているんだからね」
それだけを言って、マサキは部屋を出ていく。
その一言は、部屋に残った悠生の心に深く広がっていく。かつて、同じ気持ちを抱いた時と似た波紋を広げながら。




